第57話 桃花のお父さんの研究
「あははー、正道くんってば学校の先生みたい」
「そうだぞ。今の俺は桃花の宿題を見る先生だ」
「あ、今、上手いこと言ったな俺~、とか思ったでしょ?」
「思ってないから。あほなことを言ってないでほら、ペンを動かす。話していても宿題は進まないし、知識は身に付かないぞ?」
「はーい……。でもでも、最近気づいたんだけど、正道くんとお父さんは気が合いそうかもって思うんだよね」
はーい、と言いながらも、まだ話を続けようとする桃花。
よほど化学の宿題にとりかかるのが嫌らしい。
今度、時間をかけて勉強を見てあげるか。
少なくとも「嫌い」が「普通」にはなるくらいに。
「職人だし、桃花のお父さんは理系が得意なんだ?」
「うん、お父さん大学院で研究してたから」
「院まで行ってたのか。そいつはすごいな。何の研究をしてたんだ?」
「ええっと、磁石とか磁力って言ってたかな? 良くは知らないんだけど、なんかね、大学院の時に特許とか取ったらしいよ」
「それは本当にすごいな」
いや割とマジのガチですごいぞ。
「でしょでしょ? ぜんぜんそんな風には見えないのにね」
「そんなことはないよ」
「それ絶対嘘だし~! 娘のわたしが言うのもなんだけど、お父さんは研究とかしてそうに見えないもん」
「いや、娘ならそこは見てやれよ。自慢のお父さんじゃないか……ん、待て、特許だって?」
特許というワードに、ふと引っかかりを覚えた。
「どうしたの正道くん? あ、あれでしょ、早口言葉思い出したんでしょ。東京特許許きゃきょく――えへへ、嚙んじゃった」
桃花が可愛らしくはにかむ。
「懐かしいなそれ。実存はしないらしいけどな」
「あれ、そうなんだ?」
「正式には特許庁だな」
「正道くんってほんと変なことばっかり知ってるよね」
「官公庁の名称は、ぜんぜん変なことではないと思うんだが……。とりあえず早口言葉はおいといてだ。そのお父さんが取った特許って、どんな特許なんだ?」
「もぅ、詳しい中身は知らないよぉ」
苦笑する桃花。
それもそうかと思って俺は話を進めていく。
「じゃあ今は特許の権利ってどうなってるんだ? 特許権者はお父さんなのか?」
「えーっと、それならたしか仕事で必要になったときにお金の処理が面倒だから会社持ちにしてるとか、昔聞いたことがあるような……ないような……? あんまり興味なくてよく覚えてないかも……えへへ」
「なるほど、今の権利はこの工場にあるわけだ。でも租税公課(事業に必要な税金、公的負担に関する費用)に特許年金(特許の維持費)の記載はなかったんだがな?」
「……はぁ」
「そうか! 過去に何年分もしくは特許満了までの特許年金を、まとめて払っていたからだ。だからここ数年の決算書を見ても特許年金に関する記載がなかったんだ」
芋づる式に状況を解き明かしていく俺に、
「正道くん、わたしは今、日本語でしゃべっているんだよ? だから正道くんも日本語でしゃべってくれないかな?」
桃花がどこか呆れたように言ってきた。
おっとと、ちょっと難しかったか。
「ざっくり言うと、特許のお金の支払いの話だよ」
「うん、だからそれわたし、さっき言ったよね?」
「それが大昔にまとめて一括で払っていたっぽくてさ。もう何年も特許費用が計上されていなかったから、資料を見てもわからなかったんだ」
おそらく10年以上前、決算資料の保管期間よりも前に支払われているはず。
そもそも特許の許可証なり登録図面のコピーなりあれば、俺が見逃すはずはない。
あからさまに特許とわかるような書類はなかったはずだ。
だからその存在に気付けなかった。
「ふーん」
あ、また興味なさげな雰囲気……。
とはいえ一般的に女子高生の好む話題でないのは間違いない。
でも、しまったな。
まさかそこまで古い知財(知的財産)を持っているとは思いもよらなかった。
とはいえ特許といってもピンキリだ。
最先端の宇宙工学に用いられるようなものから、オモチャのギミックやゲームの仕様。
果てはなにがどうなって認められたのか意味不明なものまで、特許というのは意外に幅広い。
今はもうろくすっぽ役に立たない特許を、研究人生の集大成として保持し続けている研究者もいると聞いたこともあった。
だから俺はあまり大きな期待はせずに、だけど小さくない可能性を感じながら、桃花のお父さんの持つ特許について調べてみることにした。
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