第70話 大事な話(その2)
「え、なんだろ……?」
きょとんとした様子の桃花だったが、俺が真剣に見つめると桃花はハッとしたように肩をびくりとさせ――そして「すごく嫌そうな顔」をした。
……あ、あれ?
なんか俺のイメージしていた桃花の反応と、全く違うんだが?
困惑する俺に桃花がちょっと不満そうに、でもちょっと得意げに言った。
「宿題ならちゃんとやりました~!」
「……や、そうじゃなくてだな」
「予習もちゃんとやりました~!」
「……うん、えらいぞ桃花」
「正道くんが勉強を教えてくれるようになって、わかることが多くなってきたから、予習復習もそこまで苦じゃなくなってきたんですぅ~! こう見えてわたし、基本は真面目なんだからねっ!」
どうやら桃花は俺に告白されるとはまったく思っていないらしい。
俺としては勝利の余韻に浸りつつ、勢いそのままに桃花との関係もステップアップを、と思ったんだが。
よくよく考えてみれば、今のこの状況が恋愛的にいいムードかどうかは、考える余地があるかもしれなかった。
というか桃花のお父さんの見ている前で告白されるとか、さすがに桃花も恥ずかしいを通り越して呆れそうだ。
そうだな。
大事なことだし、ここはいったん出直すとしよう。
俺たちはまだ出会ったばかり。
まだまだ時間はあるのだから。
「予習・授業・復習が勉強の基本だ。その意気だぞ。本当に偉いし、頑張ってるし、このまま積み重ねていこう。期末テストも近い、努力は数字になって返ってくるはずだ」
ごく一部の天才を除けば、勉強は継続性がなにより物を言う。
せっかくの桃花のやる気を削いでしまっては大失態だ。
ぷくーと膨れる桃花を、俺は全力で誉めまくった。
「もぅ、正道くんってば、二言目には『宿題やったのか~?』って聞いてくるんだから」
「ははっ、ごめんごめん。これからはやっている前提に認識を改めるよ」
「うん、そうして♪ 正道くんは素直なところもいいところだよねぇ。いい子いい子」
桃花が背伸びをすると、俺の頭をよしよしと撫で始める。
桃花の手が触れたところが、なんともくすぐったい。
「さすがに恥ずかしいんだが。桃花のお父さんも見てるしさ」
「はぅっ!? お父さんがいたこと忘れてた~!」
桃花が顔を真っ赤にしてピョイっと飛びのいた。
そんな桃花を、お父さんが優しく見つめている。
「では後は若い者に任せて年寄りは退散するとしましょう――というのはきっと、こういう時に言うんでしょうね。さてと、仕事仕事」
桃花のお父さんは笑いながら立ち去っていく。
「お父さん! 正道くんとはそういうんじゃないから~! って、行っちゃうし~!」
「お父さんには気を使わせちゃったみたいだな」
「ごめんね、お父さんが変なこと言っちゃって。ほんと、そんなのじゃないのにねっ! もう困っちゃうよ、ほんとっ!」
桃花が目に見えてわざとらしくぷんすかしながら、ちょっと恥ずかしそうに、上目遣いで可愛らしく見つめてくる。
「お父さんもきっと黒田の狼狽する顔が見れて気分がよくて、口が軽くなってるんだよ。長いこと理不尽に耐えてきたはずだからさ」
「うん……そうだよね。お父さんが一番しんどい思いをしてたんだもんね。正道くん、改めて助けてくれてありがとうございました」
桃花が大きく頭を下げる。
顔を上げると笑みが浮かんでいて――その笑顔は今まで見た中でも最高に素敵な笑顔だった。
町工場に平和な日常が戻ってきたことを、俺は改めて実感したのだった。
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