表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者召喚された俺のギフトは村作り~無能と追放されたので辺境に最強の村を作ります。  作者: 葉月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/12

8話 この体、お好きにお使いください!

 ――翌日。


 朝の光は容赦なく、しかしどこか清新だった。

 小屋の裏手に設けた畑へ足を運ぶと、俺はその場で立ち尽くした。


「……は?」


 思考が、言葉になる前に止まる。


 そこにあったのは――実りすぎた畑だった。


 試しに足元の土へ手を突っ込み、じゃがいもを一つ引き抜く。


「……でかっ!?」


 反射的に声が裏返った。


 それは、俺の知る“じゃがいも”の概念を、あっさりと裏切っていた。

 一つ一つがバスケットボールほどの大きさで、しかもそれが数珠つなぎのように、わらわらと連なっている。


「何だこれ……これは本当にじゃがいもなのか……?」


 呆然としたまま、視線を隣の畑へ移す。


 ――トマト。


 ……の、はずだった。


 だが、そこに広がっていたのは畑ではない。森だ。


 極太の茎が地面から天へと伸び、枝分かれし、まるで樹木のように空を覆っている。

 その枝という枝に、赤黒く艶めく実が鈴なりにぶら下がっていた。どれも、人の頭ほどの大きさだ。


「……トマトって、こんな育ち方したっけ? しかもハート型って……」


 異世界の常識か、【村作り】の暴走か。

 どちらにしても、ツッコミが追いつかない。


「わ、私……」


 横で息を呑む音がした。


「こんなに大きなお野菜、見たことないです!」


 シズナが目を丸くし、畑を見渡している。

 その表情は、恐怖よりも純粋な驚きと感嘆に満ちていた。


 ……俺もです。


 心の中で、静かに同意する。


「それに……たった一晩で、こんなに立派に育つなんて……」

「……だよな」


 現実感が追いつかず、乾いた笑いが漏れる。


「はは……」


 笑うしかない。

 これはもう、農業ではない。

 奇跡の量産だ。


「あ、甘いです!」


 不意に弾んだ声が耳に届いた。隣を見ると、シズナが両手で大事そうにトマトを持ち、遠慮がちに齧りついている。その仕草は、まるで宝物を確かめる子どものようで、どこか初々しい。


 彼女に倣い、俺も一口かじった。


「……!」


 思わず言葉を失う。

 確かに、これは甘い。ただの野菜のそれではない。舌の上で果汁がほどけ、ほのかな酸味すら丸く抱き込んでいる。高級スーパーの棚に鎮座していそうな、出来のいいフルーツトマト——しかもありえないくらい大きく、噛み応えまで申し分ない。


「……っ」


 微かな息を詰める音がした。


 視線をやると、シズナの手が途中で止まっていた。つい先ほどまで嬉しそうに食べていたというのに、その指先はトマトを掴んだまま、宙に縫い止められたようだ。


 そして、一瞬こちらを見た彼女の瞳が、妙に潤んで見えた。


 ……いや、それだけじゃない。

 頬がほんのり赤い。落ち着きなく身じろぎし、呼吸もわずかに乱れている。まるで、胸の奥で何かが騒ぎ出したのを必死に抑えているような——そんな様子だった。


「……体調でも悪いのか?」


 そう声をかけると、シズナはびくりと肩を震わせた。


「い、いえっ! ……も、問題ありません!」


 必要以上に張りのある声。否定の言葉とは裏腹に、目は泳ぎ、視線は定まらない。


「……? なら、いいんだけどさ」


 腑に落ちないものを胸に残しつつ、俺はそれ以上踏み込まなかった。問い詰めるほどのことでもない——そう判断したのだ。


 再び手元に意識を戻し、俺はトマトを最後まで食べきる。

 甘さは変わらず、喉を通る頃には、奇妙な違和感だけが後味のように残っていた。


 隣では、シズナが小さく息を整えながら、視線を伏せている。

 その沈黙が、やけに長く感じられた。


「リョウジ様」


 トマトを収穫していると、不意に背後から落ち着いた声がかかった。


 振り返ると、そこに立っていたのは、六十代ほどの女性だった。

 背筋は伸び、くすんだ桃色の髪が整えられ、身なりからも品の良さが滲み出ている。


「ええと……」


 言葉を探していると、


「おばあちゃん!」


 シズナが弾むように駆け寄った。


 彼女の隣に立ったシズナは、少し照れたように、それでも誇らしげに紹介する。


「リョウジ様、こちらは……私の祖母です」


 祖母。

 言われてみれば、目元や輪郭に、確かに面影がある。


 ……そうか。


 胸の奥で、何かがほどける。


 彼女は、すべてを失ったわけではなかった。

 その事実に、俺はほんの少しだけ安堵した。


「ご紹介に預かりました」


 女性は丁寧に一礼する。


「わたくしは、マツナと申します。シズナの祖母にあたります。この度は、ご挨拶が遅れましたこと、どうかお許しください」

「い、いえ……」


 思わず手を振る。


「そういう堅苦しいのは、なしでお願いします。それに、俺の方こそ……勝手に色々作ってしまって、その……すみません」


 すると、マツナはゆっくりと首を横に振った。


「どうか、顔をお上げください」


 その声は、穏やかで、それでいて揺るがない。


「リョウジ様がおられなければ、我らはこの地で、野垂れ死んでいたことでしょう。

 この御恩……一体、どのようにお返しすればよいのか……」


 そう言って、彼女は背後に控えていた者たちへ視線を送った。


 それに応じるように、数名の女性たちが、ゆっくりと前へ進み出る。

 二十代前後だろうか。皆、一様に表情が硬く、視線は伏せがちだ。


「……?」


 嫌な予感が、背骨を伝って上がってくる。


「先の戦で、夫を亡くした者たちです」


 マツナの声は、淡々としていた。


「どうぞ――リョウジ様の、ご自由に」

「は? ……え!? ちょ、ちょっと待ってください!」


 思わず、声を荒げていた。


「いやいやいや、何を言い出すんですか!?」


 突然すぎる。

 しかも、その女性たちの顔を見ればわかる。彼女たち自身も、覚悟と諦めをないまぜにした表情で、立ち尽くしている。


 そりゃ、こんな顔にもなるわ……。


 俺は深く息を吸い込み、頭を抱えた。


「……私たちなら、構いません!」


 震える声を押し殺すようにして、一人の女性が一歩前へ出た。


「覚悟は、できております」

「どうか……この体、リョウジ様のお好きにお使いください」

「その代わり……子供たちを……どうか……」


 続く声は、掠れ、言葉の端が震えていた。


 彼女たちは――理解している。

 自分たちが、何を差し出そうとしているのかを。


 ……そうか。


 俺は、深く息を吐いた。


 この人たちは、俺に体を差し出すことで、生存の保証を得ようとしているのだ。

 それほどまでに、追い詰められている。


 当然だろう。

 この地には、まだ歩くことも覚束ない子供たちがいる。

 彼らを守るためなら、自分の尊厳も、未来も、すべて切り売りする覚悟なのだ。


 ――母親という存在は、ここまで強いのか。


「……はぁ……」


 思わず、ため息が漏れた。


 そんなことをしなくても、一度差し出した手を、途中で引っ込めるつもりなど、最初からない。


 俺は、できるだけ穏やかな声を選び、はっきりと言葉にした。


「そんなことをしなくても、助けますよ」

「……え?」


 彼女たちの目が、揃って見開かれる。


「施しの見返りに、体なんていりません。俺は……そういうことを望んでいない」


 沈黙。


 しかし次の瞬間、困惑が恐怖へと変わった。


「……で、ですが……」

「私たちを無償で助けて……一体、リョウジ様に、どのような得が……?」


 マツナをはじめ、女性たちの表情が曇る。

 それは安堵ではない。警戒だ。


 ――もっと恐ろしい何かを、後から要求されるのではないか。


 そう疑っている目だった。


 ……困ったな。


 日本で生まれ、日本で育ち、「困っている人がいれば助ける」という価値観を当たり前のように刷り込まれてきた俺にとって、この反応は正直つらい。


 だが、弱肉強食のこの世界では、無償の善意は、むしろ異常なのだ。


 だからこそ――俺は条件を出すことにした。


「もちろん、タダで助けるとは言いません」


 空気が、凍りつく。


 ごくり、と誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。

 顔を引きつらせ、俺の口からどんな無茶難題が飛び出すのかと、身構える者もいる。


「……すでに知っているかもしれませんが」


 俺は、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「俺は、この世界の人間じゃありません」


 その瞬間――

 鬼人族の大人たちの視線が、一斉にシズナへと向いた。


「あ、あの……えーと……」


 シズナは、気まずそうに笑いながら、説明を始める。


 俺が異世界から召喚された存在であること。

 勇者――と呼ばれる立場であること。


 正確には違うけど、まあいいか。


「――――っ!」


 誰かが、息を呑んだ。


 数人が、反射的に身構える。

 魔族にとって、勇者とは外敵。

 討たれ、滅ぼされてきた象徴だ。


 だが――


「やめておきなさい」


 静かな、しかし有無を言わせぬ声が響いた。


 マツナだった。


 彼女は一歩前に出て、皆を制する。


「リョウジ様、大変、申し訳ありません」

「いえ……その反応は、きっと正しいですよ」


 俺は、苦笑しながら肩をすくめた。


「でも、俺は皆さんと敵対するつもりはありません。というか……」


 少しだけ、自嘲を込めて続ける。


「人族の王には、役立たずだと捨てられましたから」

「……役立たず、ですか?」


 マツナが眉をひそめる。


 彼女の視線は、畑へ。

 井戸へ。

 そして、小屋へと向けられた。


 目の前にある“結果”と、俺の言葉が、どうしても噛み合わないのだろう。


「この不毛の大地で水を湧かせ。一瞬で小屋を建て。一晩で、これほど立派な作物を育てた御方が……」


 マツナは、はっきりと言った。


「役立たず……?」


 そして、少し呆れたように、ため息をつく。


「……人族の王は、阿呆なのですか?」


 その言葉に、俺は思わず吹き出しそうになった。


「それに……皆さんが、俺を恐れる必要はありません」


 そう前置きしてから、俺は一呼吸おいた。


「……皆さんなら、分かるんじゃないですか? 俺の体が、どんな状態か」


 視線が集まる。


 シズナは、俺の病を一目で見抜いた。

 ならば、他の鬼人族にも、同じ“眼”があるのではないか――そう考えたのだ。


 そして、その推測は外れていなかった。


 鬼人族の者たちは、互いに顔を見合わせ、やがて静かに目を伏せた。

 そこにあったのは恐れではなく、察してしまった者の沈黙だった。


「……俺の世界の医者からは、もってあと一年だと言われています」


 言葉にすると、胸の奥が、ひどく冷えた。


「それに、この体はもう……正直、ボロボロです。肺も、骨も、内臓も……。皆さんがその気になれば、俺なんて――片手で、簡単にひねりつぶせる」


 だから、と。


「……恐れる必要はありません」


 場に落ちた重たい空気を振り払うように、俺は無理やり笑ってみせた。


 だが――続ける。


「――でも、俺は死を受け入れているわけじゃない。諦めても、いません」


 言葉に、力を込める。


「この世界には、不思議な力がある。俺の世界では不可能だったことが、ここでは可能かもしれない。……この病を完治させる魔法、あるいは薬が、どこかに存在するかもしれない」


 俺は、まっすぐにマツナを見る。


「皆さんには、その情報を教えてほしい。それが――俺が、皆さんを助ける条件です」


 沈黙。


 だが先ほどまでの張り詰めた沈黙とは、質が違っていた。


 女性たちの表情から、こわばりが少しずつ溶けていく。

 恐怖ではなく、理解が広がっていくのが分かった。


「……なるほど」


 マツナが、ゆっくりと頷く。


「それならば……私どもにも、できることがございます」


 差し出されたその手は、年老いていながらも、確かに力強かった。


 俺は、迷わずその手を握り返す。


 ――交渉成立、ってところか。


「それと……もう一つだけ」


 少し気恥ずかしくなりながら、付け加える。


「『リョウジ様』って呼ぶの、やめてもらえると助かります。元の世界では、ただの一般人――平民だったので……」


 一瞬の静寂の後。


 くすくす、と。

 誰かが笑い、やがてそれが連なった。


「承知しました」


 マツナが、穏やかに微笑む。


「では――リョウジ、と呼ばせていただきます」

「うん。それでいい。シズナも、呼び捨てで頼むよ。あと、敬語もなしで」

「……」


 シズナは一瞬、言葉に詰まり――そして、きっぱりと言い切った。


「リョウジ様を呼び捨てになどできません! それに、目上の方にタメ口もできません!」


 意外と頑固だった。


「まあ、シズナの好きにすればいい……」

「はい!」


 思わず苦笑すると、また笑い声が広がった。


 ――こうして、俺はこの地で、

 初めて“仲間”と呼べる人たちを得たのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ