第56話 大事な話
「だってずっと言われてきたし、高校に入っても言われてるし? あ、やっぱりわたしは高校生になっても可愛いんだなって、むしろ改めて再確認しちゃった感じ? えへっ♪」
桃花が茶目っ気たっぷりに笑う。
気付くと俺は笑っていた。
心もすっかり軽くなっていて、頭もリフレッシュしているのがハッキリと自覚できる。
OK、もう大丈夫。
いつもの俺だ。
「じゃ、そろそろ再開するか」
「もう大丈夫なの?」
「ああ、心も体もすっきりしたよ。それもこれも桃花が話を聞いてくれたおかげだ。サンキュー」
「わたしは本当に聞いただけだけどね」
「いや、すごく気持ちが楽になったぞ。話を聞いくれて本当にありがとう桃花」
「えへへ、どういたしまして♪」
桃花がにへら~と笑った。
「そういうわけだから桃花」
俺は居住まいをただすと、真面目な顔をして桃花を見つめた。
「な、なにかな?」
途端に桃花が背筋をピンと伸ばした。
緊張した顔はしかし、頬がほんのりと赤みを帯びている。
「桃花に言わなきゃいけないことがあるんだ」
「だ、大事なこと?」
「とっても大事なことだ」
俺がそう答えると、
「ちょ、ちょっと待ってね」
「おう」
桃花は少し焦ったように自分の髪を触って整え始めた。
そして髪を奇麗に整えると、服の裾の乱れとかも直してから俺に向き直った。
「ど、どうぞ……!」
妙に気合の入っている様子の桃花。
その頬はなぜか赤くなっている。
真剣な顔の桃花に俺は言った。
「どうも宿題がぜんぜん進んでいないみたいだから、可及的速やかに再開するように」
俺が冷静に告げると、
「……はい?」
桃花が不思議そうな顔をして小首をかしげた。
さっきまで次から次へと楽しげに話していた桃花の口が完全に止まる。
「どうした? 聞こえなかったのか? 宿題が進んでいないから再開するように」
俺が重ねて言うと、
「大事なことって、それ~~~~~~~!?」
桃花はとても不満げな顔でぐてーと机に突っ伏した。
「おーい桃花」
「なにそれ~! なにそれ~!」
机に突っ伏しながら、桃花がなんとも恨みがましい視線を向けてくる。
「なんだよ?」
「大事な話って言うから、期待しちゃったじゃんか~~!」
「期待って何にだ?」
「っ!? な、なんでもないしー! だからその、ほら、あれだもん!」
「あれ?」
「だからあの……そう! 気体液体個体の気体だし~!」
「ああ、化学の宿題のことだったか」
「そうですぅ!」
「じゃあ話は早いな。宿題、全然進んでないだろ」
などと言いはするが、もちろん俺は桃花が何に期待していたかは理解している。
さすがに俺もそこまで鈍感ではない。
桃花は俺に告白されると思ったのだろう。
だけどやっぱり俺はお金を貸した側で、桃花は借りた側って関係は変わらないわけで、これ以上踏み込むことは俺が俺であるためにも許せなかった。
少なくとも今は、まだ――。
「だって~! そもそも理科とか化学とか、こんなのやる必要あるぅ? この先のわたしの人生で絶対に使わない自信あるよ? 全財産かけてもいいもん。理科・イズ・ノーチャンス・イン・マイライフ!」
さっきまでの親身に俺の話を聞いてくれた聖母のような桃花はどこへやら。
桃花は駄々っ子モードになってそんなことを言ってくる。
そんな桃花に俺はマジレスをした。
「科学、化学、工学はモノづくり大国日本を支える根幹だからな。子供に広く学ばせて一人でも多く興味を持ってもらうのは、産業立国を維持するための日本の教育課程としては、極めて正しいと思うぞ」
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