第69話「あのね、今すっごく気持ちいいの! もう最高っ!」
黒田の乗った車の音が遠ざかっていき、完全に聞こえなくなる。
「さてと、これで一件落着かな」
黒田にはもう抗う気力は残っていないだろう。
というか桃花のお父さんの特許がライオネル・グループのものになった時点で、勝負ありだ。
黒田、ひいてはダーダネルス電機が、力づくでこの町工場を手に入れるメリットは何もない。
あとは先だって取引先に圧力をかけたみたいに、最後っ屁の嫌がらせくらいしか奴らにできることはない。
だがそれすらも、この町工場のバックにライオネル・グループが付いた以上は意味をなさない。
別の取引先はいくらでも見つかるし、資金には十分過ぎる余裕があるからだ。
俺は肩の荷が下りたことを改めて実感すると同時に、スカッとした晴れやかな気持ちを覚えていた。
終わってみれば何もかもが上手く行った。
黒田に意趣返しもした。
俺はあまり他人を悪く言って笑うのは好きじゃないんだが、俺だって人間だからムカついたりはする。
黒田のあの悔しそうな顔は最高に痛快だった。
これ以上ない完ぺきな結末を迎えたことに、俺はおおいに満足していた。
そんな感慨にふける俺に、桃花がしずしずと話しかけてきた。
「あんまりこういうこと言うのはどうかなって、思うんだけどね?」
「ん? どうした?」
だが口調が控えめな割に、その顔には隠しきれない笑みが浮かんでいる。
「正道くんに『そんな子』だって思われたくないから、言わないほうが絶対いいんだけど……」
「ああ、そうなのか?」
「でもどうしても言わせて?」
「多分だけど、大丈夫だと思うぞ。きっと俺も同じ気持ちだと思うから」
俺にどう見られるかを気にしている桃花の背中を力強く押してあげると、桃花が安心したように言った。
「じゃあ、うん……。あのね、今すっごく気持ちいいの! もう最高っ!」
桃花が大輪のひまわりのごとき満面の笑みを浮かべた。
さらには右手が力強くサムズアップする。
「ははっ、同感だ」
俺も同じく渾身のサムズアップを返した。
どうやら俺たちの気持ちは完全に同じだったようだ。
「だよねだよね! もう見た、あの顔? 今までさんざん偉そうにウエメセで嫌味ばっかり言ってたのに、最後は涙目だったしー!」
「声も震えてたよな」
「正道くんに正論で詰められたら、顔を真っ赤にしてたしー!」
「あれだけ悔しそうな顔はそうは見れないよな」
「あ、でもでも悪いのは向こうだもんね」
「そうだぞ。俺たちはむしろ被害者だ。あいつが勝手に悪い計画を立てて、真実を告げないまま特許を買いたたこうとして、バレただけだ」
「だよねー!」
俺と桃花がはしゃぐ様子を桃花のお父さんが静かに見守っている。
だけどその顔にも、堪えきらない笑みが浮かんでいた。
数カ月にわたって悩まされていたダーダネルス電機の嫌がらせにケリがついたんだから当然だ。
俺たち3人の心は今、一つになっていた。
ざまぁ、ってな!
そんな大きな高揚感に背中を押されるようにして、
「桃花、大事な話があるんだ」
俺の口は自然とそんなことをつぶやいていた。
「大事な話……?」
「ああ、とっても大事な話だ」
すべてが解決した今、俺が桃花との関係で債権者だのなんだの気を使う必要はなくなった。
肩代わりした5000万円の借金も、100億の利益を生み出すスペシャル特許の譲渡の前では誤差に過ぎない。
俺が自分の気持ちを抑制する理由はもはや存在しない。
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