23話 手紙
牢の壁から滲む湿気が肌にまとわりつき、腐った藁と血の臭いが鼻を刺していた。
ガザは両腕を頭上で鎖に吊られたまま、荒い呼吸を繰り返す。肩の関節は悲鳴を上げ、頬には新しい傷が増えていた。片方の目は腫れ上がり、まともに開かない。
それでも彼は顔を上げた。
向かいの椅子に腰掛ける男を真っ直ぐ見据える。
領主はワイングラスを揺らしながら、丸々と肥えた体に不釣り合いなほど上質な絹の服を纏っていた。地下牢の薄暗ささえ、その贅沢な刺繍を隠しきれない。
グラスを口元へ運び、一口含む。
そして不快そうに顔を歪めた。
「魔族のガキを助けたかと思えば、今度は戻ってきてその母親たちを助けようとするとはな。貴様のような変人は理解できん」
領主は鼻で笑う。
「貴様のような腑抜けが増えれば、人族の品格が落ちる。いいか、魔族はただの家畜だ。家畜をどう扱おうが私の自由だ」
男の隣では、魔族の女が鎖に繋がれたまま膝を抱えていた。痩せ細った肩を震わせ、汚れた衣服に身を包み、頭から伸びる角を隠す布すら与えられていない。
怯えた瞳だけが暗闇の中で揺れ、恐る恐るガザを見上げていた。
縋るような、それでいて期待することすら怖れているような目だった。
ガザは一度だけその視線を受け止めると、口元に滲んだ血を舌で拭った。
そして笑う。
「あんたがそうやって笑っていられるのも、今のうちだぜ」
「なんだと?」
「死の荒野には、あんたが想像もできねぇようなお人がいるんだぜ」
「馬鹿馬鹿しい。あのような荒野に人間など住めるわけがない」
ガザは喉の奥で笑った。
事実、彼も以前はそう思っていた。
死の荒野。
誰も生きられない呪われた土地。
追放された者が骨になる場所。
だが、そこで出会ったのだ。
人間も。
魔族も。
魔物までも。
同じ食卓を囲んで笑う村に。
そして、その中心に立つ一人の男――加治木リョウジに。
常識外れで、馬鹿みたいにお人好しで、それでも誰よりも前を向いて歩く男だった。
「泣きなさんな」
ガザは領主の隣でうつむく女へ視線を向けた。
「希望は荒野にある。アンタの子供はそこで腹いっぱい飯を食ってる。友達と走り回って、毎日泥だらけになって遊んでるぜ」
「わ、私の子供は……生きて……いるのですか……?」
それは願いだった。何度も絶望を突きつけられ、それでも捨てきれなかった最後の希望だった。
ガザはニカッと笑う。
「ピンピンしてらぁ」
女の瞳から涙が零れ落ちた。口元を押さえながら何度も首を縦に振る姿を見届けると、ガザは再び領主へ顔を向けた。
「俺は荒野の果てにある小さな村で未来を見たんだ」
「未来だと?」
「そうさ」
鎖を鳴らしながら無理やり身体を起こし、ガザは続ける。
「そこでは人間も魔族も魔物も関係ねぇ。みんなで飯を食って、働いて、笑って生きている」
脳裏に浮かぶのは、村を駆け回る子供たちの姿だった。畑で汗を流す住民たち、騒がしい食卓、魔物と肩を並べて働く鬼人族。あの光景は間違いなく本物だった。
「オレたちは本来、そうやって生きていくべきなんだ。オレはそれをアイツから教わった」
「ぐっはっはっはっはっ――――!」
領主は腹を抱えて大笑いした。
「人間が魔族や魔物と手を取り合って生きるだと!? 貴様は荒野で頭でもやられたか!」
涙を拭いながら笑い続ける領主に、ガザは平然と言い返す。
「笑いたきゃ笑え。だけど覚えておいた方がいい。アイツはきっと、この世界の常識をひっくり返す。そして誰もが笑って暮らせる村を作りあげる」
一瞬だけ地下牢が静まり返った。
領主の眉が僅かに動いたが、それも一瞬だった。
「完全に狂っているな」
鼻で笑いながら立ち上がると、牢番たちへ顎をしゃくる。
「ほら、行くぞ。さっさと歩け」
女は乱暴に腕を掴まれながらも、去り際に一度だけ振り返った。涙で濡れた瞳を向けられたガザは何も言わず、ただ不敵な笑みを浮かべる。
やがて靴音が遠ざかり、重い鉄扉が閉まる音が地下牢に響いた。
静寂の中に取り残されたガザは天井を見上げる。
「へへっ……」
リョウジなら何とかする。
あの男なら絶対に。
そんな根拠のない確信が、不思議なほど強く胸の中にあった。
◆
朝の空気はいつもと変わらなかった。
井戸端では水を汲む音が響き、家畜小屋からはコカトリスの鳴き声が聞こえてくる。広場では子供たちが走り回り、朝日を浴びながら笑い声を上げていた。
村はいつも通りで、変わったところなど何もないはずなのに、俺の胸の中だけがやけに重かった。
ガザがいない。
ベンゾウから、ガザがたった一人でアルティーナへ向かったと聞かされた瞬間から、胸の奥に重い石を抱えたような感覚が消えなかった。
怒っているわけではない。単純に彼のことが心配なのだ。
そして同時に、少しだけ寂しくもあった。
彼は一言も相談せず、一人ですべてを背負って出て行ってしまった。
俺は彼の友人ではなかったのだろうか。それとも彼から見た俺は、頼る価値のない友人――あるいは村長だったのだろうか。
考えても答えは出ない。それでも気が付くと、そんなことばかり考えてしまう。
「友達になるって……言ってくれたのにな」
ぽつりと呟いてみても返事はない。当然だ。その本人はもうここにはいないのだから。
不思議なことに、村人たちは誰もガザの話をしなかった。シズナもホムラもダクネも、いつも通り仕事をこなし、顔を合わせれば軽く挨拶を交わす。まるで最初から何もなかったかのように。
詰め寄られてあれこれ聞かれるよりは楽なはずなのに、その気遣いがかえって胸に刺さった。
きっとみんな分かっているのだろう。俺が今、ガザのことを考えないようにしていることを。
そんな日々がしばらく続いた。
畑では相変わらず規格外の野菜が収穫され、詰所ではベンゾウが今週のシフト表に頭を抱え、訓練所からはホムラとダクネの練習試合に熱狂するダークゴブリンたちの歓声が聞こえてくる。
村は相変わらず平和だった。
平和だからこそ、胸に空いた違和感が拭えない。
そんなある日の朝だった。
「ロックバードだ! ロックバードが帰ってきたぞ!」
物見櫓の上から、村中に響き渡るホムラの大声が聞こえた。
「そんなに大声を出してどうしたんだよ」
近付きながら声をかけると、ホムラは身を乗り出しながら叫んだ。
「村長! あれを見てくれ。この村で飼っていたロックバードが帰ってきたんだ!」
ホムラが指さす方角に目を凝らすと、青空の中を一羽の巨大鳥が一直線にこちらへ向かって飛んでくる。ロックバードだ。
「ウチの村で飼ってたやつか分からないだろ」
「いや、あれは間違いなく、この村のロックバードだ」
「なんで言い切れるんだよ」
「村長にはあの首輪が見えないのか?」
「……」
見えない。見えるわけがない。
俺の視力は右1.2、左1.1だ。100メートル以上離れた場所を飛んでいるロックバードの首輪なんて見えるはずもない。というか、見える方がおかしい。
改めて思うが、鬼人族の身体能力は同じ生き物とは思えなかった。
「村の入口に降りるぞ! 行こう村長!」
「仮にそうだったとしても、トマトの魅了効果はとっくに切れてるだろ」
「だとしても、あいつはもう私たちの仲間だ」
ホムラは迷いなく走り出した。
俺も苦笑しながら後を追う。
ロックバードは大きな翼を広げたまま高度を下げていく。その光景を見た瞬間、胸がざわついたが、背中には誰も乗っていなかった。
やがて村の入口付近まで近づいたところで、ようやく俺にも首輪が確認できた。見覚えのある革製の首輪だ。
間違いない。
あの日、ガザが借りていったというロックバードだ。
「おお、4号! 心配してただよ! よく戻って来ただな!」
「クェェッ!」
着地した瞬間、真っ先に駆け寄ったのはダークゴブリンのポン太だった。彼は警備隊をクビになり、現在は家畜小屋の管理を任されている。
ロックバードも彼の姿を見つけるなり嬉しそうに鳴き声を上げた。
「クェクェクェエエッ!」
「そうかそうか。寂しかっただな。おらも寂しかっただよ」
ロックバードは頭をぐいぐい押し付けながら甘えている。ハート型トマトの魅了効果など、とっくに切れているはずだ。それでもすっかり懐いてしまったらしい。
「ふむふむ……」
ポン太が何度も頷く。
その様子に周囲にいたダークゴブリンたちも不思議そうに首を傾げていたが、次の瞬間、ポン太の表情が変わった。
「……それは本当だべか!?」
驚いたように目を見開き、慌ててこちらへ振り返った。
「大変だべさ! すぐに村長に伝えた方がいいべ!」
「クェッ!」
ロックバードも必死に鳴きながら何度も首を上下させている。
俺は思わず眉をひそめた。ポン太は先ほどから何をぶつぶつ話しているのだろう。
「村長! 4号から村長に伝えたいことがあるそうだべ!」
「え……」
ポン太の言葉に、俺は思わずロックバードへ視線を向けた。だが、見つめられたロックバードの方も不思議そうに首を傾げるだけだ。
「クェッ、クェクェクェ、クェエエ……」
分からん。まったく分からん。
村を作ることはできても、怪鳥と会話する能力までは持ち合わせていない。
俺は助けを求めるように周囲を見回したが、いつの間にか集まっていたシズナ、ホムラ、ダクネ、マツナさんも、それぞれ困惑した表情で首を横に振っていた。
当然だろう。むしろロックバード語が分かる方がおかしい。というか、何でポン太は普通に会話できているんだ。
「ポン太、すまないが通訳してもらえるか?」
「その必要はないだよ。4号は村長宛の手紙を預かってきているだよ」
「手紙?」
ポン太はロックバードの首筋を優しく撫でると、そのまま羽毛の奥へ手を差し入れた。しばらくごそごそと探った後、一通の封筒を取り出した。
「村長にだべ」
「ああ、すまない」
封筒には『リョウジへ』と書かれていた。
ガザだ。
俺はすぐに手紙の内容を確認した。
――大将へ
この手紙を大将が読んでいるということは、オレはどうやらまたしくじっちまったみてぇだな。
水臭ぇ真似をして黙って村を出たこと、まずは謝らせてくれ。悪かった。
オレが一人でアルティーナへ向かったのは、あそこに囚われているガキ共の母親を救い出すためだ。
あいつらの涙を見ちまったら、オレはどうしても放っておけなかった。
だけど、これはオレが勝手に決めたオレの戦いだ。お人好しの大将のことだから、相談なんてしちまったら「俺も行く」って言うに決まってる。
これ以上、オレの身勝手に大将を巻き込むわけにはいかねぇ。
もしオレがまっとうに役目を果たせていれば、この手紙は4号の羽の裏でゴミになっているはずだ。
だが、4号がそっちに戻ったってことは、オレの身に何かが起きたってことなんだろう。
情けねぇ話だが、大将、頼みがある。
オレの代わりに、母親たちを助けてやってはくれねぇだろうか。こんなこと言える義理じゃないことは分かっている。
でも、一生の頼みだ!
オレじゃ力不足だったけど、規格外の野菜を作り、異種族をまとめ上げちまう大将なら、きっと何とかしてくれるって信じてるぜ。
勝手な頼みだってことは百も承知だ。
もしも生きてまた会うことができたなら、そん時は殴りたいだけ殴ってくれて構わねぇ。
――頼んだぜ、大将。
手紙を読み終えた俺は、しばらく何も考えられなかった。周囲の声も聞こえない。視界の端で誰かが心配そうにこちらを見ているのだけは分かった。
やがて俺は誰にも見られないように手紙を握り潰した。
ぐしゃりと紙が音を立てる。
「村長、何が書いてあったんだ?」
「ガザさんに何かあったのですか?」
「どうなんだい、リョウジ」
ホムラもシズナもマツナさんも、不安そうな表情でこちらを見ていた。
俺は一度深呼吸し、無理やり口元を緩める。
「南方の街に魚料理を食べに行くんだと。しばらくしたら戻るから、その時はまたよろしく頼むってさ」
「え……」
「呑気な奴だよな」
自分でも驚くほど自然に嘘が出た。
ポン太が何か言いかけるが、俺と目が合うと、そのまま口を閉ざしてしまった。
きっと察してくれたのだろう。
ホムラとシズナも顔を見合わせている。
明らかに信じてはいない。それでも追及はしないでいてくれた。その優しさが今はありがたかった。
「さあ、みんな仕事に戻るよ」
マツナさんが手を叩く。
住民たちはそれぞれ頷きながら散っていった。最後までこちらを気にしている者もいたが、誰も余計なことは聞かなかった。
「すまん。俺も仕事に戻るわ」
そう言い残し、俺は一度も振り返ることなく自宅へと歩き出した。
自宅へ戻った俺は、急いで戸棚へ向かい、奥にしまっていたナイフを取り出す。
「くそっ……」
鞘から抜いた刃が日を反射した。
武器にしてはあまりに頼りないが、俺にはガザのように剣は扱えない。
「待ってろよ、ガザ」
ナイフを持つ手が震える。
こんなもので誰かに斬りかかったことなんてない俺は、これから自分がやろうとしていることを考えると、震えが止まらなかった。
それでも、友達が助けを求めているんだ。行かないなんて選択肢は最初から存在しなかった。
だが同時に、村のみんなを巻き込むわけにもいかない。
アルティーナは人間の街だ。鬼人族やダークゴブリンは、あの街では迫害の対象になる。もし連れて行けば、あの日見た奴隷たちと同じ目に遭わせてしまうことになるかもしれない。そんなことだけは絶対に許されない。
「俺一人で何とかするしかない」
呟きながら荷物をまとめる。
どうせあと数か月で死ぬ命だ。
失うものなんてはじめから何もない。
だから怖くない。
そう思おうとした。
だが震える手は止まらなかった。
結局のところ、俺は怖いのだ。
死ぬことも、友達を助けられないことも。
「よし、誰もいないな」
俺は周囲を何度も確認しながら、建物の影を伝うように歩いていた。
完全に不審者である。だが仕方がない。村のみんなに見つかるわけにはいかない。
「4号、いるか?」
家畜小屋へ辿り着くと、4号はすぐにこちらへ顔を向けた。
「すまんが、もう一度飛んでもらえるか?」
「クェッ!」
「あっ、ばか! 大きい声は出さないでくれ!」
「クエ……?」
怒られた理由が分からないのか、4号は首を傾げている。
その様子に少しだけ苦笑しながら鞍を取り付けた。
「これでいい」
そう思いながら4号を外へ連れ出した、その時だった。
「――!」
俺は思わず足を止めた。
家畜小屋の前に村人たちが集まっていたのだ。
鬼人族の老人も子供も、ダークゴブリンたちもみんないる。
全員だ。
本当に全員いた。
誰一人として声を上げない。ただ静かにこちらを見ている。その光景は、彼らが今生の別れを悟ったかのようでもあった。
「……いつからいたんだ?」
「最初からです」
答えたのはシズナだった。
俺が言葉を失っていると、シズナが一歩前へ出る。
「リョウジ様、一体どちらへ向かわれるのですか?」
その声は穏やかだったが、その表情は穏やかではない。今にも泣き出してしまいそうな顔だった。
「いや……あの、ちょっと買い出しに行こうかと……」
「でしたら私の転移で参りましょう!」
「ダメだ!」
反射的に叫んでいた。
シズナの肩がびくりと震える。
「なぜですか!」
「それは……」
言葉が続かない。
あの街へシズナたちを連れて行くわけにはいかない。鬼人族のシズナが見つかれば何をされるか分からない。だから一人で行くべきなんだ。
だが、それを正直に話したところで納得してくれるはずがなかった。
「リョウジ」
落ち着いた声が響く。
気付けばマツナさんが前へ出ていた。相変わらず足音一つ聞こえない。
「あなたは買い出しに行くわけではありませんね」
「……」
「責めているわけではありません。ただ、一つだけ聞かせてほしいのです」
マツナさんは真っ直ぐ俺を見つめた。
「我々は仲間ではないのですか?」
「……っ」
その言葉が胸に刺さる。
「リョウジが我々を心配してくれていることは分かっております。しかし、我々もまたリョウジのことが心配なのです」
返す言葉が出てこなかった。
自分だけがみんなを守ろうとしていた。
だが、みんなも同じだったのだ。
俺が立ち尽くしていると、今度はダクネが前へ出る。背中の大剣が朝日に鈍く光った。
「村長殿。ガザはオレたちの仲間でもある」
「……ダクネ」
「仲間を助けるために戦う。それは戦士として当然のことだとオレは思う」
短い言葉だった。だが、それだけで十分だった。
ホムラも前へ出る。棍棒を肩に担ぎながら、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「行くなら私も連れて行け」
「ホムラ……」
「仲間を死なせるのはもう二度とごめんだ」
それだけ言って口を閉ざす。余計な言葉はない。だが、その瞳は本気だった。
「ウチも行くネ」
サイハがひらひらと手を振る。
「あのモヒカンとはまだ結着がついてないネ」
「何だよそれ……」
「だから死なれたら困るネ」
そう言って笑った。
ルイも、いつも以上に大きくなった胸を張る。
「当然、わたくしも参りますわ。ガザには魔族の子供たちを救っていただいた恩がありますもの」
「あたしも行くっすよ!」
マドカが戦斧を肩へ担ぐ。
「村長一人で行かせたなんてことが死んだ親父に知られたら、この恩知らずがぁッ! ってあの世に行ったときにぶん殴られるっす」
周囲から小さな笑いが漏れ、少しだけ張り詰めた空気が和らいだ。
そして最後にシズナが前へ出る。首飾りを握り締めながら、まっすぐ俺を見つめた。
「私も行きます」
その声はどこまでも澄んでいて、とても芯のある声だった。
「リョウジ様をこの地へ連れてきたのは私です」
「シズナ……」
「私には、最期までリョウジ様と共に歩む責任があります!」
その瞳にはもう迷いはなかった。代わりに強い意志が宿っている。鬼人族の戦士としての光。何者にも揺るがない決意の色だった。
俺はゆっくりと周囲を見渡した。
鬼人族たちがいる。ダークゴブリンたちがいる。子供たちがいる。
全員が俺を見ていた。
とても真剣な目で。
そこにあるのはただ一つ、仲間を想う強い絆だった。
胸の奥がグワッと熱くなる。
知らないうちに、俺はこんなにも多くの仲間に囲まれていたらしい。
日本にいた頃には考えられなかったことだ。
「みんな……」
言葉が詰まる。
それでも何とか声を絞り出す。
「すまない。力を貸してくれ!」
深く頭を下げる。
これから危険な場所へ向かう。命を落とす者が出るかもしれない。
それでも俺には、もう誰かを切り捨てることなどできなかった。
ガザも。
子供たちの母親も。
そして、この村のみんなのことも。
誰一人見捨てたくなかった。
「リョウジ様、頭を上げてください」
シズナが優しく微笑む。
「生きるために力を貸していただいているのは、私たちの方なのですから」
その言葉に、胸を締め付けていた重苦しさが少しだけ軽くなった気がした。
すると突然、ダクネが大剣を掲げる。
「これよりアルティーナへ向かう選抜隊を決める!」
「「「おおおおっ!」」」
村中から歓声が上がった。
鬼人族たちが拳を突き上げ、ダークゴブリンたちが飛び跳ねる。ホムラがやる気満々で棍棒を振り回し始め、ベンゾウが慌てて止めに入る。
たった今まで重苦しかった空気が嘘のように消えていた。
みんな本気だ。
本気でガザを助けに行くつもりなのだ。
その光景を見ながら、俺はそっと空を見上げた。
雲一つない青空がどこまでも広がっている。
ガザ。
お前は本当に勝手なやつだよ。
勝手に村へ来て、勝手に仲間になって、勝手に一人で全部背負い込んで、そして勝手に出て行った。
だけど安心しろ。
もうお前は一人じゃない。
俺たちが行く。
必ず迎えに行く。
だから――もう少しだけ待っていてくれ。
こうして、異種族連合によるアルティーナ救出作戦が幕を開けたのだった。




