第62話 プレゼン(3)
「父さんは普段はほとんど家にいないでしょうに」
普段は隠しているコンプレックスの核心にストレートに触れられたことで、俺は思わず子供じみた皮肉を返してしまった。
言ってしまってから「父親相手だからと何を甘えたことを言っている」と精神的に未熟すぎる自分にため息をつきたくなったが、父さんは特に気にした様子もなく言葉を続けた。
「それくらいのこと、お前が家を出たことや鹿島からの定期報告を聞けばすぐにわかる」
「……」
ぐうの音も出ない正論に俺は思わず黙り込んだ。
そうでなくとも父さんは百戦錬磨のライオネル・グループ総帥だ。
それこそ平凡な俺の気持ちなんて手に取るようにわかってしまうのだろう。
修二といい父さんといい、俺とは本当に何もかもが違いすぎる。
そしてここまで来たらもう、俺は正直に話すよりほかはなかった。
「俺は誰よりも修二の才能をずっと間近で見せられてきたから。だから――」
声が震えていた。
最後まで自分の気持ちを語りきることができない。
本当に情けなかった。
そんな情けない思いでいっぱいの俺に、父さんは呆れるでもなく不快に思うでもなく、親身に言葉を尽くしてくれる。
「身内びいきを抜きにしても、修二は本物の天才だ。飛びぬけた学力、明晰な思考力、勝機を見定める鋭い判断力、絵画に運動、音楽と何をやらせてもトップクラスの才能を発揮してみせる多才性。まるで若い頃の自分を見ているようだ――いやおそらくそれ以上だろう。修二のあの才と競うのはお前でなくとも無理だ。それを気に病む必要はない」
「はい……わかっては……いるつもりです」
わかってはいる。
俺だってわかってはいるんだ。
ただ俺の心の奥底のプライドが――修二の双子の兄たる獅童正道というアイデンティティが、最後の最後で納得しきれないだけなのだ。
だって納得してしまったら――修二との差を本心から受け入れてしまったら。
俺はもうこの先「正しい道」を歩き続けられなくなってしまうだろうから。
溢れんばかりの才能を見せつける修二へのコンプレックスは、しかし。
俺の心をむしばむ負の側面と同時に、修二と比して「平凡」であっても全力で正しく生き続けることを己に課した俺の、原動力でもあったから。
たとえ全ての才能で負けたとて、生き方だけは決して負けないという俺の信念の根源でもあったから。
だけどそんな俺の心の奥底まで解きほぐすように父さんは言った。
「だが正道、お前もまた天賦の才を持っているんだよ。それは修二にはないものだ。だからすぐにとは言わない。時間はかかってもいいから、自分を認めてやることだ。少なくとも今回の一件は、そうするだけの十分すぎる結果だったと父さんは思うがな?」
「あ――」
気付くと父さんの視線が優しく俺を見つめていた。
全てを見透かす獅子王の目が、今は全てを包み込む慈しみに満ちているように俺は感じていた。
「……おっと、すまない。質問をすると言いながらすっかり趣旨がずれてしまっていたな」
「あ、いえ」
そこで会話が途切れる。
父さんは優しい笑みを浮かべたまま俺を見ていた。
あとは自分なりに考えろと言うことなのだろう。
と、ちょうど会話が一段落したところで、ここまで微動だにせず聞きに徹していた筆頭秘書が静かに口をはさんだ。
「込み入ったお話中に申し訳ございません。そろそろ次のご予定の時間が近づいております」
父さんはその言葉にうなずくと、
「すまん、このあと大事な商談が控えていてな。この件に関しては追ってまた連絡する。速やかにプロジェクトチームを立ち上げ、担当者から連絡を入れさせてもらうと、いったん先方には伝えておいてくれ」
「わかりました」
「せっかくの親子の会話が、最後は説教臭くなってすまなかったな」
最後にそれだけ言い残して、筆頭秘書を従えて足早に応接間を出て行った。
一人残された応接間に取り残された俺は手元のプレゼン資料をじっと見つめた。
そこには俺が「偶然」作った「結果」が、どうだと言わんばかりに書かれている。
「人と関わる才能か……」
本当にそんなものがあるかは、人生経験の浅い俺にはわからない。
父さんが俺を励ますつもりで言ったのかもしれない。
だけどあの橋の上で桃花を助けたことから始まったことが、事実こんな大事になったのだ。
その事実は――ライオネル・グループ総帥の父さんも認める揺るぎようがない結果として、確かに存在していた。
改めてそのことを認識する。
もしかしたら俺には本当に、そんな俺だけの才能があるのかもしれない。
だからコンプレックスを完全に消し去るのは無理だとしても、もう少しだけ自分を認めてあげてもいいかもしれないな、と。
目に見える結果を手にしたこと。
父さんが「平凡」な俺の才能――あるかないかはいったんおいておいて――を評価してくれたこと。
プレゼンがうまくいったこと。
もろもろあって、俺は父さんの言葉をかなりポジティブに受け止めることができていた。
心が軽い。
実家でここまで心が軽く感じたことはいつ以来だろうか?
「さてと、帰るか。桃花も早くプレゼンの結果を聞きたいだろうし」
俺は顔を上げると、しっかりとした足取りで応接間を後にしたのだった。
その顔はきっと悪くない笑みを浮かべていたと思う。
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