24話 かぼちゃの集団
「おお! すごいだな。あれが人族の街だか!」
シズナの協力のもと、俺たちは選抜隊を連れてアルティーナ近郊へ転移していた。
目の前には高い城壁に囲まれた巨大な街が広がっている。
灰色の石で築かれた城壁は遠目にも威圧感があった。巨大な城門の前では荷馬車の列ができており、商人や旅人たちが順番を待っている。
初めて見る大都市に、ホムラたちも興味深そうに辺りを見回していた。
もっとも、その姿はかなり怪しい。
シズナをはじめとする鬼人族の面々は、角が目立たないように外套のフードを深く被っている。
ダクネたちダークゴブリンはさらに徹底していた。
外套で全身を覆い隠し、頭にはマツナさんお手製のかぼちゃの被り物。
種族どころか顔すら分からない。
傍から見れば仮装行列そのものだった。
「なんでかぼちゃなんだよ」
思わず突っ込むと、ダクネは胸を張った。
「我々ダークゴブリンは小柄だ。子供として潜入するには、まず顔を隠すのが一番手っ取り早い」
理屈は分かる。
分かるのだが、なぜかぼちゃなのかはまったく分からない。
俺の知る限り、この世界にハロウィンなど存在しないはずだ。
にもかかわらず、かぼちゃ頭の集団が堂々と街へ向かって歩いている。
どう考えても目立っていた。
「凄まじい光景だな……」
発案者を問い詰めたい気持ちはあったが、今は関所を抜けることが先だ。
「止まれ!」
城門前に立つ番兵が鋭い声を飛ばした。
見覚えのある顔だった。
以前シズナと訪れた際にもいた厳つい男である。
「お前は確か前にも来たな。……って、なんだこの不気味なかぼちゃ頭の集団は!?」
「えーっと……」
さて、どう言い訳したものか。
「ウチらの子供ネ」
「わたくしたち子沢山ですのよ」
「村長の子供いっぱい産んだっす!」
「正妻は私だ!」
「それは聞き捨てなりません!」
「ぶふっ!?」
予想外の設定に鼻水が出てしまう。
「あんた、五人も嫁さんがいるのかい? ひょっとしてどこかの貴族様だったりするのか?」
「いや、まあ……あっははは……」
順番待ちをしていた人々の視線が一斉に集まる。
「すげぇな、五人も嫁がいるのか」
「平民じゃ無理だろ」
「でも貴族には見えねぇぞ」
「訳ありなんじゃねぇか?」
やめてくれ。
これ以上目立ちたくないんだ。
俺は苦笑しながら番兵の袖へ銀貨を滑り込ませた。
「ひひっ、いつも悪いな」
男は慣れた手つきで銀貨を消し去った。
検問は拍子抜けするほど簡単だった。
前回と同じく銀貨を数枚握らせるだけで、番兵はあっさり通してくれる。
賄賂が通用する街というのは便利でもあるが、同時に嫌な気分にもなる。
城門を抜けると、ひび割れた石畳がどこまでも伸び、道端にはゴミが積まれ、どぶからは悪臭が漂っていた。
相変わらず衛生状態は最悪だが、その一方で露店通りからは焼いた肉の香りや果実酒の甘い匂いが流れてきた。
商人たちの呼び込みや値段交渉をする客の怒鳴り声、子供たちの笑い声が入り混じり、街全体が生き物のような活気に満ちていた。
「汚い街だべな」
「うんこ街だぞ」
「この街は今日から巨人の便所に改名すべきだな」
ダークゴブリンたちは遠慮がなかった。
「……でも、何だかいい匂いもするだよ」
ポン太が鼻をひくつかせる。
その一言で他の連中も屋台へ視線を向けた。
かぼちゃの穴から覗く目がきらきら輝いている。
「おお……!」
完全に観光客だった。
「そ、村長! ちょっと向こうで情報収集してくるだべ!」
ポン太はそう言うなり串焼き屋へ突撃した。
そして店主と何やら話したあと、すぐに引き返してくる。
「お、お小遣いほしいべ!」
「はぁ……」
「じょ、情報収集するには路銀が必要だべさ!」
こちらへ向けて手を差し出してきた。
「あのなぁ……お前ここへ何しに来たか分かっているのか?」
「ガザを助けるためにも情報は必要だべ! 情報戦に勝たねば、この戦は負けるべ!」
言い方だけはもっともらしい。
「……ったく。ちゃんと働けよ」
呆れながら小銭を渡した瞬間だった。
ダークゴブリンたちは弾かれたように散開した。
あっという間に屋台街の人混みへ消えていく。
残された鬼人族たちが深いため息を吐いた。
「……あれが、選抜隊ですか……」
シズナが額を押さえる。
「残念ながらな」
「一体どのように選抜したのか聞いてみたいです」
シズナはガクッと項垂れた。
その隣で、ダクネはぷるぷると肩を震わせていた。
「あいつら……っ! 村に帰ったら地獄の特訓をしてくれる!!」
声に込められた殺気が凄まじい。
彼らは次の訓練で確実に泣くことになるだろう。
まあ、自業自得だ。
「こうしていても埒が明かない」
かといって、闇雲に探して見つかるほど甘くはないだろう。
「よし、なら二手に分かれるか?」
ホムラが周囲を見回しながら提案する。
「賛成だ。人が多い場所を手分けして当たろう」
俺たちはその場で簡単な打ち合わせを行った。
ホムラ、サイハ、ルイ、マドカ。
鬼人族の主力を中心とした一隊。
そして俺、シズナ、ダクネの三人。
何か情報を掴んだ場合は夕方までに中央広場へ集合することを決める。
「見つけたらすぐ知らせろ」
「そっちもな」
ホムラたちは人混みの向こうへ消えていき、残された俺たちも歩き出す。果たしてガザは無事なのか、そして子供たちの母親はどこにいるのか。賑わう街の喧騒の中、俺は自然と拳を握り締めていた。
「それで村長殿、まずは何処へいくのだ?」
「そうだな……」
「人の集まる場所が良いかもしれませんね」
となると……あそこしかないな。
俺は人の口が一番軽くなる場所へ向かうことにした。
――酒場だ。
昼間からそれなりに賑わっている店を選び、俺たちは隅の席へ腰を下ろした。
店内には酒と煙草と汗の臭いが混じり合い、昼間だというのに出来上がっている連中が大声で笑い合っている。
商人らしき男たちが景気の話をし、傭兵風の男たちが仕事の愚痴をこぼし、給仕の娘が忙しなくテーブルの間を行き来していた。
俺たちは安酒とレモン水を注文し、さりげなく周囲へ耳を傾ける。
するとしばらくして、隣のテーブルから気になる話が聞こえてきた。
「お前ら知ってるか? 屋敷に入り込んだイカれ野郎の話」
声の主はいかにも荒事を生業にしていそうな男だった。革鎧の下に着崩した私服を着込み、腰には使い込まれた剣を提げている。
すでに相当飲んでいるらしく、周囲を気にする様子もなく上機嫌に話していた。
「なんっすかそれ?」
「魔族の女に惚れた哀れな男が、豚のペットになってる女を助けようとして屋敷に潜り込んだんだよ。完全にイかれてるだろ?」
「魔族なんかに惚れる人間っているんっすか?」
「ま、いたから捕まったんだろうな」
「そいつ、どうなったんっすか?」
「豚の部下に取り押さえられて、今じゃ地下牢でストレス発散用のサンドバッグだとよ」
「うわぁ、えげつねえ話っすね」
男たちの笑い声が聞こえた瞬間、俺の奥歯が軋んだ。
ガザはそんな理由で命を懸けたんじゃない。
子供たちの母親を助けるため。
村で待ち続ける子供たちのためだ。
この世界の理不尽に、たった一人で立ち向かった勇敢な男だ。
それを酒の肴みたいに笑われてたまるかっ!
「リョウジ様」
気付けば拳を握り締めていたらしい。
シズナがそっと俺の手を包み込んだ。
「……すまん」
本当に危なかった。
シズナが居なければ、俺は隣の席へ飛び掛かっていたかもしれない。
ガザを――俺の友達を馬鹿にするなッ!
喉元まで込み上げた怒鳴り声を必死に飲み込む。
隣を見ると、シズナの表情も硬い。ダクネの顔はかぼちゃで見えないが、テーブルの下で握られた拳だけで十分だった。
怒っているのは俺だけではない。
「まだ耐えろ」
ダクネが低く呟く。
今ここで感情に任せて動けば、ガザを助けるどころか全てが台無しになる。
俺たちは辛抱強く待った。
やがて男は仲間と別れ、ふらつく足取りで酒場を出ていく。
それを確認すると、俺たちも勘定を済ませて後を追った。
「あそこです」
男は人気のない路地へ入っていく。
昼間だというのに薄暗く、積み上げられた木箱やゴミが視界を遮っていた。
酔いも回っているらしく足取りは覚束ない。
――今ならやれる。
そう思った瞬間には、すでにダクネが動いていた。
物音一つ立てず男の背後へ回り込むと、そのまま飛びかかって首を締め上げる。
「ゔぅっ!?」
男は何が起きたのか理解する暇もなかった。
頸動脈を圧迫され、そのまま地面へ押し倒される。
「ぐぅっ……うぅ……ッ」
「大人しくしていろ」
ダクネの声は冷え切っていた。
普段の豪快な姿とは別人のようだ。
男は必死にもがくが、鍛え抜かれたダークゴブリンの戦士に敵うはずもない。
やがてダクネは男の胸へ跨ると、懐からナイフを抜き、首筋へ押し当てた。
「動くな。動けば殺す」
男は顔面蒼白になりながら何度も頷いた。
抵抗する意思が消えたことを確認すると、ダクネは今度は懐から赤い果実の欠片を取り出した。
「「……トマト?」」
俺とシズナの声が重なる。
ダクネは乾燥トマトの欠片を男の口へねじ込んだ。
無理やり飲み込まされた男は苦しそうに咳き込んだが、しばらくすると表情が見る見るうちに緩んでいく。
俺は念のため【鑑定】を発動した。
【ジョンソン 種族:人間 状態:魅了(小)
前科一犯のこそ泥。現在はアルティーナの領主邸にて傭兵として雇われている】
どうやら魅了トマトは人間相手でも問題なく効果を発揮するらしい。
「にしても、お前よくそんなもん持ってきてたな」
呆れながら言うと、ダクネは平然としていた。
「そこらの武器や防具より、村の野菜の方が余程役に立つ」
そう言いながら懐を探ると、魅了トマトだけではなく様々な野菜の欠片が次々と出てくる。
「うん、うまい!」
「今食うのかよ!」
思わずツッコんでしまった。
張り詰めていた空気が少しだけ緩み、シズナも思わず吹き出している。
普段は豪快で力押しばかりしているように見える男だが、こういう準備だけは妙に周到なのだ。
「ダクネ、お前そういうところ本当に抜け目ないよな」
「いつ如何なる時も戦士として最善を尽くす。これは当然だ!」
胸を張る姿は実に誇らしげだった。
その後、ダクネは男から剣を取り上げ、自分の腰へ装着する。
いつもの大剣は目立ちすぎるため持ち込めなかったが、代用品としては十分だろう。
「使えそうか?」
「脆そうではあるが問題ない」
本当に頼もしい男である。
「おい、貴様。屋敷の地下牢まで案内しろ」
「へい……」
魅了された男は逆らう様子もなく立ち上がった。
そして千鳥足のまま街の中心部へ向かって歩き出す。
やがて人通りの向こうに、高い塀に囲まれた領主邸が見えてきた。
ガザが囚われている場所であり、子供たちの母親が囚われている場所でもある。
俺たちは無言のまま顔を見合わせると、男の背中を追って屋敷へ近づいていく。
ガザが囚われている地下牢まで、あと少しだ。




