第9話 悪目立ちする2人
「桃花」
「なに?」
「俺たちちょっと悪目立ちしてる」
俺が周囲に視線を向けながら少し声を潜めて言うと、桃花はハッとしたように肩をピクリとはねさせた。
続けて周りをババッと見ると、その顔がみるみると赤くなる。
「ご、ごめんなさい。つい気が急いちゃって」
「別に謝ることでもないけどさ。でも、あんまり人前でする話でもないだろ?」
俺がさらに声を潜めて言うと、
「まぁ、うん。それは、そう……だよね」
俺に諭されて、桃花も声のトーンを大きく下げた。
冷静に話を進める俺に釣られるように、幾分か冷静さを取り戻したようだ。
OK、それでいい。
家の借金の話をみんなの見ている前でして――せっかく借金がなくなったのに――変な噂でも立てられたら桃花が可哀そうだ。
「今日はこの後、普通に授業だろ? 放課後にでもゆっくり話そうぜ」
「放課後って……こんな大事な話、そんなに待てないもん」
「言っとくが俺は学校はサボらないからな。中学に続けて高校でも皆勤賞を狙っているんだ」
「皆勤賞って、まだ高1の初めだよ?」
「俺は小学校3年生の冬にインフルエンザにかかって休んで以来、風邪をひいたことがないのが密かな自慢なんだ」
これは割とマジで。
「わ、わかったわよ。じゃあ放課後に話をしましょ? 全部聞かせてもらうんだからね? 約束だからね?」
「了解。放課後に話すよ。でも別に大した話でもないんだぞ?」
「これが大した話じゃないなら、世の中のほとんど全てのことは、大した話じゃなくなりますぅ~!」
「大山鳴動して鼠一匹、ってな」
「タイザン……? なにそれ?」
割と有名なことわざを言ったものの、桃花は右手の人差し指をピンと伸ばして口元に当てながら、不思議そうに小首をかしげた。
「……よくうちの高校に受かったな?」
おっと、つい思わず失礼なことを言ってしまったじゃないか。
だが俺たちの高校は東大・京大に何十人も送り込むような超進学校ではないものの、毎年ちらほら東大・京大の合格者が出ているし、中学でもかなり上位でないと入れない高校だぞ?
しかし桃花は俺の失言には気付かなかったのか、俺の言った言葉について考え込んでいた。
「多分、ことわざだと思うんだけど。うーん。昔からことわざとか古文は苦手なんだよね。あ、理数系も苦手なんだけど」
「それじゃあほとんど全部の教科が苦手じゃないか……」
「そうともゆう? それで、さっきのはどんな意味なの?」
「大きな山が今にも噴火しそうだったのに、実際には鼠が一匹逃げてきただけって意味だよ」
「あ、タイザンは『大きな山』の音読みってことなんだね。なるほどなるほど~。物知りだね正道くんは」
「俺は平凡だよ」
「平凡……って。あ、正道くんって絶対に、テスト勉強してないって言って裏でやりまくってるタイプでしょ? わかっちゃったかも?」
「そういう奴いるよな。俺は違うけどな」
「ふうん。じゃあ行こっか」
桃花はわりとどうでも良さそうに答えると、笑顔でそう言った。
「行くってどこに?」
「そんなの教室に決まってるじゃない。入学して間もないのに皆勤賞を狙ってるんでしょ? ほら早く♪」
桃花が俺の手を取って歩き出す。
女の子特有の小さくて柔らかい手にドキリとしながら、俺も自然と歩き出した。
すぐに隣に並ぶ。
桃花はすぐに手を離すと思っていたら、下駄箱まで手を繋いだままだった。
もちろん周りからは見られまくっている。
俺と付き合ってるだのなんだの、変な噂を立てられて困るのは桃花だと思うんだが。
そういうのあんまり気にしないタイプなんだろうか?
でも週末に話した時とは打って変わって、とても機嫌がよさそうで安心したかな。
それはきっと家の借金がなくなったから。
うん、やっぱり女の子は笑っていた方がいい。
それが身近なクラスメイトならなおさらだ。
そんなことを思いながら、俺は桃花と一緒に自分の教室へと向かった。




