第10話 学校の2人。桃花の感謝。
◇
そして日がな一日、桃花の視線を感じながらの高校での日常を終え。
迎えた放課後。
「正道くん! さぁ放課後になったよ! 一緒に帰りましょっ!」
自分の席で教科書やノートを鞄に詰め詰め、帰る用意をしていた俺のところに、桃花が「もう待ちきれない」って感じで迎えに来たことで、教室内が騒然とした。
「ちょ、嘘だろ!? 花宮さんが獅童を放課後デートに誘ったぞ?」
「しかもナチュラルに名前で呼んでたよな!?」
「くっ、2人は既に浅からぬ仲ってことか!」
「嗚呼、無常。やはり爽やかハイスぺ男子に、女の子は惹かれるのか……」
「ははっ、クラスのリーダーと『お嫁さん検定1位』の学園のアイドル。お似合いだぜ……」
「入学式で新入生代表の挨拶をした主席入学者は伊達じゃねぇ!」
などと悲鳴を交えながらざわつく男子たち。
「え~! ちょっと桃花、それ聞いてないんですけどぉ♪」
「そういえば今日は一日、桃花が獅童くんを見ていたような?」
「朝、獅童くんと校門で待ち合わせてたって噂、本当だったんだ~♪」
「やーん、わたしも獅童くんのこと狙ってたのに~!」
「あんたは顔がいい男子なら誰かれかまわず狙ってるでしょうが」
「やだー♪ エモーい♪」
そして女子たちもキャイキャイとかしましく盛り上がっていた。
他人のコイバナほど「おいしい」ものはないものな。
ここで否定しても効果は薄い――どころか逆に怪しい。
疑惑はさらに深まった、などと面白おかしく言われるだけ。
ゆえにここは軽く流して、深くは言及しない一択だ。
興味津々で「なんだよ正道。彼女できたんなら言えよな~。しかもあの花宮さんとかさぁ」とチャチャを入れてきた仲良し男子の小森大樹に、
「たんにクラスメイトと一緒に帰るだけだっての。大樹たちとカラオケ行くのと変かわんないから。じゃあ桃花、行こうか」
サラッと答えてから、俺は席を立って歩き出した。
桃花もすぐに着いてきて、俺たちはざわめく教室を颯爽と後にした。
◇
そして俺と桃花は、この前行ったファミレスへとやって来た。
まだ夕食には早い時間帯なのもあって、店内にはお客さんがちらほらまばらにしかいない。
席も前回と同じで、観葉植物の陰になった角席に座る。
この席、密会をするには便利だが、観葉植物がある上に角にあるから閉塞感があって不人気なのかなとふと思った。
適当にスイーツとドリンクバーを注文すると、まずはドリンクを入れる。
そして席に戻るとすぐに、前置きも何も入れずに桃花が例の話を切り出してきた。
「それで、どうしてうちの借金がなくなったの? 朝、銀行の担当の人から連絡があったって、お父さん大騒ぎだったんだから」
ストレートもストレート。
朝からずっと待ちわびていたのだろう、桃花はまっすぐに質問をぶつけてくる。
変に引き延ばす必要もないので、俺は端的に結論を伝えた。
「融資元の銀行に、花宮製作所の借入金を全額一括返済した。金を払えば借金は消える。それだけだよ」
「それだけって――だって、えっと……」
言葉がうまく出てこないのか、口をパクパクとさせる桃花。
「土地と工場にかかっていた抵当権はもうないから、何の心配もいらないよ」
正確には抵当権抹消登記は、銀行からの書類を桃花のお父さんが法務局に提出しなければ、自動的には行われないのだが。
そんな細かいアレやコレやをイチイチ桃花に説明するもんでもないだろう?
ここは女子高生向けにわかりやすさを優先だ。
「それって、もしかしなくても正道くんが払ってくれたってことなんだよね? 5000万円を」
「ああ」
俺はにっこり笑うと、これで説明は終わりとばかりにドリンクバーのジンジャーエールを口に含んだ。
薄くて安っぽい炭酸が、しかし気持ちよくのどを駆け抜けていく。
運動をした後と、いいことをした後の炭酸は最高だよな。
なんて思っていると。
「ええっと、正道くん――ううん、獅童くん」
俺を名字で呼び直すと、桃花が居住まいを正した。
背筋をピンと伸ばし、制服の襟元やリボン、裾を丁寧に正す。
「なんだよ? 改めてどうした?」
「助けてくれてありがとうございました。お父さんもお母さんもすごくビックリしていて、感謝もしていて。もちろんわたしもです。花宮家そろって本当に感謝しています。ありがとうございました」
桃花が深々と頭を下げた。
つむじが見えるくらいに、おでこがテーブルにくっつくくらいに。
深々と頭を下げる桃花。
「お礼を言ってくれてありがとう。そう言ってもらえると、助けたかいもあったかな」
お礼を求めたわけじゃないんだが、やっぱりお礼を言われないよりは言われたほうが気分はいいよな。
「本当にありがとうございました。わたしなんかに何ができるかはわかりませんが、このご恩は一生かけて返していきます」
「そんなたいしたことじゃないから、気にしないで。ってわけで、とりあえず顔をあげてくれると嬉しい。あと話し方も普通にしてね?」
俺はこれ以上なく優しい声色を意識しながらそう告げた。
しかし桃花はまだ頭を深々と下げたままで、顔を上げようとはしなかった。




