第十五話 突然の
キャサディがフラクタル家へ移ってから、十日が過ぎた。
花嫁支度は順調だった。ベルチェスター家からは毎日のように使いが来て、衣装の寸法、部屋の調度、式へ招く客について確認していく。
エドガー・ベルチェスター本人も二度訪ねてきた。穏やかな男性だった。
キャサディが話す間は口を挟まず、話し終わると、分からなかったところだけを尋ねる。何でも信じるのではなく、自分でも確かめる。ただし、確かめるまでキャサディの言葉を疑わない。
チェリーは一度会っただけで、
「うん。よい人」
と認定した。
「何を基準になさっているの?」
「キャサディ様が話している間、時計を見なかった」
「それだけ?」
「コッティは、それができない男と長く婚約していたでしょう」
返す言葉がない。
「それにあの方、キャサディ様が刺繍台の置き場所を説明したら、先に窓の高さを聞いたもの。自分が用意した部屋を褒めてほしいんじゃなくて、本当に使えるか気にしてる」
「よく見ておりますのね」
「お姉様よりは」
「余計な一言を足さないでくださいませ」
*
その日の午後、ヘルムートが訪ねてきた。南部へ現地調査に行く予定がまとまったらしい。
同行者、日程、宿泊先、私が現地で確認することを一つずつ説明し、最後に参加の意思を尋ねられた。
「これなら問題ありませんわ。ただし、調査団の一員として伺うのでしたら、わたくしの立場を明確にしてくださいませ。侯爵家次男のお連れした令嬢という扱いでは、現地の方がどこまで話してよいか迷います。フラクタル家の者として行くのか、学術院から依頼を受けた調査協力者になるのか――」
「調査協力者として、正式な依頼状を用意します」
「では、受けますわ」
「ありがとうございます」
「それから、宿は男女で棟が分かれておりますのね?」
「はい」
「同行する女性は?」
「学術院から二人、記録係が入ります。現地の案内役にも女性が一人います」
「移動中の馬車は?」
「あなたにはフラクタル家の馬車を出していただくほうがよいと思っています。私の馬車では資料が多く、座る場所が狭い」
「前回も、書類鞄だけで座席の半分を使っておりましたものね」
「今回は三つあります」
「馬車を一台増やしてくださいませ」
「人より資料のために?」
「資料を膝へ載せて何時間も移動すれば、人も資料も傷みますわ」
「分かりました」
ヘルムートは手帳へ書きつける。最近は、私が何かを言うと、その場で書くようになった。
「まだありますか?」
「何が?」
「気になっていることが」
「なぜ分かるのです?」
「その顔をする時は、たいてい次があります」
「……わたくしの顔は、それほど分かりやすいでしょうか」
「話さない時だけは」
「失礼ですわね」
確かに、まだ聞きたいことがあった。
「現地調査の話ではありません」
「では、何です?」
「キャサディのことです」
ヘルムートは手帳を閉じた。
「彼女がこの家へ移ったとは聞いています」
「事情も?」
「あなたの父上から、詳しくは聞かないようにと言われました」
「では、尋ねませんの?」
「あなたが話したいなら、私は聞きます」
以前と同じ答えだ。私は、キャサディから許された範囲だけを説明した。
――アザリアがキャサディの部屋へ入り、嫁いだあとの部屋を欲しがったこと。
――私が贈った刺繍台と同じものを作ってほしいと言ったこと。
――キャサディが婚約式を待たず、実家を出たこと。
ヘルムートは途中で質問を挟まなかった。
「以上ですわ」
「短いですね」
「必要なことだけをお話ししましたもの。それに、キャサディ自身の問題です。わたくしが勝手に細部まで説明することではありません」
「そうですね」
「何かご意見は?」
「アザリア嬢について?」
「ええ」
「会ったことがありません。今の話だけで人物を決めるつもりはありませんが、キャサディ嬢が家を出るほど怖がったことは軽く扱うべきではないでしょう」
「それだけ?」
「それ以上、《《今の私に》》言えることがありますか?」
「……ございませんわね」
どうしても、何か答えを求めてしまう。
――アザリアは何を考えているのか。
――なぜ私の物を真似し、私の婚約者を欲しがり、今度はキャサディの部屋へ入ろうとしたのか。
けれどヘルムートは、分からないものを分かったふりで埋めない。
「……あなたは、ときどき不親切ですわ」
「どこが?」
「わたくしが答えを欲しがっている時に、分からないとそのままおっしゃるところ」
「分からないことへ、もっともらしい答えをつけるほうが不親切でしょう」
「それは、そうですけれど」
「それでも、何か言ってほしい時はありますか?」
「ありますわ」
「では、その時はそう言ってください」
「言えば、答えてくださるの?」
「分からないなりに、一緒に考えることはできます」
その言葉は、求めていた答えとは違う。でも、嫌ではなかった。
「分かりました。次からはそういたします」
「次があるのですね」
「何です?」
「いいえ」
彼はもう一度手帳を開いた。
「ところで、話は変わりますが、今日伺ったのは現地調査のためだけではありません」
「何か別の資料をお持ちなの?」
「資料ではありません」
「では、学術院の催し?」
「違います」
「ナイヤガラ侯爵家から何か?」
「アプリコット嬢」
「はい」
「私と婚約していただけませんか」
あまりにも途中の説明がなかった。




