第三話 話を聞く家族
「続けて」
父が言った。
「アザリア嬢は、ジョナサンを責めないでほしいとおっしゃいました。二人は自分の心に偽りなく生きたいだけなのだと」
「……何かそれ、前に聞いたことがある」
チェリーが首を傾げる。
「前?」
「ほら、お姉様が去年、学院の寄付金の使い道で揉めた時。形だけ取り繕っても意味がない、心に偽りなく話さなくては、とか何とか言ってたじゃない」
思い出した。卒業生から集めた寄付金を、表向きだけ華やかな記念碑へ使おうという話が出た時だ。
私は、まず寄宿舎の古い暖房設備を直すべきだと主張した。
「確かに申しましたわ」
「じゃあ、それを真似したのね」
「同じ言葉を知っていただけかもしれません」
「言い方まで似てた?」
振り返って考えてみる。
「……少し」
「やっぱり」
チェリーはカップを持ち上げた。
「前から、あの人はお姉様の真似ばかりしてたもの」
「そうなの?」
母は目を大きく開いて妹を見る。
「髪型も、ドレスの色も。お姉様が持ってた小さい辞書と同じものを買って、意味もなく持ち歩いてた」
「辞書は持ち歩いてもよいでしょう」
「読んでいればね」
チェリーは容赦がない。
「コッティは気づいていなかったの?」
姉に聞かれ、私は少し考えた。
「それは、確かに似たものを好む方なのだとは思っておりました。わたくしが仕立屋や店を紹介したこともありますし」
「紹介したの?」
「ええ。何度か尋ねられましたから……」
「それで、その人がお前の婚約者まで欲しがったと」
父が低く言った。
「まだ、そこまでは分かりませんわ。ジョナサンを好きになった結果、わたくしと同じものが増えただけかもしれませんし、逆に、わたくしと親しくなるうちに彼とも話すようになったのかもしれません。順序を確認しなくては――」
「今は順序より、両家が何をしたかだ」
「はい、お父様」
父は兄へ顔を向けた。
「レニー。オルスタイン家へ使いを出せ。こちらは何も聞いていない。今日の話がジョナサン個人の思いつきなのか、家として進めている話なのか、正式な返答を求める」
「分かりました」
「リーフェル家にもだ。娘の婚約が続いている状態で、何を承知したのか聞く」
兄はすぐに立ち上がった。
「僕が書きます」
「待ってください」
兄が振り向く。
「何だ」
「わたくしも内容を確認しますわ。言葉が強すぎれば、先方が感情的な非難だと受け取るかもしれません。尋ねるべきなのは、いつ、誰から申し入れがあり、誰が承知し、現在どこまで――」
「コッティ」
兄が片手を上げた。
「分かった。書いたら見せる。だから今は座っていろ」
「でも……」
「僕はお前ほど話は長くないが、手紙を書くくらいはできる」
「存じておりますわ」
「なら任せろ」
兄はさっと出ていく。扉が閉じると、姉が私の肩へ触れた。
「コッティ」
「はい」
「悲しくないの?」
問われて、すぐには答えられなかった。
茶の表面に、小さな葉が一つ浮いている。濾し器を抜けたらしい。
「……分かりませんわ」
「分からない?」
「ええ。ジョナサンが別の方を愛したことは、もちろん悲しいのだと思います。幼い頃からずっと一緒でしたし、わたくしは彼と結婚するものだと思っておりましたから」
指輪の上を、手袋越しに撫でた。
「でも、今はそれより、どうしてあのような話し方で済むと思ったのかが気になりますの。わたくしが何を尋ねても、二人は愛しているという話へ戻るばかりで、最後には細かいことを気にすると言われました。婚約をなくす話で、細かくなくてよい部分などあります?」
「ないわね」
姉はきっぱりと即答した。
「結婚してからなら、もっとないわ。食事、客、使用人、領地、金、親戚。暮らすというのは、細かいことの山よ」
「でしょう? ですからわたくし、話し合いが必要だと――」
「ただし」
姉の指が、私の額へ軽く触れた。
「今はあなたが、ジョナサン様の今後まで考えなくていいの」
「でも、あのままでは――」
「それを選んだのは本人でしょう?」
「そうですけれど」
「コッティ、あなたは昔からそうね。相手が考えずに転びそうになると、転ぶ前に全部説明してあげる」
「転んでからでは遅いこともありますもの」
「だから、ジョナサン様は自分で考えなくなったんじゃない?」
姉の言葉に、返事が止まった。
父が咳払いをする。
「フェル。今それを言う必要はない」
「ごめんなさい。でも、いずれは考えたほうがいいわ」
「そうですわね……」
私は茶をもう一口飲んだ。
「わたくしも、少し話しすぎるところは気にしておりました。ジョナサンにも、結論を先に言ってくれと何度か――」
「違うわよ、コッティ」
姉が首を振る。
「話が長いことと、相手が考えないことは別」
「でも、長すぎれば聞く方も疲れますわ」
「疲れたら、今日はそこまでと言えばいいの。話の内容ごと雑に扱っていい理由にはならないわ」
母がうなずいた。
「コッティは、話し始めると先まで行きすぎるところはあります。でも、私たち家族は止めているでしょう?」
「ええ」
「ジョナサン様も、止めればよかったのよ。あなたの話を聞きたくない時だけ『難しい』と言って、必要なところはあなたに考えさせてきたのなら、それは別の問題です」
「お母様」
「何?」
「今日はなんだか、皆様、わたくしに甘くありません?」
「婚約者が別の女性を連れてきた日に、家族が誰へ甘くするの」
母は私のカップへ茶を足した。
「ただし、あなたも今日はこれ以上考えないこと。先方から返事が来てからです」
「ですが、返事が来た場合を何通りか考えておけば――」
「コッティ」
今度は父だった。
「はい」
「食事にしよう」
「まだ昼には少し早いですわ」
「お前の話を聞いていたら、腹が減った」
チェリーが吹き出した。姉も笑い、母は困ったように父を見た。
「そういう止め方をなさらないで」
「止まっただろう?」
「止まりましたけれど」
私は立ち上がった。
頭の中には、まだ尋ねたいことがいくつも残っている。
――ジョナサンはいつからアザリア嬢と話を進めていたのか。
――オルスタイン家の両親は、私との婚約をどう扱うつもりなのか。
――リーフェル家は、娘をどの立場でジョナサンの隣へ座らせたのか。
――アザリア嬢は、なぜ私の言葉を使ったのか。
けれど今は、父の言うとおり食事にしよう。
少なくともこの家では、話の途中で誰も帰らない。




