第二話 ちょっと理解ができませんの
「ちょっと理解ができませんの」
家へ戻って最初にそう言うと、玄関まで出てきた母は、私の顔より先に後ろを見た。
「ジョナサン様は?」
「お帰りになりましたわ」
「あなたを送らずに?」
「わたくしが帰る前に、アザリア嬢を連れてお帰りになりました」
母の横で、妹のチェリアルが目を丸くした。
「アザリア嬢って、リーフェル伯爵家の?」
「ほかに何人もいらっしゃるなら存じませんけれど、わたくしの知る限りでは、そのアザリア嬢ですわ」
「コッティ」
母が私の手を取った。
「……まず応接室へ行きましょう。あなた、玄関で全部話し始める気でしょう」
「全部と言われましても、まだわたくしにも、どこからどこまでが話なのか分かっておりませんの。ジョナサンは愛してしまったと言い、アザリア嬢は心に偽りなく生きたいと言い、それで二人とも帰ってしまいました。ですが、オルスタイン家とリーフェル家の間ではすでに相談が始まっているそうで、それならわたくしへ伝えるより先に話を進めていたことになりますし――」
「コッティ。歩きながら話さない」
「……はい、お母様」
母に手を引かれ、応接室へ向かう。チェリーは反対側を歩きながら、私の左手を見た。
「指輪は?」
「つけておりますわ。家同士でいただいたものですもの、勝手には外せません」
「なのに、向こうは次の婚約の相談をしてるの?」
「そう申しておりました」
「何それ」
「ですから、わたくしにも理解ができないのです」
応接室には父と兄がいた。
姉のアプフェルも、今日は夫のアルゲート伯爵とともに実家へ来ている。昼食を一緒に取る予定だったのだ。
私だけが、ジョナサンとの約束があるため遅れて戻るはずだった。
「お帰り、コッティ」
姉が立ち上がる。
「ずいぶん早かったのね。ジョナサン様は?」
「アザリア嬢を本気で愛してしまったそうですわ」
姉の足が止まった。兄のレイノルドは、持っていた新聞をゆっくり畳んだ。
「誰が?」
「ジョナサンが」
「誰を?」
「アザリア・リーフェル嬢を」
「それで?」
「それだけですわ」
「それだけで帰ってきたのか?」
「いいえ。そこからわたくしも、いつから決めていたのか、どこまで話が進んでいるのか、そもそも婚約を解消したいという意味なのかと尋ねました。すると、何でも難しくすると言われましたの」
兄が新聞をテーブルへ置いた。
「よし。最初から話してくれ」
「レニー、それを言うと長いわよ」
「姉上、長くなって当然でしょう。妹の婚約が、知らない間に別の女へ差し替わっていたらしいんですよ」
「そうね。ではコッティ、座って。お母様、お茶を」
「もう頼みました」
母は私を長椅子へ座らせ、自分も隣へ腰を下ろした。
「それで、どこで会ったの?」
「オルスタイン家の小応接室ですわ。ジョナサンから、今後の領地視察の日取りについて相談したいと手紙をいただいておりました。ですから、わたくしは来月の――」
「視察の話はしなくていい」
父が言った。
「ジョナサンが話を偽って、お前を呼び出したのだな」
「結果としては、そうなりますわ。でも、本人は偽ったつもりではないかもしれません。手紙を書いた時点では、視察の話をするつもりだった可能性もありますもの。わたくしが受け取ったのは一昨日で、書かれたのは三日前です。愛してしまったことに昨日気づいたのなら――」
「三日で両家へ話を通したの?」
チェリーが割り込んだ。
「それは難しいと思います」
「じゃあ、最初から嘘じゃない!」
「その可能性は高いですわね」
「コッティ。そこは高いではなく、嘘だ」
兄が言った。
「分かりましたわ。では、嘘です」
「素直ね」
姉が少し笑った。
侍女が茶を運んでくる。母は私の前へカップを置き、目で続きを促した。
「部屋へ入りますと、アザリア嬢がいらっしゃいました。ジョナサンは『すまない、アプリコット。僕はアザリアを本気で愛してしまったんだ』と」
「アプリコット?」
チェリーが眉を寄せた。
「コッティって、もう呼ばなかったの?」
「ええ」
「ああ、そこからもう嫌」
「チェリー?」
母がたしなめたが、声はあまり強くなかった。
「だって、今までずっとコッティだったじゃない。子供の頃からでしょう?」
「正式な話をするつもりで、改めたのかもしれませんわ」
「それなら正式な手順も守ればいいじゃない」
「それはそうですわね」
妹の言うことには隙がない。
「それで、コッティは何と答えたの?」
姉が尋ねる。
「いつからですの、と」
「短い」
「最初はですわ。その後、感情が生じた日ではなく、婚約を解消すると決めた日と、誰に相談したのかを尋ねました。ですが、そこまで細かく聞く必要があるのかと言われまして」
「細かくないだろう」
「わたくしもそう申しました。それから、愛していると告げれば、その後の手続きはこちらで察して動くのかと――」
「コッティ」
母がカップを示した。
「お茶」
「飲んでおりますわ」
「まだ一口よ」
少し飲む。
喉が渇いていたことに、私はやっとそこで気づいた。




