5話 村作りガイド
〈この場所の土地を所有しますか?〉
唐突に、頭の奥で声が鳴った。
同時に、視界の中心へ淡い光を帯びた文字列が浮かび上がる。
「……ん? なんだ、これ……?」
思わず呟いた俺に、隣のシズナが小首を傾げる。
「リョウジ様? どうかなされたのですか?」
その反応で察した。
この声も、この文字も――見えているのは、どうやら俺だけらしい。
〈私は【村作り】ガイドのレタと申します。これより加治木りょうじ様の【村作り】を全面的にサポートさせていただきます〉
――普通に名乗った。
しかも、妙に丁寧だ。
脳内に直接響く声だというのに、抑揚も間も自然で、作り物じみた違和感がない。
いやいや、ちょっと待て……。
心の中でそう突っ込むと、即座に返答が返ってくる。
〈ご安心ください。思考の読み取りは、必要最低限に制限されています〉
……やっぱり読んでるじゃないか。
「ええと……【村作り】ガイドってことは、君が俺のギフト……って認識で合ってるのか?」
〈はい。村を築く際に必要な知識の提供、判断補助、各種アドバイスを行います〉
会話は成立している。こちらの言葉も、疑問も、すべて正確に受け取っているようだ。
しかも――妙に“人間的”だ。
「……どこかで、俺のこと見てたりするのか?」
思わず周囲を見回した、その瞬間。
「……リョウジ様?」
シズナが、わずかに不安げな声を出す。
そりゃそうだ。
彼女からすれば、俺は突然立ち止まり、虚空を見回しながら独り言を呟いている、不審人物にしか見えない。
――まずいな。
三十路のおっさんが、何もない空間に話しかけている図は、だいぶ痛い。
「い、いや……その……」
俺は咳払いひとつしてから、言葉を選ぶ。
「ギフトが……頭の中に直接、話しかけてきてるみたいでな」
「……ギフトが?」
シズナは一瞬きょとんとし、それから慎重に頷いた。
「……そう、なのですか」
その“間”が、やけに長い。
疑っている。
遠慮がちに、しかし確実に。
やめてくれ……そんな目で見るな……。
言葉には出さないが、内心では必死だった。これは妄想でも幻覚でもない。異世界特有の、れっきとした超常現象なのだ。
――たぶん。
だが、説明すればするほど胡散臭くなるのも、また事実である。
シズナの視線が、ほんの少しだけ柔らいだ。
「……リョウジ様が、嘘をついているようには見えません」
「……ありがとう」
その一言に、地味に救われる思いがした。どうやら“痛いおっさん”の烙印は、ギリギリ回避できたらしい。
俺は、再び視界に浮かぶ選択肢へ意識を向ける。
〈この場所の土地を取得しますか?〉
またしても、あの無機質な声が脳裏に響いた。
「……土地を取得すると、何か起きるのか?」
問いかけると、間を置かずに返答が返ってくる。
〈土地を取得することで、村の建設が可能となります。村はポイントを消費することで、必要な建物や各種施設を設置できます。なお、現在の気温は四十四度。早急な飲水の確保を強く推奨いたします〉
四十四度――冗談じゃない。
日本の猛暑日を思い出したが、あれとは質が違う。湿気がないぶん幾分か呼吸は楽だが、肌から水分が奪われていく感覚はむしろこちらの方が露骨だ。
視線を向ければ、鬼人族の中にはすでに膝をつき、浅い呼吸を繰り返している者もいる。唇は乾ききり、目の焦点も定まっていない。
「……確かに、悠長に考えてる場合じゃないな」
ここで迷っている余裕はない。
選択肢はもはや一つしかなかった。
「よし。俺は――ここに村を作る!」
〈土地を取得します〉
〈土地の取得に成功しました〉
……。
…………?
「……え?」
内心では、大地が割れるとか、光の柱が立つとか、そういう派手な現象を想像していた。
だが現実はあまりにも静かだった。
風が吹き、砂が舞う。
それだけだ。
ただ一つ、視界の中央に淡く浮かぶ文字列が現れた。
【加治木りょうじの村】
「……これだけ?」
思わず本音が漏れる。
〈意識を集中していただければ、地面が発光しているのをご確認いただけます〉
言われて足元を見つめると――確かに。地表が、ほのかに、しかし確実に光を帯びていた。まるで見えない境界線が、地面そのものに刻まれたかのように。
それはどこか懐かしい感覚だった。
学生時代に遊んだ、シミュレーションゲームのマップ。移動可能エリアを示す、あの淡い光。
〈発光している範囲が、加治木りょうじ様の所有地となります〉
「……つまり、この中なら、好きに村を作れるってわけか」
〈はい〉
あまりにもあっさりと肯定され、逆に背筋が寒くなる。
この土地は、今や俺のものなのだと、世界そのものが宣言している。
〈現在の加治木りょうじ様のレベルは1。設置可能な施設は以下の通りです〉
次の瞬間、一覧が視界に流れた。
――女神像(0)
――土嚢(5)
――柵(5)
――堀(5)
――小屋(10)
――畑(20)
――井戸(20)
――物見櫓(20)
――その他……
「……レベル1にしては、やけに選択肢が多いな」
素直な感想だった。
〈括弧内の数値は、設置に必要なポイントを示しています〉
「……待てよ」
嫌な予感がして、俺は問い返す。
「俺、ポイントなんて持ってるのか?」
〈初回ボーナスとして、100ポイントが付与されています〉
「……100?」
思わず声が裏返る。
思っていたより、ずっと多い。
「なるほどな……。じゃあ、そのポイントはどうやって増やすんだ?」
問いかけた瞬間、俺はふと背後を振り返った。
そこには、渇きと絶望を抱えた五十余名の鬼人族がいる。
――ポイントの稼ぎ方次第で、生きるか死ぬかが決まる。
〈毎日17時。村人の信仰度に応じてポイントが付与されます。
信仰度は【低い】【中】【高い】【超絶】の四段階。付与ポイントは【低い】1、【中】2、【高い】3、【超絶】5となります〉
……村作り、だよな?
なぜそこで信仰が出てくる。
頭の中で、その言葉が何度も反芻される。
――信仰度。
誰が、何を、信じるというのか。
村長である俺か?
それとも、この【村作り】という得体の知れない力か。
あるいは――女神、だろうか。
「……なあ。そもそも、何を信仰するんだ?」
疑問をそのまま口にした。
この世界に来てから、曖昧なことばかりだ。せめて根幹だけは知っておきたい。
しかし、返ってきた答えは予想外だった。
〈……それよりも、先に水を確保すべきではありませんか?〉
……ん?
一瞬、思考が止まる。
……今、さらっと話を逸らされなかったか?
問い詰めようとした、その時。視界の端に、ふらりとよろめく鬼人族の老婆が映った。誰かが慌てて支えているが、その手も震えている。
乾いた大地。焼けつく空気。
そして、喉の渇きに耐えきれない人々。
「……」
舌打ちしたい気分をぐっと飲み込む。
確かに、今は信仰がどうとか言っている場合じゃない。
理屈よりも、まず人命だ。
「……わかったよ。水だな」
少しだけ、負けた気分だった。
だが、今はそれでいい。
鬼人族の人々に、一刻も早く水を飲ませてやりたい。それができるなら、信仰だのポイントだのは後回しで構わない。
そう自分に言い聞かせ、俺は次の選択肢へと意識を向けた。




