第51話 調査開始
この気持ちを表すのなら、これはきっと――恋だ。
桃花に惹かれる自分を、俺はもう自覚せずにはいられなかった。
もともと男子の間で『お嫁さん検定1位』などと噂される、容姿も性格も優れた桃花だ。
そんな素敵な女の子と四六時中一緒にいて、好きにならないわけがなかった。
だけど俺は融資をした側の人間で、融資をされた側の桃花は俺に大きな負い目がある。
それこそ自分の身体で返そうって覚悟を決めるくらいに。
その弱みに付け込む形になる――少なくとも外形的にはそう見えてしまう――のは、とても良くないことだ。
それこそ、桃花のお父さんを経済的に追い込んで言うことを聞かせようとする黒田のやり口と、同じになってしまう。
この極めて歪な関係がある以上、俺が桃花に何かしらのアプローチをすることは、倫理的にも許されない行為になる。
――などと少し物思いにふけっていると、いつの間にか桃花が俺の顔を覗き込んでいた。
「正道くん、急に黙ってどうしたの?」
心配げな瞳が、下から覗き込むように俺を見つめている。
「ああいや、次にどうするかを考えていたんだ」
俺は桃花と、そして自分の心を誤魔化すようにさらりと言うと、桃花のお父さんに向き直った。
「というわけで俄然やる気が出てきました。次は決算書を見せてもらっていいですか? できれば関連資料も全部調べたいです」
「全て自由に見ていただいて構いません。むしろ私たちのために必死に調べていただき、本当にありがとうございます」
「あ、だったらわたしも手伝うよー」
桃花が右手を高く上げてアピールするが。
「桃花は決算書の見方を知ってるのか?」
「やだなー正道くん。そんなのもちろん知ってるわけないよね? そもそも決算書がなにかからして、わからないし?」
何を当たり前のこと聞いてるの、とでも言わんばかりの桃花に俺は言った。
「OK、桃花は学校の宿題と予習な。連休だからって数学の宿題が多めに出てただろ?」
「え~~っ!?」
「えー、じゃありません。わからないところがあったら教えてあげるから」
「はーい、わかりましたー。どうせ宿題はしないといけないしね。正道くんが教えてくれるならむしろ超お得?」
というわけで俺は事務所に案内してもらうと、桃花の宿題を時おり見てあげながら、高いモチベーションで決算書をはじめ様々な営業資料に目を通していった。
◇
「ねーねー、これって、ここをこうやって、これをこうすればいいんだよね?」
「合ってるぞ。そのままやっていけば解けるはずだ。あとは計算ミスだけ気をつけてな」
「ありがとー♪」
時間をかけて丹念に資料を読み込んでいく。
何度も何度も、見落としがないか細心の注意を払いながら。
「ねーねー正道くん。これってどうやるんだっけ?」
「これか? これはここに補助線を1本引いてやるとだな」
「あ、わかったかも! ちょっと待って、自分でやってみるね!」
「いい心意気だ。頑張れよ」
「うん! がんばる♪」
目を皿のようにして何か情報がないか、俺は丹念に調べていった。
「ねーねー、これは? 完全に詰まっちゃったんだけど」
「ここの数値を求めてみ?」
「えーっとX=2abだから、Yはあれでしょ……、あっ、これこの前やった公式じゃん!」
「正解。あとは途中で微妙な引っ掛けがあるから、そこだけ気を付ければ解けるはずだ」
「ありがとー! っていうか正道くん」
桃花が宿題の手を止めて俺を見た。
「なんだ?」
「資料読みながら、チラッと見ただけでパッと解けるのすごくない? わたしびっくりしたんだけど」
「問題集レベルなら全教科、授業でほぼ完ぺきに理解できているよ」
「わおっ! ハイレベルなマジレスっ! 知ってるよ、そういうのなろう系主人公って言うんでしょ?」
「なろう系? なんだそれ? 俺はたんに事実を述べただけだが?」
「そうそう、それそれ~! もぅ、知ってるんじゃ~ん!」
「や、そうじゃなくて――」
「正道くんはすごいなぁ、羨ましいなぁ」
「ははっ、ありがと。そんなことより桃花。手が止まってるぞ?」
「はーい」
俺に促されて、桃花は再び数学の宿題を始めたのだった。




