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勇者召喚された俺のギフトは村作り~無能と追放されたので辺境に最強の村を作ります。  作者: 葉月


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3話 勇者ではありません

 少女の名は――シズナ。

 鬼人族と呼ばれる魔族の一人だという。


 あの大臣が「魔王」という言葉を口にした瞬間から、俺はこの世界に亜人種や異種族が存在することを、どこかで覚悟していた。

 だが、城を出て間もなく、こんな形で、しかも助けを乞う少女として出会うことになるとは思ってもみなかった。


 シズナの話によれば、人間と魔族は、原則として敵対関係にある。


 つまり――だ。


 この世界に喚び出された“勇者”とは、本来、彼女のような存在を討つための刃なのだ。


 一緒に召喚された三人の高校生の顔が、脳裏に浮かぶ。

 あの年頃の少年少女に、果たして人間と大差ない姿をした少女を殺せるだろうか。命令されれば、あるいは戦場の狂気の中では、できてしまうのかもしれない。


 だが、それでも――簡単な話ではない。


 ……いや。

 今は、他人の心配をしている場合じゃない。


 シズナは、できるだけ分かりやすく説明しようと、言葉を選びながら語ってくれた。


 この世界には、「魔王」と呼ばれる存在が複数いる。

 魔王とは、単なる肩書きではなく、魔族側の国家を束ねる王―― 人間世界で言えば、国王に相当する存在だ。


 人族と魔族の対立も、突き詰めれば領土を巡る戦争に過ぎない。 理想や正義の話ではない。 人族側では、まず魔族から領土を奪い、その後で人族同士の勢力争いを行う―― そんな、身も蓋もない協定まで結ばれているらしい。


 一方の魔族は、より単純で、より苛烈だ。 自国以外はすべて敵。 奪えるものは奪い、踏み潰せるものは踏み潰す。 魔族同士でさえ争いが絶えず、戦火は絶え間なく世界を焼いている。


 その中で、最も割を食うのが―― どの国にも属さない、少数部族だった。


 鬼人族も、そのひとつだという。


 もともと彼らは、「中立区」と呼ばれる大森林で暮らしていた。 どの勢力にも属さず、争いを避け、ひっそりと生きてきた。だが、その大森林を巡って、複数の魔王が衝突した。


 戦争だ。


 鬼人族は争いを止めようとしたらしい。

 だが結果は、無残だった。 戦火に巻き込まれ、多くが命を落とし、生き残った者たちは散り散りに逃げ延びるしかなかった。


 命からがら辿り着いた先で、再起を図ろうとした。

 小さな村を築き、もう一度、静かな暮らしを取り戻そうとした。

 だが、現実は残酷だった。


 辿り着いた地は、不毛の大地。

 作物は育たず、水も乏しい。 人にも魔族にも助けを求めることはできず、ただ、日々がすり減っていく。


 ――途方に暮れる、という言葉が、これほど似合う状況もない。


 そんな折、人族が「伝説の勇者召喚」を試みているという噂が流れてきた。 藁にも縋る思いで、シズナは勇者に会うため、遠路はるばる人間の国までやって来たのだという。


 魔族の敵であるはずの勇者に、なぜ助けを求めたのか。

 そう尋ねた俺に、シズナは一瞬だけ目を伏せ、そして答えた。


「……他に、頼れる相手がいなかったんです」


 それだけだった。


 要するに、一か八か。 敵だと分かっていても、助けを求めるしかなかった。

 潔いというべきか、無謀というべきか。

 俺の口から、思わず乾いた笑いが零れた。


「……シズナには言いにくいんだけどさ。俺、勇者じゃないんだ」


 できるだけ軽く言ったつもりだった。

 だが、その言葉は思った以上に重かったらしい。


「えっ……!?」


 シズナは目を見開き、思わず一歩近づいてくる。


「でも、リョウジ様は城から出てこられましたし、それに……その、見たことのない服を着ています」


 俺のスーツを、恐る恐る指差す。


「リョウジ様は異世界人ではないのですか?」


 ああ、なるほど。

 この世界では見慣れぬ格好だろう。 シズナはそれを根拠に、俺を“勇者側の存在”だと信じていたのか。


 そう思うと、胸の奥がちくりと痛んだ。無自覚とはいえ、期待させてしまったのは確かだ。


「異世界人なのは、まあ……合ってる」


 俺は一度息を吸い、言葉を選ぶ。


「でもな、城に呼ばれたからって、全員が勇者ってわけじゃない」


 そして、ここに至るまでの経緯を、包み隠さず話した。

 召喚のこと。 三人の高校生勇者のこと。そして――俺に与えられた、場違いなギフトの名。


「ギフト……【村作り】、ですか」


 シズナは小さく復唱し、首を傾げた。


「俺には、勇者みたいな戦う力はないんだとさ」

「……ちなみに、それは、どのような力なのですか?」

「うーん……さあ?」


 自分で言っておいて、苦笑する。


「聞かなかったのですか?」

「聞く前に追い出された」


 正確には、聞こうとした瞬間に物理的に外へ連れ出された。

 だが、そこまで詳しく説明する気にはなれなかった。


「我々魔族の中にも、女神様からギフトを授かる者はいます」


 シズナは真剣な顔で続ける。


「ですが……【村作り】なるギフトは、聞いたことがありません」

「所詮、“村を作るだけ”のギフトだからな。誰も気にも留めなかったんだろ」


 自嘲気味に肩をすくめる。


「そうでしょうか……?」


 シズナは、まっすぐに俺を見る。


「リョウジ様は、女神様が異世界から遣わした使徒なのですよね?」

「は? ……いやいや、そんな大層なもんじゃない」


 思わず手を振った。


「たぶん、手違いで送り込まれただけの一般人だ。よくある話だろ?」


 ラノベや漫画で散々見た展開だ。 女神のミス。 あるいは、召喚に巻き込まれた不運な一般人。 真の勇者は、あの三人。

 俺は――ただの余り物だ。


 しばらく沈黙が落ちた後、シズナが意を決したように口を開く。


「……それでも」


 小さな拳を握りしめて言った。


「とにかく、私と一緒に来ていただけませんか?」

「来るって……君の村に?」

「はい!」


 即答だった。


「……なあ、俺の話、ちゃんと聞いてた?」


 思わず、ため息が漏れる。


「言っとくけど、俺なんか連れて帰ったところで、何の役にも立たないぞ」


 本音を言えば、魔族の村など危険しかない。

 しかも、不毛の大地だと言っていた。 残り少ない時間を、そんな場所で浪費する気にはなれなかった。


 それに―― 俺には、やらなければならないことがある。


 この世界に、地球では治せなかった病を治す手段があるかもしれない。

 それを探さなければならない。


「……失礼ですが」


 シズナは一瞬だけ言葉を切り、こちらの顔をじっと見つめた。その視線には、怯えも媚びもなく、ただ静かな確信だけが宿っている。


「リョウジ様は――大病を患われているのではありませんか?」

「……っ!」


 心臓が、はっきりと音を立てて跳ねた。


 なぜ、それを――。

 俺は自分の病について、これまで一言も口にしていない。


 動揺を隠そうとする間もなく、シズナは淡々と続ける。


「人の機微をよく見れば、その者の癖や……身体に宿る歪みが、自然と見えてくるものです」


 そして、躊躇いなく言い切った。


「リョウジ様は、肺を患っておられますね」


「…………」


 言葉が、喉に引っかかって出てこない。


 ――当たりだ。


 若い頃から吸い続けてきた煙草。 仕事の合間、酒の席、眠れぬ夜。 気づけば、それが当たり前になっていた。

 そして、そのツケが、きっちり回ってきただけの話だ。


 もしも時を巻き戻せるなら。

 あの頃の自分に、声を張り上げて言ってやりたい。煙草なんて、百害あって一利なしだ。健康を削り、金を燃やすだけの愚かな習慣だと。


 だが――後悔は、いつだって遅れてやって来る。


「……魔国領では」


 沈黙を破ったのは、シズナだった。


「人の国では決して手に入らない秘薬が、存在することもあります」


 その言葉は、押しつけがましくも、甘美でもなかった。

 ただ、事実として提示されただけだ。


 ――なるほどな。


 人の医学では手の施しようがない病でも。 人ならざる者の知恵や技なら、違う道があるかもしれない。


 希望。

 それは、いつだって、こんなふうに不意に差し出される。


「……そこまで言うなら」


 俺は、短く息を吐いた。


「行ってもいいけど」

「――本当ですか!」


 シズナの表情が、一瞬でぱっと明るくなる。 まるで、暗闇に灯がともったようだった。


 その無垢な喜びに、胸の奥がちくりと痛む。 こんな俺に、そこまで期待される資格があるのか。


「……あのさ」


 念のため、言っておく。


「本当に、役に立たないぞ? 期待はするな」

「構いません!」


 即答だった。 迷いも、計算も、そこにはない。


 ――参ったな。


 そこまで言われてしまえば、もう逃げ場はない。

 それに、考えてみれば、俺には他に行く宛もなかった。


 残り時間を、ただ待つだけの人生より。わずかでも可能性のある道を歩くほうが、ずっといい。


「……分かったよ」


 俺は肩をすくめ、苦笑する。


「じゃあ、世話になるとするか」


 こうして俺は―― 病を抱えたまま、鬼人族の少女と共に、 魔族の地へ足を踏み入れることになったのだった。

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