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勇者召喚された俺のギフトは村作り~無能と追放されたので辺境に最強の村を作ります。  作者: 葉月


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15話 この村に置いてはくれないだろうか?

「……す、すごい食欲だな」


 思わず零れたその一言は、驚愕というより半ば呆然に近かった。


 現在、村の広場には百を超えるダークゴブリンの群れがひしめいている。

 彼らは相当腹を空かせていたのだろう。マツナたちが運び込む野菜を、まるで奪い合うように受け取り、次々と口の中へ押し込んでいく。


「なんだこの野菜! マジでクソうめぇ!」

「ゴブリンなのに、ベジタリアンになっちまいそうだぞ!」

「おれ、野菜嫌いだったはずなのに……手が止まらねぇ!」

「こんなに腹いっぱい食ったの、久しぶりすぎる……」

「おい、泣くなよバカっ!」


 笑い声と嗚咽が入り混じり、広場は奇妙な熱気に包まれていた。

 武器を捨て、地面に座り込み、夢中で食べ続けるその姿は――つい先ほどまで村を蹂躙しかねなかった魔物の群れとは、どうにも結びつかない。


 やがてマツナから、「小屋に蓄えていた食糧が、じきに底を突きます」という報告を受け、俺は改めてこの連中の食欲の凄まじさを思い知る。


 あの小屋には、一月は食いつなげるだけの野菜を備蓄していたはずだ。

 それが、わずかな時間で空になろうとしている。


 ……とはいえ、明日になればまた大量に収穫できる。致命的な問題ではない。

 だが念のため、後で畑の数を増やしておくべきだろう。備えは多いに越したことはない。


「本当に、すごい食欲だな」


 そう前置きしてから、俺はダクネへと視線を向けた。


「これまでの食糧は、どうやって賄っていたんだ?」


 素朴な疑問だった。

 彼はというと、人間の歯では到底歯が立たないであろう巨大なかぼちゃを、生のまま豪快にかぶりついている。

 野菜を食べているとは思えぬ、骨まで砕きそうな咀嚼音が響き、思わず苦笑が漏れた。


「……森で狩りをしていた」


 ダクネはそう答え、珍しく食べる手を止めた。

 その顔には、先ほどまでの陶酔にも似た満足感はなく、重たい陰が落ちている。


「今は、していないのか?」


 問いかけると、彼は口を閉ざしたまま視線を逸らす。


 ――まずいところを突いたか。

 一瞬そう思ったが、理由を知らずして対処はできない。


 今回はこちらの野菜で事なきを得た。だが、また腹を空かせて森から出てこられたら――村を築いている身としては、洒落にならない。

 ダークゴブリン以外の魔物が、この事態に乗じて現れないとも限らないのだ。


 彼らが飢えていた原因くらいは、最低限把握しておく必要がある。


「我々は、主にグレートボアを主食として狩りを行っていた」


 ダクネは低い声で語り出す。


「だが最近は……めっきり見かけることもなくなった」

「お前たちが、狩り尽くしたんじゃないのか?」


 乱獲すれば、種は滅びる。

 それは自然界の、あまりにも当然な摂理だ。


「それはない」


 しかし、ダクネは即座に、きっぱりと否定した。


「どうして、そう言い切れる?」

「グレートボアはでかい。数も多い。繁殖力も、我々を上回っている」


 彼は淡々と続ける。


「我々が多少狩った程度で、滅びるような種ではない」

「……でも、いなくなったんだろ?」

「正確には、数が激減した」

「それで、見つけられなくなったってわけか」


 コクリ、とダクネは小さく頷いた。


 やはり食い尽くしたのではないか――そう指摘しかけた俺を制するように、彼は首を振る。


「理由は、他にある」

「他?」


 その言葉に、嫌な予感が胸をかすめる。


「村長殿は――四竦みの魔王を、知っているか?」


 ダクネの低い声が、広場のざわめきを押しのけるように響いた。


「――四竦みの魔王?」


 思わず鸚鵡返しに、その名を口にしていた。


 この世界に魔王が存在すること自体は知っている。

 そもそも俺は、魔王討伐を目的とした勇者召喚に“事故のように”巻き込まれ、この世界へと放り込まれた人間だ。

 魔王という存在が、どれほど人類にとって厄介で、危険なものか――理解していないわけがない。


「ここより遥か西の地に、大森林が広がっている」


 ダクネは低く、重々しい声音で語り始めた。


「その大森林を巡り、四人の魔王が、数百年という長きにわたり互いを牽制し合い、睨み合いを続けてきたのだ」


 ……ん?


 胸の奥で、かすかな引っかかりが生まれる。

 どこかで聞いた話だ――そんな既視感に導かれるように、俺は隣に立つシズナへと視線を向けた。


 彼女は、唇を強く噛みしめていた。

 奥歯が軋むほどに力を込め、悔恨と怒りを押し殺しているのが、痛いほど伝わってくる。


「……リョウジ様が察しておられる通りです」


 シズナは、絞り出すように告げた。


「私たちの里を襲ったのは――四竦みの魔王の一人でした」


 やはり、か。


 胸の奥に、鈍い痛みが走る。

 無自覚とはいえ、彼女にとって最も忌まわしい記憶を呼び起こしてしまったのだろう。


 俺は一度、息を整え、できるだけ声音を落ち着かせた。


「……悪かったな」


 それ以上は触れず、話を先に進める。


「で、その四竦みの魔王と、お前たちの食糧不足が、どう繋がる?」

「四竦みの魔王の一人が、大森林での戦いに敗れた」


 ダクネの声が、わずかに低くなる。


「そして、敗走の末――この死海の森にまで逃げ込んできたのだ」

「……つまり何か。あの黒い森のどこかに、魔王が潜んでいるって言うのか?」

「おそらくは、な」


 ――最悪だ。


 知らなかったとはいえ、人類の天敵とも言える存在の“膝元”で、のんきに村を築いていたとは。

 自分の間抜けさ加減に、思わず乾いた笑いが喉に引っかかる。


「魔王は相当な手傷を負っていると考えられる」

「……だろうな」

「傷を癒やし、体力を回復させるには、とにかく肉が必要だ」


 話は、ようやく一本の線で繋がった。


 グレートボアが急激に姿を消した理由。

 それは、魔王が生き延びるため、手当たり次第に狩り尽くしているから――。


「話は分かった。だがな」


 俺は腕を組み、ダクネを見据える。


「今の話が事実なら、これからもお前たちの食糧不足は続くんじゃないのか?」

「……うむ」


 ダクネは俯き、渋面を作って唸った。

 その様子は、さきほどまでの武人然とした姿とは違い、どこか思案に暮れる“族長”の顔だった。


 やがて、意を決したように顔を上げる。


「ひとつ、提案がある」

「提案?」

「我々を、この村に置いてはくれないだろうか」


 真っ直ぐな眼差しで、ダクネは言った。


「もちろん、タダでとは言わない。腕っぷしには自信がある。用心棒としてでも、役には立つはずだ」


 ――用心棒、か。


 思わず天を仰ぎたくなる。

 だが、冗談として笑い飛ばせる話でもない。


 魅了の効果は二十四時間。

 今は大人しく、友好的に見えるダークゴブリンたちも、その効力が切れればどうなるか分からない。


 とはいえ、森へ返したところで同じことだ。

 腹を空かせれば、再びこの村を襲うだろう。

 次もまた、トマト作戦が通用する保証などない。


 確実なのはひとつだけ。


 ――魅了が切れる前に、彼らに新たなトマトを食べさせ続けること。


 だが問題は明白だ。

 百を超えるダークゴブリンを、継続的に養えるのか。


〈その点については、問題ありません〉


 不意に、脳裏へ直接響く声。


「……どうしてだ?」


〈彼らを、村の住民にしてしまえば良いのです。主様のレベルは上がり、信仰者も増える。一石二鳥ではありませんか!〉


 レタの声音が、やけに弾んで聞こえる。

 ……気のせい、ではないだろう。


「というか、魔物でも村の住民にできるのか?」


 半ば呆れ混じりに問い返す。


〈一定の知能指数を満たしていれば、問題ありません〉


「その“一定の知能指数”ってのは、どこが基準なんだ?」


〈当然、女神を信仰の対象として崇められるか、です〉


 ……やっぱり胡散臭い。


 本当にこのまま、正体不明の女神の信仰者を増やしていいものか。

 判断に迷い、思考が堂々巡りを始めた、その時だった。


「村長殿は、先程から誰と話しておられるのだ?」


 ダクネの疑問に、シズナが即座に答える。


「リョウジ様は、女神様から神託を受けることがお出来になるのです」

「な、なんと!?」


 ダクネは目を見開き、深く頷いた。


「只者ではないと思ってはいたが……まさか、神の使いであったとは」


 ……いや、違う。


 盛大な誤解をされている気しかしないが、もはや今更、訂正する気力もなかった。


 ――まあ、今更だよな。


 俺は小さくため息をつき、内心でそう呟いた。


「……そんじゃあ、まあ。よろしくな」


 腹を括った俺の言葉に、一瞬の間が落ちた。


「――ということは!」

「ああ。ダークゴブリンを、この村に受け入れる」


 宣言が終わるや否や、村の広場は爆発したような歓声に包まれた。

 鬨の声、地を踏み鳴らす足音、武器を打ち鳴らす乾いた響き。

 先ほどまで血の匂いすら孕んでいた空気は、一転して祝祭の熱に塗り替えられていく。


 そこから先は、もはや収拾のつかぬどんちゃん騒ぎだった。

 ダークゴブリンたちは肩を組み、腹の底から笑い、残った野菜を奪い合うように頬張っている。

 鬼人族の面々も最初こそ戸惑っていたが、やがて苦笑混じりに酒――ではなく水袋を掲げ、騒ぎに加わっていった。


「村長殿……感謝する!」


 ダクネが深く頭を下げ、そして大きな手を差し出してくる。

 その掌は分厚く、武人のそれだった。


 俺は一瞬だけ躊躇い、それから強く握り返した。

 ごつり、と骨が鳴るような感触が伝わる。


「こちらこそだ。暴れられるより、守ってもらえる方が助かる」


 言葉にすると軽く聞こえるが、この握手は――

 人と魔物が、敵ではなく“隣人”になるための、確かな一歩だった。


 だが同時に、胸の奥で小さな不安が蠢く。


 ――本当に、俺一人の判断でよかったのか?


 鬼人族に正式な了承を取ったわけでもない。

 今更ながら、そのことが引っかかる。


「……なあ、シズナ」


 そう声をかけるより先に、彼女は静かに首を振った。


「何の問題もありません」


 きっぱりとした声だった。


「この村の村長は、リョウジ様です。決断する権利も、責任も――すべて」


 そこまで言われて、俺は苦笑するしかなかった。

 念のためマツナたちの方へ視線を向けると、彼女たちは大らかに笑い、鷹揚に頷いている。


 ……どうやら、本当に問題はなさそうだ。


〈では、改めて――〉


 レタの声が、いつになく厳かに響いた。


〈ダークゴブリン一行を、村人として登録しますか?〉


 答えは、考えるまでもない。


「……ああ。頼む」


 その瞬間――


 脳内に、軽快でどこか場違いな効果音が鳴り響いた。


 ぱっぱらぱーん♪


〈加治木りょうじのレベルが3になりました〉


 今日この日、この村は異種族が共に生きる、本当の「村」へと変わったのだ。

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