6話 井戸
「……とりあえず、水だよな」
口に出してみたものの、具体的に何をすればいいのかまるで見当がつかない。
井戸を掘る? どうやって? スコップも人手も、何もない。
そんな思考の隙間に、あの声が割り込んできた。
〈設置したい施設を、口頭でおっしゃるか、念じていただければ結構です。こちらで処理いたします〉
「……相変わらず、人の頭の中を覗くのが好きだな」
〈先程もお伝えしましたが、思考の読み取りは必要最低限に制限されています〉
本当だろうか。
正直、信用はしていない。
だが、疑ったところで抗う術もない。
「……よし」
俺は一度、喉を鳴らし――
「じゃあ……井戸を作りたい!」
勢いで言った瞬間、妙な沈黙が落ちた。
視線を感じて横を見ると、シズナがぱちぱちと瞬きをしながら、こちらを見つめている。
その顔には、はっきりとこう書いてあった。
――この人、急に何言い出したの?
「……ゴホンッ」
耐えきれず、わざとらしく咳払いをする。
三十路のおっさんが独り言を叫ぶ姿は、我ながら絵面がよろしくない。
〈承認されました〉
次の瞬間だった。
地面が、淡く、しかし確実に光を帯び始める。先ほどのように目を凝らすまでもなく、足元一帯がはっきりと輝いていた。
「な、なんだ……!?」
〈発光しているマスが、施設設置可能範囲となります〉
視界が、完全に“ゲーム”のそれへと変わる。大地は格子状に区切られ、宙には矢印型のカーソルが浮かび上がっていた。
「……これ、意識するだけで動くのか」
試しに念じると、カーソルは素直に応じて滑るように移動する。さらに試しに、シズナの目の前まで持っていってみたが――
「?」
彼女は小首を傾げるだけで、何も見えていない様子だった。
「……俺にしか見えてない、ってわけか」
改めて、異質な力を手にしてしまったのだと実感する。
「井戸の場所って……結構、重要だよな」
村の中心か。
将来の建物配置。
人の動線。
一瞬、真面目に悩みかけた、その時。
〈ご安心ください。後からでも、施設の移動は可能です〉
「……あ、そうなんだ」
拍子抜けするほど、あっさりした答えだった。
ならば、と深く考えるのはやめる。
今は、まず水だ。
俺は適当な位置までカーソルを滑らせ、決断した。
「――ここでいい」
次の瞬間。
ポンッ。
あまりにも軽い、頼りない音と共に白い煙が噴き上がる。
そして煙が晴れた、その場所には――
古びたポンプ式の井戸が、何事もなかったかのように鎮座していた。
「……できた」
呆然と呟く俺の背後で、鬼人族たちがざわめき始める。
――水。
その一文字が、ようやくこの荒野に、現実として刻まれた瞬間だった。
「りょ、リョウジ様!? こ、これは一体……!」
裏返った声が、乾いた空気を震わせた。
無理もない。ほんの数瞬前まで、そこはただの不毛な地面だった。それが今では、木と鉄で組まれた井戸が、まるで最初からそこに在ったかのように立っている。
正直に言えば――俺自身も、まだ現実感がない。
「俺のギフトについては、もう話したよな」
「は、はい……【村作り】という、不思議な力を女神様から賜っていると……」
「ああ。そのギフトを使って、井戸を作ってみたんだ」
あまりにも淡々とした説明だったせいか、シズナはしばらく口を開けたまま固まっていた。
「……井戸、ですか?」
その視線は、井戸の上部に据え付けられた奇妙な取っ手――ポンプへと向けられている。
「……もしかして、この世界にはポンプ式の井戸はないのか?」
「ぽ、ポンプ……しき……?」
やはり、という感触が胸に落ちる。
どうやらこの世界の井戸は、縄と桶で水を汲む原始的なものが主流らしい。
「使い方を説明するから、よく見ていてくれ」
俺は取っ手に手をかける。
呼び水は……まあ、ないけど。
異世界だし、なんとかなるだろ――そんな半ば投げやりな期待とともに、取っ手を上下させた。
――ギィ、コポン。
二度、三度。
やがて、内部で何かが噛み合ったような感触が伝わり、
――ザァッ!
「……っ!」
勢いよく、透明な水が噴き上がった。
「み、水……!」
「水だ!」
歓声にも似た叫びが上がる。
次の瞬間、鬼人族の子供たちが我先にと井戸へ駆け寄った。
小さな手で水をすくい、顔を突っ込み、喉を鳴らして飲み干していく。
よほど限界だったのだろう。この灼熱の大地で、水がないなど、拷問に等しい。
「み、みんな! まずは、まずはリョウジ様にお礼を――!」
「いや、いいから!」
思わず声を張り上げる。
「礼なんて後でいい。倒れる前に、ちゃんと水を飲め!」
そう言っても、シズナは何度も何度も頭を下げてくる。
中学生くらいの少女に、これほど深く礼をされると、どうにも居心地が悪い。
……ああ、これは日本人特有の感覚かもしれんな。
「……皆さんも」
俺は、少し離れたところで様子を窺っている大人たちへ声をかけた。
「警戒する気持ちは分かります。でも、倒れてしまっては意味がない。今は、水を飲んでください」
彼らは一瞬、逡巡するように視線を交わし―― やがて、喉の渇きには勝てなかったのか、渋々ながら井戸へと歩み寄ってきた。




