7話 ポンッ
「次は……この陽射しだな」
見上げた空は、容赦という言葉を忘れたかのように青く澄み切り、太陽は無遠慮に熱を叩きつけてくる。
肌が、じりじりと焼ける。いや、“痛む”という表現のほうが正確だろう。熱が皮膚を越え、骨の内側にまで染み込んでくる感覚があった。
このまま直射日光に晒され続ければ、いずれ日射病になる。
水があっても、それだけでは足りない。倒れれば終わりだ。最悪の場合、命を落とす。
鬼人族の彼らなら、この程度の暑さなどものともしないのかもしれない。逞しい体躯と、鍛え上げられた血がそうさせるのだろう。
だが――俺は違う。
ただの人間だ。
この世界に来て、少しばかり特別な力を得たとはいえ、肉体そのものは脆弱なままだ。無理をすれば、あっさりと死ぬ。
「……というわけで」
独りごちるように呟き、俺は意識を切り替えた。
【井戸】の次は――【小屋】だ。
再び、視界の端に浮かぶ不可思議なインターフェースへと意識を集中させる。
半透明のカーソルをゆっくりと動かし、集落の端、地面が比較的平らな場所を選ぶ。
――ここだ。
決定の意志を込めた、その瞬間。
ポンッ。
乾いた音とともに白煙が噴き上がり、視界が一瞬だけ遮られる。
煙が晴れると、そこには――
「……おお」
思わず、感嘆が漏れた。
粗末な仮設小屋を想像していたが、実際に現れたのは、意外なほど立派な木製の小屋だった。
きちんと組まれた壁、傾きのない屋根。雨風を凌ぐには十分すぎる造りだ。
「ま、まただ!」
「何もない場所に……家が現れた!?」
「あの人族が、やってるのか……?」
「一体、何者なんだ……」
「シズナちゃんが連れてきた人よ」
井戸に群がっていた鬼人族たちの視線が、一斉にこちらへと向けられる。
ざわめきが波のように広がり、警戒と驚愕が入り混じった空気が漂った。
無理もない。
何もない場所に、井戸が生まれ、家が生まれる。理屈を知らなければ、恐怖すら覚えるだろう。
だが、今は説明している余裕はない。
「……よし」
彼らの反応は一旦脇に置き、俺は小屋の扉を開けて中に入った。
内部は簡素だが、清潔で、木の香りがまだ新しい。
広さは――八畳ほどか。
寝るだけなら問題ないが、五十人が身を寄せ合うには、さすがに窮屈すぎる。
「これじゃ、足りないな……」
誰に聞かせるでもなく呟き、俺は再びギフトを起動する。
ポイントを30、消費。
ポンッ。
ポンッ。
ポンッ。
立て続けに白煙が上がり、最初の小屋の隣に、もう三つの小屋が姿を現した。
即席とは思えない、四棟の建物。
灼熱の太陽の下、影を落とすその光景は、荒れた地に突然現れた“避難所”のようにも見えた。
――これで、少なくとも倒れる心配は減る。
俺は小屋を見上げながら、胸の奥で小さく息を吐いた。
この世界で生き延びるために、今はただ、できることを積み重ねるしかないのだから。
「お次は……と」
小さく息を吐き、俺は気持ちを切り替えた。
立ち止まっている暇はない。休息は必要だが、それは“生き延びる準備”を整えてからの話だ。
水と日陰を確保した。
次に必要なのは――食糧。
生きるために、やるべきことをやらなければならない。
俺は小屋の裏手に視線を向け、【村作り】のギフトを再び起動した。
意識を操作盤へと沈め、40ポイントを消費する。
畑、二つ。
視界に浮かび上がる選択肢が、淡く光を放つ。
――じゃがいも
――レタス
――白菜
――キャベツ
――トマト
――きゅうり
――ナス
――その他
「……なるほど」
畑そのものを選ぶのではなく、作物を先に指定する仕組みらしい。
「畑を選択すると、そこから育てる野菜を選択する……ってことか」
少し考え、俺は二つを選んだ。
じゃがいも。
そして、トマト。
じゃがいもは、痩せた土地でも比較的育ちやすいと聞いたことがある。主食にもなるし、保存も利く。
トマトについては――まあ、理屈より欲望だ。この灼熱の下で、冷えたトマトを思い浮かべてしまった以上、選ばない理由がなかった。
「……よし」
決定。
――ポンッ。
乾いた軽い音とともに、再び白煙が立ち上る。
煙が晴れると、そこには――
「おおっ……」
思わず声が漏れた。
耕された黒土が、きれいな区画として広がっている。畝は整い、無駄な石一つ見当たらない。
まるで、長年手入れされてきたかのような、完成された畑だった。
「……種とか、撒かなくてもいいのか?」
素朴な疑問が口をついて出る。
〈【村作り】ギフトで生成された畑は、基本的に自動生成されます。ただし――〉
少し間を置いてから、淡々と続く。
〈――水やりは、セルフで行ってください〉
「そこは人力なんだな……」
妙に現実的な縛りに、苦笑が漏れる。
まあいい。水なら、さっき作った井戸がある。
「鬼人族の人たちが元気になったら、頼めばいいか」
独り言のように呟き、さらに問いを重ねる。
「収穫まで、どれくらいかかる?」
〈じゃがいも、トマトともに――一日です〉
「…………はい?」
一瞬、思考が止まった。
「一日!? いやいや、待て待て。一日って、二十四時間の“あの一日”か?」
〈はい〉
「……マジか」
通常なら、数ヶ月かかるはずの作物だ。
それが、たった一日で収穫可能になる。
いくら異世界の不思議な力とはいえ、さすがにやりすぎだろう。
世界の理を、力技でねじ伏せているとしか思えない。
「……まあ」
小さく肩をすくめる。
「いまは、そのデタラメがありがたいんだけどさ」
生きるか死ぬかの瀬戸際に、理屈は二の次だ。
「すごいです!」
弾んだ声に振り向くと、シズナが両手を胸の前で打ち鳴らしていた。
瞳はきらきらと輝き、まるで奇跡を目の当たりにした子供のようだ。
「村に、井戸ができて……家ができて……それに、畑まで……!」
純粋な称賛。
その視線が、少しだけ居心地を悪くさせる。
人から、こうして真っ直ぐに褒められることなど、ほとんどなかった。
悪い気はしないが、どうにもむず痒い。
「……できることをやってるだけだ」
そう答え、鬼人族の人々へと向き直る。
「今日は、無理せず小屋で休んでください。動けるようになったら、畑に水をお願いします」
彼らは深く頷き、静かに頭を下げた。
すべてが、少しずつ前に進んでいる。
「……残り、0ポイントか」
ギフトの残量を確認し、俺は小さく息を吐いた。
「さすがに、今日はもう何もできないな」
そう思った――その時。
〈女神像を建ててはいかがでしょう?〉
唐突な提案が、頭の中に響いた。
「……は?」
〈現在、0ポイントで設置可能です〉
無料。
その言葉が、逆に胡散臭さを際立たせる。
「なんで急に、そんなものを……」
〈信仰は時に、人に活力と希望を与えます! いまの彼らに必要なのは、そういった“心の拠り所”ではないでしょうか!〉
「……やけに必死だな」
〈……そ、そうですか?〉
とぼけたように、ガイドが口笛を吹く。
明らかに誤魔化している。
「ますます怪しい……」
しばし沈黙。
だが――
「まあ、0ポイントだし」
肩をすくめて、俺は結論を出した。
「置くだけ置いてみるか」
〈ですです!〉
妙に嬉しそうな反応を最後に、ガイドの気配が引いていく。
俺は空を見上げた。
容赦なく照りつける太陽の下、それでもこの村には、確かに“明日”が芽吹き始めていた。




