第50話「俺を誰だと思っている? ライオネル・グループの御曹司だぞ?」
しかしやっぱり妙だな。
大手の幹部候補エリート社員が、平日の昼間にわざわざ町工場に顔を出すか?
しかも大きな案件の真っ最中で忙しい状況らしいにもかかわらずだ。
俺は多忙な父さんを見てきたからわかる。
父さんは半年、家に帰ってこないなんてこともあった。
いい悪いは別として、多くの社員や関連企業の命運を握るビッグ企業の中枢にいる人間とは、えてしてそういうものなのだ。
だから本来なら黒田にそんな暇はないはずだ。
しかも今日だけでなく、これまで何度も訪れているらしい。
つまりこの町工場には、大企業のエリート社員が足しげく通うだけの価値があるということに他ならない。
俺は2人の会話から情報を汲み上げていく。
「やり方から何からすべてが気に食わんと言っているんです」
「少々強引だったことは認めます。ですがそれもこれも、この町工場にダーダネルス電機の傘下に入ってほしい一心でのこと。そこはわかっていただきたい。なんならもう少し金額を積んでも構いません」
「堂々巡りですな。申し訳ありませんが黒田さん。桃花の友人も来ておりますので、今日のところはお引き取りください」
「……わかりました。今日のところはこれで。ま、気長に待っていますよ。といっても、すぐに音を上げると思いますがね。花宮さんが平日に暇ができる状況なのは、わかりましたから」
黒田は厭味ったらしく言うと――そんなこと言っても心証をより悪くするだけだろうに――腕時計に目をやった。
あれはたしかロレックス・コスモグラフデイトナの最新モデルか。
2千万円近くするので、俺のお小遣いの2か月分ほどか。
いわゆる高級腕時計だ。
黒田はロレックス・コスモグラフデイトナ最新モデルを、俺にことさらに見せつけるようにしながら、「オレの桃花に近づくなよガキんちょ」そう最後に言い残し、もう用はないとばかりに踵を返して去っていった。
黒田が立ち去った途端に、
「なんなのあれ! もう超むかつくんだけどっ! お父さんは暇してるんじゃなくて、正道くんを案内してたのに! ね、正道くん?」
桃花が怒りをぶちまけた。
例えるなら激おこぷんぷん丸といったところか。
「そうだよな。桃花の言うとおりだよ」
相槌を打ちつつも、黒田の言葉は的を射ているんだろうなと俺は察しを付けていた。
国から表彰されるレベルの職人である桃花のお父さんだ。
いくら俺が形式上は債権者とはいえ、本来なら平日の昼間から長々と俺の相手をしている暇などないはず。
つまり、現状では手が空いても問題ない状況だということに他ならないわけで。
「嫌なものを見せてしまいしたね。申し訳ありません獅童くん」
桃花のお父さんが頭を下げてくる。
「気にしないでください。悪いのはああいう態度を取る黒田って人ですから」
「そうだよ。お父さんが謝る必要なんてないんだから」
そうだ、悪いのは全部あの黒田ってやつだ。
しかも上から目線で慇懃無礼で、これ見よがしにロレックスを見せつけたりと性格も悪そうときた。
なによりあんな奴が大口取引先なのをいいことに桃花の周りをうろちょろしていることに、俺は無性に腹が立っていた。
「まずはあの黒田、つまりはダーダネルス電機の目的を見つけましょう。なぜこの町工場を執拗に狙うのか。それがわかれば解決の糸口になるはずです」
もしダーダネルス電機の欲しがるものが、経済的利益の高いものなら、たとえば俺が父さんに掛け合ってライオネル・グループとの取引を用意してもらえる可能性もある。
……少なくとも話くらいは聞いてくれるはずだ。
(父さんはビジネスに関しては超シビアなので、安っぽい情だけでは動いてくれない)
「見つけられるの正道くん?」
「見つけてみせるさ。俺を誰だと思っている? ライオネル・グループの御曹司だぞ?」
「わっ、正道くん、言っちゃうねぇ~♪」
「あの黒田ってやつの態度にはちょっとむかついたからな。まぁ任せとけ」
本来の俺ならこんなイキったセリフは口が裂けても言わないだろう。
『そこはやってみないとわからないかな』などと、現実に即した面白みのない答えを言うのが普段の俺だった。
なぜなら俺は平凡な自分の力量を正しく理解しているから。
子供同士のいざこざや、部活動の助っ人、お金さえ払えば解決できることならいざ知らず。
大人の経済的な揉め事に首を突っ込んでスマートに解決できるだなんて、俺はそこまで自信過剰なお子様脳内ではない。
だけど今の俺はまるで息を吸うように自然と、あんな大それたセリフを言ってしまったのだ。
まるで本能に突き動かされるように、思考ではなく感情で口が動いてしまった。
俺は俺の言葉で桃花を安心させてあげたかった。
この気持ちを表すのなら、これはきっと――
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