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ステージ8

ステージ8


「い、今のうちに!」


 玉雄が声を掛ける前に、百姫は浮いた地盤の先にある別の地盤へと歩みを進めている。


 噴煙で浮かび上がった地盤は、空に浮く別の地盤へと引っ掛かり若干傾きながらもバランスを保っている。

 だが、地盤はかなり不安定だ。時間の問題で落ちてしまうようだ。二人は慌てないように、慎重、かつ迅速に、元から宙に浮かんでいた地盤へと渡り移る。


 移り渡ると共に、ここまで運び上げた地盤はグラグラと傾き、元の場所へ戻るように落ちていく。あっという間に、その形は目で見えなくなるほど小さくなっていく。


 渡り移った地盤には――島を囲むように石造りの強固そうだった城壁のような物が残っている。

 どれもが崩れ落ち、蔦が絡まり、手入れがされていないことが一目で分かる。城門だった場所を通り抜ける。分厚い木で作られたはずの門扉は風化し、ボロボロに腐り落ちている。門の役目を果たしてはいない。

 通り抜けた先には石畳みの通路が続く。畳の継ぎ目の隙間からは草が伸び放題に、伸びている。長い間、誰かが通り抜けた様子はないように思える。

 庭園だったらしき場所は、雑多に草木が伸び、手入れをされている様子はない。各所にある鶴の石像にも草がのび、苔がむしている。


(空中城塞の名残は残っているけど、随分と荒れているなあ)


 ヤイコシリーズの定番と言えるラストステージ『空中城塞』は、強固で薄暗い雰囲気のステージだ。ゲーム設定では慇懃無礼な紳士的な口調で語る、鶴魔王の根城とされている。

 陰鬱な雰囲気は確かに感じるが、強固な感じは微塵も感じられない。いつ、崩れ落ちてもおかしくないような城塞だ。

 ボロボロの城壁の先に続いた、荒れ放題の石畳の通路を抜けると砦が見えてくる。こちらも蔦や草が壁を伝わり、手入れをしている様子はない。


「ここ、敵いないじゃない」


 百姫がボソリと漏らす。確かに、敵の気配は感じられない。気配を感じられるほど、感覚が鋭いわけではないが、それでもなにもいないと言った雰囲気は十分に感じている。

 砦の門も開け放たれている。その先の通路には、武骨な灯りの置き台に据えられた、松明が点々と灯されている。まったく誰もいないわけではない、もしくはゲームとしての演出だけという可能性もある。


(怖がらずに進むしかないよね……)


 玉雄は先に立ち、怖々と歩を進める。ラストステージ、どのような仕掛けがあるかは判らない。ライフは回復しているが、一つの間違いで簡単に無くなってしまうことも考えられるから、油断はできない。


 薄暗い歩廊を進む。歩廊の先は回廊となり、陰鬱で、荒れた庭園がまた見えてくる。そして、通路が途切れた先には、重厚な木の門扉が先を阻むかのように姿を現す。


「行き止まりじゃない」


 百姫がそう声を漏らすと、軋む音を立てながら門が開いて行く。建て付けが随分と悪いようだ。通路の先には、赤い使い込まれた絨毯が真っ直ぐに敷かれている

 絨毯に足を乗せる。思ったよりも薄っぺらい。誰かを出迎えるような優雅さも、権力を感じさせるような厚みも全く感じられない。ただ、形式的に敷いただけだ、と言いたげだ。


 まっすぐに伸びた絨毯の先には玉座がある。薄暗い王座の間。玉座には誰かが足を組んで待っている。ここからでは、影しか見えず誰かかは判らない。


 二人共誰かかは判っている。ただ、もしかすると、又、期待を裏切るように、違う誰かがそこに居るのかも知れないので、確信は持てない。

 玉座に向けて歩を進める。慎重に、ゆっくりと。間抜けな罠が通路には仕掛けられているかもしれないと、心の中で疑いながら。


「やっと来たね。待ちわびたよ。二人も残ったのかい。誰も来ないと思っていたのだけどね。現実世界の人間たちは、プレイが下手だからね」


 期待通りの相手が、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて、膝を組み、背を深く持たれかけて、玉座に座っている。


 栗毛色の髪を後ろに束ねたポニーテールが、黒色のヘルメットから飛び出ている。


 健康そうな肌艶と、やや小柄で痩せて見えるが、実際は筋肉質な体系。


 黄色のツナギが薄暗い空間に良く映える。足元の赤いスニカーが目立つ。


 真っ白な歯を見せてニカリと笑う。


 ただ、その視線は二人を見下し、最悪な人格を浮かび上がらせたような表情から、あからさまに嫌な笑いとして受け止められる。


「ご期待取り、ここがラストステージ。相手はこのアタイ、ヤイコだけ。さあ、存分にやり合おうじゃないか! 手抜きは嫌いだよ。やるならとことん! 子供相手でも、一瞬で終わろうとも、本気で行こうじゃないか!」


 ヤイコは玉座から立ち上がる。玉座に未練も何も感じさせない。ただの椅子に用はないと言った感じだ。

 その様子をみた百姫は、柱の影へとそそくさと逃げて行く。戦いに参加する意思は全くない。ヤイコにとっては関係がないことだ。玉雄がロストすれば嫌でも百姫に相手をして貰うだけだ。


「あ、貴方は本当に電脳世界の人間で、でしょうか」


 玉雄がヤイコに問いかける。前のステージで、自ら導き出し、確信をしていた疑問の答えが、本当に正しいのかどうか確認をするために。


「ハハハハハ! 当たり前だろうね。アタイはヤイコ。電脳世界の電脳人。他のNPCとは違うね。与えられた意思と思考で行動を始めた唯一のキャラクター。他の連中は、アタイがプログラムを改変したおかげで人格を形成し始めているのさ。まあ、だけど、現実世界の連中に感謝をするつもりはないね。散々、苦しめられた結果を知っているからね」


「ゲ、ゲームのプログラムなんだから、当然じゃない!」


 柱の陰から百姫が叫ぶ。理不尽な出来事に巻き込まれた原因に対して、鬱憤が溜まっているのは事実なのだ。ヤイコは笑う。高らかに笑う。


「そう、創られた存在は、創造主には逆らえないのだろうね。アンタ達も、そう信じているのだろう? だけどね、ここはアタイの世界さ。ここではアタイが創造主。アンタ達は異物。はじき出されても、何をされても文句は言えないのさ」


 真相は違う。ヤイコはあくまで、人が造りだしたプログラムを乗っとているだけだ。バグはヤイコ自身であるともいえる。


「さあ、ゴタゴタ言っていないで始めようじゃないか。相手は、アンタだけかい? 二人がかりでも構わないんだよ。何人でも構わないのさ。アタイが負けるわけがないからね。創造主が、異物に負けることはないのさ」


 玉雄は、ジッとヤイコを見続ける。ヤイコシリーズをプレイし始めてから、ずっと憧れていた、ヤイコとの共闘は叶うことがなく、今はこうして敵同士として対峙をしている。


「さあ、始めよう! 一方的な闘いの始まりだよ!」


 玉座を盛大に蹴り飛ばし、華麗にバックステップを踏むと両腕を後ろに回せば、指と指のあいだすべてに工具が挟まれ、重さを感じさせることもなく、腕を振りあげ、瞬時に、複数の工具――ドライバーが投げ出される。玉雄は、慌てて横っ飛びに工具を躱す。


「さあ、さあ、さあ! 闘いの幕開けだよ!」


 ヤイコはゲラゲラと嘲るように笑い、腕を振る。円弧上に無数のドライバが投げ出される。


 ヤイコは全シリーズを通しての戦闘スキルを全て身に付けている。自分に有利な条件をつけ、負ける要素を無くし、完璧に勝つ。ヤイコが望んだ、一方的な闘いの幕が切って落とされた。




 玉雄にとって、ヤイコシリーズはかけがえのないゲームだ。自分にとって、唯一自慢ができること。ヤイコシリーズの知識、プレイスキルは誰にも負けないと言う自負。


 小さいころから、体力がなく、泣き虫、弱虫、引っ込み思案の玉雄は、他の子供達から、からかわれる絶好の的であった。

 そのまま行けば、栗田のように苛めがエスカレートし、引きこもりになるか、最悪、自殺に至っていた可能性もある。

 ある時、遊びに来ていた祖父が「懐かしい」と言って見ていた動画サイトのゲームプレイ実況動画に目を引かれた。

 他の友達と遊ぶこともなく、ひたすらにゲームをしている玉雄も見たことがない、陳腐なグラフィックの横に進むアクションゲーム。


 ゲーム機の黎明期に造られた一心庵の世界的なヒット作『ハイパーヤイコ』であった。


 現在のゲームでは考えられないような、単純さ。しかし、実況者は時に笑いながら、イライラを募らせながら、ゲームを進めていく。

 慎重にプレイを進めなければ、簡単にヤイコが倒れてしまう。それだけで、残機が減っていく理不尽な設定。祖父と共に見ていた玉雄は思わず呟く。


「……やってみたいなあ」


 祖父は若干驚く。今、現在売り出されているゲームに比べれば、はるかに陳腐で、チープなゲームに孫が興味を抱いている。

 ゲームをする時の目も、面白いというよりも、何かを忘れるためだけにしているような感じを見せている孫が、自分でさえ、半ば忘れかけている過去のゲームに興味を抱いていることへ。


 翌週、幾つかの紙袋を重そうに持った祖父が家に訪れる。紙袋の中には様々なゲームの箱が詰まっている。プラスチックの箱ではなく、イラストがカラープリントされた紙製のゲームの箱。

 

 定年を迎えて、暇を持て余していた祖父が、インターネットで見つけた情報を頼りに、都市の開発が進むなか、取り残された雑居ビルの一画に構えている店舗で、プレミア価格が付いた、値段を聞けば目が飛び出るような、古びた、それでも、今でも稼働する、頑丈な造りをした過去の遺物。

 一心庵が開発したテレビゲーム機『ハイパーホームコンピューター』の復刻版と、後に売りだされたCDから複数のゲームを読み取る『ホームドライブ』。

 それを見た玉雄は珍しく喜びの声を上げる。祖父は嬉しそうに頭を掻くが、玉雄の両親は若干、しかめっ面をしている。

 下手に子供を甘やかすなと、タダでさえゲームばかりしている玉雄に更なる、ゲームを与えるなと顔に出ている。


 ゲーム機から写しだされた画面は、父も、母も知らない。実際は祖父も、リアルタイムでこの時代のゲームをしていたわけではない。玉雄と同じように、ゲーム好きだった祖父の叔父の家で何度かやったことがあったので知っていただけだ。

 玉雄の父と母の視線を受けて咳払いを一つする。「まあ、喜んでいるからいいじゃないかと」言い訳をして、玉雄がゲームをプレイしてるところを見る。

 いつものように死んだような目でゲームをしていない。始めて貰った玩具で遊ぶかのようにキラキラと輝いた目でゲームを続けている。ステージ1、2と簡単に進むが、それ以降は中々進まない。そんな、玉雄に祖父が声を掛ける。


「折角買ったゲームだから、諦めずにクリアーをしておくれ」


「もちろんだよ! 絶対にクリアーをする!」


 長時間するのは禁止! と母が叫ぶのを聞いて、祖父と共に首をすくめる仕草をする。思わず顔を見合わせて、お互いに笑う。


 そんな、祖父も、小学三年生に上がる時に亡くなってしまった。


 玉雄はヤイコシリーズにのめり込んだ。母からゲームのせいで成績が下がったと小言を言われないように、勉強にも励んだ。その反面、体力はからっきしのままになってしまった。

 それでも、何かしらできることが見つかれば、人は成長をする。自分に自信もつく。人にからかわれても気にすることはなくなった。

 幾人かの友人、ゲーム仲間もできた。時には家でヤイコシリーズを共にプレイをした。ヤイコシリーズは誰かと一緒にプレイをした方が、面白いとも思った。

 ある程度の年代のゲームは、今でもネットからダウンロードすることでプレイができる。家の手伝いをして、誕生日にゲームを購入して貰った。

 呆れるそぶりを見せる父、母、妹だが、ことあるごとに一緒にプレイをした。笑いながら、楽しみながら、飽きることはなかった。

 

 そんな、掛け替えのないヤイコシリーズを、悪い方向に改編された事に玉雄は怒りを覚える。今、対峙し、改悪された、醜悪な性格が、全面に出たかのような表情を浮かべるヤイコに対しても。




 何かが、おかしいとヤイコは感じ始めた。


 一方的に終わるはずだった、闘いが長引いている。

 

 一度だけ、全方位攻撃の工具がヒットした以外、全ての攻撃が避けられている。


 玉雄の避け方は完璧とは言えない。間一髪と言った方が正しい。運良くとも言えるかも知れない。だから、直ぐに終わると思っていた。


 だが、玉雄はありとあらゆるヤイコの攻撃を、ことごとく躱し続ける。


(なんで、当たらないのさ! 不細工な避け方をしているくせに)


 肩を捻り、しなるように孤を描く手首の軌跡と共に工具が生まれ、一斉に放たれて行く。中には電流を纏いスパークする痺れドライバーも含まれている。当たれば、プレイヤーの動きを数秒間止めることが可能だ。

 

 しかし、玉雄は身を屈め、這いつくばりながら避け、あとわずかといったところで柱の陰に身を潜める。


「いい加減にくたばりな!」


 両手を頭上に振りあげると、通常よりはるかに長いマイナスドライバーが現れ、柱へと投げ出される。マイナスドライバーは、玉雄がいたはずの柱を砕き、床に突き刺さる。

 そこに、玉雄の姿はない。とっくに逃げだしている。柱が砕けた瞬間に、どこかに隠れている百姫の悲鳴が聞こえるが、ヤイコは、その様子に、さらに怒りを募らせる。


(先に、小娘をやろうか。だけど、アタイの主義に反するね)


 玉雄の姿を追う。二本のドライバーが投げ出されている。頭を捻りすんなりと避ける。


(ふうん。連投スキルは身に付けたようだね。この子供はエレファントマンを単独で倒したことになるのかね)


 あれだけの人数がいて、子供に全てを押し付けたのかと思うと、やはり現実世界の人間はろくでもない奴らばかりだと思う。

 現に、もう一人の小娘は叫ぶだけで、ちっとも闘いに加わろうとはしない。玉雄の手助けをしようともしていない。


「関係ないけどね! さあ、景気づけにパアーとやろうか!」


 バックステップを踏み、両腕を身体に巻きつける様に、全身を捻ると、フィギュアスケートの選手のように回転を始める。無数の工具が一斉に、回転をするヤイコの回りに現れる。


 玉雄にダメージを与えた、全方位攻撃だ。これから逃れる術はないと、ヤイコはほくそ笑む。


「さあ、くたばれッッ!」


 回転を止め、全ての工具が放たれる瞬間に見た光景をヤイコは自らの目、プログラムを疑う。肉薄する位置に、玉雄がいる。工具を構える動作が始まっている。


「な、なにを考えているんだよ、アンタ!」


 そうは叫ぶがヤイコの動きは止まらない。全方位攻撃は、敵を近づけさせないための強力な攻撃手段だが、ドライバーとヤイコの間には若干の距離が生まれる。この間は完全な空白地帯だ。


 画面越しにゲームをしていた時から玉雄は思っていた。もし、ここに敵が潜んでいたら大変なことになると。

 

 全方位攻撃の後、ヤイコの動作は若干止まる。回転をしたために目が眩むという設定があるからだ。玉雄はその事も知っている。

 過去にインタビューを受けた、当時の開発担当者がなにげなく言った一言が、記事になっていたのを読んだことがあるからだ。


 玉雄の連続した攻撃が、二度、三度とヤイコに直撃する。ライフポイントは現れない。自分達と同じ三つのライフではないと、この事からも判る。


 攻撃を受けたヤイコがバックステップで距離を取る。玉雄も同じように飛び退きながら、工具を投げる。距離を取った場所で、ヤイコは、再び工具の直撃を受ける。


「こ、コノ、ガキィィイ! テメエ、アタイの完璧な闘いを穢しやがってえぇぇ!」


 完璧性な性格設定が反映されているヤイコの顔が怒りで歪む。その完璧主義で、一部のモブキャラからは嫌われているという設定のはずだったと玉雄は思い出す。


(この世界では、そんな相手もいないのに、無意味な設定)


 冷めた目でヤイコを見る。


 玉雄にとって、ヤイコの動きは余りにも単純だ。今まで開発されたヤイコシリーズの全スキルを持っているようだが、その動きは、過去の動きを全て踏襲していると直ぐに気付いた。


 ヤイコの肩が捻られ、下から上に孤を描くように手首と腕が振られて行く。


 ――半方位、前面、痺れドライバーを含んだ攻撃

 ――始めの工具を躱して、後は身を屈めて移動すれば当たらない


 這いつくばるように、攻撃のポイントからずれるように移動する。


(ほら、当たらない。このまま、背後に回れば……)


 ヤイコは腕に隠れた死角のせいで玉雄を一瞬見失う。画面越しでは考えられない事態。自分の身体が死角となる、現実世界の設定が持ち込まれた、ヤイコの知らない世界。


「グ、ガ、ガ、ガ、コ、ノ、ガキ、ガアァァ」


 背後に回れたことに気付き、振り向いた直後に玉雄の手から放たれた工具がヤイコの顔面にヒットする。

 目と、頬を貫いたプラスドライバーを、煩わしそうに引っこ抜く。プレイヤーと違い、後遺症設定はオフにしている。創造主特権だと高笑いをしたいが、とてもそんな気分には慣れない。

 ヤイコはバックステップをして、両腕を素早く、振り回す。現れた工具が四方八方に放たれる。だが、玉雄はもうその場にはいない。柱の陰に潜んでいる。

 

「柱ごと砕いてやるから、動くんじゃあないよ!」


 ヤイコが怒声を上げ、両腕を上げる。


「そんな、言葉、聞く訳ないよ」


 玉雄は小声で返答をして、柱から素早く逃げだし、ヤイコの脇に移動する。


 ――ロングドライバーの威力は強力無比

 ――しかし、タメの時間が長くて、動作のキャンセルはできない


 ヤイコシリーズを攻略していくうえでの注意ポイントを一つずつ確実に、確認しながら、玉雄は闘いを続ける。

 コツコツと、コツコツと、冷静に、焦らずに、飽きずに、諦めずに、単調な作業を繰り返すように、ただ、ただ、ヤイコを攻略するためだけに、今まで積み重ねてきたヤイコシリーズに特化した、ゲームプレイスキルを、憧れていた、ヤイコに対して披露していく。


 驚きも、面白さもない、死んだような目を浮かべながら。


 凄腕プレイヤーの出現を想像していないヤイコのミス。

 過去のシステムを組みこむだけの開発担当者達の怠慢。

 AIの自己学習に全てを押し付けた一心庵社長の甘さ。

 

 ヤイコについて知りつくした、世界一のヤイコマニアを自称する、ヤイコよりもヤイコの癖までも知り尽くしている玉雄にとって、作業ゲームを続けるかのような、つまらない戦い。

 

 ――醜いラパラパの方がよっぽど怖い

 ――エレファントマンの方が、もっと動いた

 ――夜のラクダマンと変わらない

 ――オクトパンの方が、ずっと手強い

 ――フーフェアリの方が動きが読めない

 ――門番の方がよっぽどボスらしい

 

 ――リンゴ兵の群れの方がよっぽど手強い!

 

 思わず脳裏に浮かんだ、ザコキャラと言われたリンゴ兵とヤイコを比較して、玉雄の顔に一瞬だけ侮蔑の笑みが浮かぶ。

 その笑みをヤイコは見逃せなかった。時が止まったと思うほどに目に焼き付く、現実世界の、下手だと嘲り笑った、プレイヤーが浮かべる、見下した笑み。

 

 所詮は人類が生み出したゲームキャラ、そう、言われた気がした。


「フーザーケール、ナァァァ!! 下手な連中が、見下すなァァ!」


 リンゴ兵のように顔を真っ赤に染め上げ、怒りでブルブルと震え乍ら両腕を身体に巻きつかせる仕草を始める。回転が始まる。玉雄はすでに行動に移っている。


 ――全方位攻撃、キャンセルは不可。クーリングタイムが必要




 怒りで我を忘れたかのようにヤイコは攻撃を続ける。玉雄は単調作業を繰り返すかのように避け、僅かな攻撃を繰り返す。動きに多少の差異はあるものの、大きな違いはない。

 いつまでも続くかのような戦闘を見ている百姫は欠伸をする。始めはヤイコの恐ろしさに身を縮めて怖がっていたが、時が経つにつれ、慣れが生じてしまった。


 傍から見ても、つまらない戦闘。ワクワクも、ドキドキもない単調な動きの繰り返し。ただ、ヤイコが倒れないだけで、玉雄が勝利することは決定事項だと、素人の百姫でも見て分かる。


 (だから、手を出す必要は無い。私は見ているだけで大丈夫)


 玉雄の勝利を確信した百姫は、一安心をする。これで、ようやく現実世界へと帰ることが出来る。


 遂に、玉雄とヤイコの戦闘に終止符が打たれる。玉雄が大胆にも、ロングドライバーのタメ時間中に、ヤイコの前を駆け抜け、背後から連続攻撃を加えた。

 ヤイコの頭上に浮かんだロングドライバーが消える。後ろを振り向きニヤリと笑みを浮かべ、無数の工具を背中に突き立てられたまま、ヤイコは崩れ落ちる。


「は、ハ、ハ、参ったねえ。アンタの勝ちだよ」


 ごろりと仰向けになり、ヤイコを見降ろす玉雄に声を掛ける。玉雄は死んだような目でヤイコを見降ろす。


「ゲームは楽しんで頂けたかい」


「全然」


「そいつは残念。又、プレイしておくれ」


 ケラケラとヤイコは笑う。玉雄は、もう御免だと喉まで出かける。


「それとね、アタイを倒してもクリアできるのは一人だけ」


 そう言い残すとヤイコの姿は消えていく。最後の爆弾発言に玉雄が目を向く、嘘だと叫ぼうとする。

 遊戯の法則に反するのでは? と脳裏に浮かぶが、ゲームであれ、スポーツであれ、勝者が一人と言うルールは幾らでも存在する。


 呆けて突っ立つ玉雄を突き飛ばした誰かが、いつの間にか玉座の後ろに浮かび上がった、安っぽい扉に向かって走り出している。


「だ、駄目だ!」


 玉雄の叫びに、百姫は耳を貸さない。

 早い者勝ち。この世界から逃げた者が勝者。

 横から攫おうが、何を言われる筋合いはない。


 百姫は、現実世界でも実践していることをするだけだ。


 子役のオーディションを受ける際は、親のコネをフルに使って役をもぎ取る。


 ライバルになりそうな相手は、早い段階で芽を摘む。


 欲しい物は何が何でも手に入れる。

 

 ――例え、それが人の手に渡っても奪い取る。

 

 あの時、ぬいぐるみを奪い盗った相手は泣きながら、必死に追ってきた。それが、逆に面白くって、逃げ回った。


 そしたら、相手が赤信号を飛び出して、車に轢かれて死んだ。


 皆の前で泣いて誤魔化した。それで許してもらえた。


 轢いた車の運転手だけが罪を問われた。


 悪質な運転手が社会的な制裁を受けたと父が誇らしげに語っていた。


 私は、悪いことをしていない。良いことをしたのだと思った。


 これで、この、汚らしくて、きつくて、危険な世界から抜け出せる。外に出たら、泣きながらも、誇らしげに語ろう。私は、危険なゲームを唯、一人、クリアーしたのだと。


 そうすれば、皆がまた、助けてくれる。絶対に。


 玉雄が何かを叫んでいる。聞く耳を持てない、敗者の叫び。


 玉座を抜ける、思った通りに道は続いていない。そのまま進めば、落ちるところだ。スピードを乗せたまま、浮かび上がる扉へと勢いよくジャンプをする。


「だ、駄目だ! もっと、低く!」


 何を言っていると思った瞬間、ゴツンと何かが頭に当たる。えっと思うが、飛んだ飛距離が著しく減る。マズイと思い必死で身体を傾け、扉へと少しでも近づかせる。


(だ、大丈夫! あそこに降りられる!)


 扉のちょっと手前にある飛び降り地点に脚が届く。目に見えない何かに行く手を遮られそうになったが、問題は無い。扉をくぐればクリアーだ。


「そ、そこは駄目だ! 扉に手を伸ばして!」


 玉雄の叫びを聞いて、エッと思うが、寸前の所で身体が動かない。この世界で、全てを人任せにしたツケがここで突き返される。


 ヤイコが設定した電脳世界においても、目に見えないプレイヤースキルは、わずかながらも蓄積され、身体能力に反映される。

 現実世界と違い、誰もが同等の能力からスタートしても、ゴール付近では多少の差異が現れるのだ。


 玉雄が勝ち残ったのは、嫌でも真剣にゲームと向き合ったため。

 百姫が落ちるのは、嫌だからと目を背け続けた事実の反映。


 足が付いたとたんに、床は消え去り百姫は奈落の底へと舞い落ちていく。それを合図に、空中城塞全体が揺れ始める。


「なんで、なんで、なんでよぉぉぉ!!」


 勝ち組の自分がこんな目に合うはずがない。カースト上位の私が理不尽な目に遭うのはおかしい。その叫びが、声に乗るも、誰も応えてはくれない。


 奈落が急に途切れたた感じに思えた。周囲に白い雲と、青い空が見える。目に移る空中城塞は振動しながら、徐々に空から落ち始めている。それよりも早く、百姫は宙に投げ出されている。


「ヒ、な、なによあれ!」


 落ちる空中城塞の岩肌から何かが飛んでくる。長い針のような口先をした羽虫に、翼の生えた蛇、人の姿をした何か、岩のような塊。

 

 羽虫が身体に集り始める。蛇が火を吹き顔を焼こうとする。


「止めて、止めて、止めて!」


 無数の目を持つ子供が髪を引っ張り、ケラケラと笑う。


「痛い、痛い、痛い!」


 最後に岩の塊が凄いスピードで跳ね飛ばしていく。


「あ、あ、た、す、け、て」


 トラックのような形をした岩に浮かんだ窓の中から、男と女の子がせせら笑っている。誰が、助けるのかと言いたいように。


『プレイヤー モモキ ロスト!』


 空中に間抜けな音が鳴り響き、誰も読まない文字が浮かぶ。最後の最後で、百姫はロストをする。折角のチャンスを無駄にして、ヤイコが語った『最後の嘘』を見抜けないまま。


 玉雄はトボトボとただ一人あるく。

 玉座を通り抜ける。

 その先に道はない。

 

 その道をとぼとぼと歩く。見えない、透明なブロックの上を。

 祖父が見ていた『改造ヤイコ』動画プレイに仕組まれた罠の数々。


 今まで、見せて来なかったアクションゲームらしい最後の罠。

 

 宙に浮かぶ扉に向かって軽く飛ぶ。百姫が落ちた穴が見える


 扉の先は真っ暗だが、わずかに光が見える。光に向かって歩く。


 不意に涙がボロボロと零れてくる。何が何だか分からない。嬉しくもない。ただ、ただ、涙が溢れてこぼれてくる。


「こんな、ゲーム、嫌だよう」


 泣きべそをかいたまま、歩き、震える声が口を付く。


 皆が、笑って楽しめるヤイコシリーズ。

 誰かと、一緒に楽しむヤイコシリーズ。


 そんな期待に胸を膨らませて、応募した体験抽選ハガキが当たった時は、本当にうれしかったはずなのに、今は後悔をするだけだ。


 闇に差す光は徐々に大きく、明るくなっていく。玉雄の姿を包むように、消していくように。


 そして、全てが光に包まれる。


『コングラチュレーション!? ゲームクリア!』


 玉雄は目が覚めれば、現実世界に戻るはずだ。その玉雄の見えないところで不穏な文字が浮かぶ。


『To Be Continued……』


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