第55話 周りから見えるほど人は楽には生きていない。桃花も、俺も――。
◇
「ふへぇ~。正道くんって何でもできるスーパーマンだって思ってたのに、結構大変だったんだね」
「桃花から見たら、こんな恵まれた環境にいて何を贅沢言ってんだって感じだろうけどさ」
まさに贅沢な悩みだ。
桃花に限らず、普通の人から見たら悩まなくても十分満足だろって思うはず。
むしろ「嫌味かよ?」って思うかもだ。
「ううん、そんなことないし。むしろ完璧超人の正道くんがこんな悩みを抱えてたなんてって、身近に感じたよ?」
「そうか? 別に気を使ってくれなくてもいいんだぞ? もっと一般人の気持ちを考えた方がいいと思うな、とかさ」
「もう、そんなこと思わないしー。っていうか実を言うとね、わたしもちょっとわかるから、正道くんの気持ち」
「桃花が? 俺の気持ちをか? おっと、今のは別に煽りでも嫌味でもなんでもなくてだな」
桃花は「わかってるしー」と小さく笑うと、少しだけ自分の話をしてくれる。
「もちろん正道くんほどハイレベルな悩みじゃないんだけどね。わたしね、中学までは成績がかなり上の方だったの。体育もまぁまぁだったから、当時のわたしは可愛くて何でもできるスーパー桃花ちゃんだったの」
「まぁうちの高校に入学するなら、中学の成績は最上位クラスだろうな」
俺が中学に続いて高校でも受験した――そして失敗した――超難関進学校ほどではないが、うちの高校も偏差値はそれなりに高め。
中学時代に上澄み中の上澄みの成績でなければ入れない。
「でもね、かなりギリギリで今の高校に入っちゃったから、今は勉強がすっごく大変なんだよね」
「勉強、苦労してるっぽいもんな」
毎日のように桃花の勉強を見ている俺には、桃花の悪戦苦闘っぷりがよくわかっていた。
「そんなだから、可愛くて何でもできる桃花ちゃんは、今はただの可愛いだけの桃花ちゃんになっちゃったのでした」
そう言うと、桃花は自嘲気味に笑った。
「そっか。確かに似てるかもな。そんなに可愛いなら人生勝ち組だろって、みんな思うだろうし」
「でしょでしょ!? でも今の学校は勉強が大変で大変で、もう、本当に大変でさぁ……。最近は正道くんのおかげで、だいぶ楽になってきたんだけど」
我が意を得たりとばかりに最初は勢い良かった桃花が、途中からガックリと肩を落とした。
本当に高校の勉強が大変らしい。
「桃花が言いたいのは、人は周りが思ってるほど楽な人生じゃないってことだよな?」
「そうなの! 大変なの! あ、もちろん正道くんのレベルとは次元が違うってのはわかってるんだからね?」
桃花が言いたいことは、どうやらそういうことのようだった。
周りから見えるほど人は楽には生きていない、と。
だから自分だけで抱え込むなと。
愚痴ならわたしが聞いてあげるよと。
きっと桃花はそういうことを言おうとしている。
まったく、桃花は可愛いだけじゃなくて性格も本当に美人だよな。
『お嫁さん検定1位』のあだ名は伊達じゃない。
「ありがとう。桃花に話して、なんかホッとできたよ」
「ほんと?」
「こんなこと誰にも話せなかったからさ」
それこそ今の桃花のように、実家の問題とか深い問題まで踏み込んだ特別な仲でもなければ、嫌味だの見下しだの受け取られて不快感を与えてしまったことだろう。
俺の実家はライオネル・グループ。
おこづかいが月1000万円だったりと、どんな相手にも羨望を抱かせる極太すぎる実家だ。
そういう意味でもあの橋の上で桃花と出会ったのは、桃花にだけでなく俺にとっても運命だったのかもしれない。
「だったらよかったー」
「というかだな」
「なになに?」
「相変わらず可愛いことは主張するんだな」
そのことに俺は小さく苦笑した。




