第49話 招かれざる来訪者
「これはこれはダーダネルス電機の黒田さん。副社長肝いりの大きな案件の真っ最中でお忙しいと聞き及んでおりますが、今日はどうされましたか?」
桃花のお父さんがわざわざダーダネルス電機と言った。
理由は明白。
さりげなく俺にこの男に関する情報を伝えてくれたのだ。
どうやらこいつがダーダネルス電機の交渉窓口らしいと察した俺は、意識の警戒レベルを強める。
「いやなに、ちょっと近くに来たものですから寄ってみたんですよ。我が愛しの桃花ちゃんの顔も見たかったですしね」
自身に満ち溢れた態度で流し目を送る黒田に、
「ふーん!」
桃花がプイっとそっぽを向いた。
桃花のつれない態度に、黒田と名乗った男は苦笑すると、今度は俺へと視線を向けた。
「ところでそちらの子供さんは?」
「学校の創立記念日で休みだったので、たまたま遊びに来ていた桃花のクラスメイトです」
俺は桃花や桃花のお父さんが何かを言う前に、端的かつ最低限の答えを返した。
名前を名乗ったりはしない。
「ふぅん、工場の現場にクラスメイトねぇ……」
黒田がうすら笑いを浮かべながら、値踏みするような視線を向けてくる。
「なんでしょうか?」
「いや、どこかで見た顔だと思ってな。どこでだったかな……?」
「初対面ですよ。気のせいでしょう」
俺にとってはな。
だがダーダネルス電機のエリート社員――副社長肝いりの案件に絡んでいるならエリートの中でもさらに幹部候補だろう――と自負する黒田は多分、俺を見たことがあったに違いない。
最近はそうでもないが、少し前まではパーティなりなんなりに俺はよく父さんに連れられて顔を出していた。
その場に黒田もいたら、俺の顔が薄っすらと記憶に残っていても不思議ではない。
もちろんわざわざ教えてやりはしないがな。
「まぁ、そうだよな。ただの高校生をオレが知るはずもないか。だがひとつ言っておくぞ」
「なんですか?」
「桃花はオレが妻にする予定の女性だ。不用意に近づこうとするのはやめてもらいたいな。万が一のことがあったら困るんでね」
「なんだ、そうだったのか桃花?」
「ぜんぜん違いますー! なんか勝手に言ってるだけですぅ!」
「だ、そうですけど?」
同世代だけでなく、こんな一回り離れた年上からも好意を向けられるなんて、可愛すぎるのも大変だな。
「まったく、ダーダネルス電機の将来の社長候補と目されるエリート社員のオレの何が気に食わないんだか。まぁそれは今はいいさ。それより花宮さん。5000万の融資を一括返済したと聞きました。いったいどうやったんです?」
「いろいろとツテがありまして、幸運にもご支援してくれる方と巡り合えたんです」
視界の隅で桃花のお父さんがちらりと俺を見たが、俺は素知らぬ風を装って視線を逆方向の遠いところへと向けた。
ダーダネルス電機は俺たちの敵だ。
わざわざ俺が融資しただのなんだの、こちらの手の内をご丁寧に教えてやる義理はない。
俺は「ただのクラスメイト」=部外者として我関せずの振る舞いに徹する。
もちろん話はしっかり聞かせてもらうが。
「なるほど。花宮さんはいいご友人をお持ちのようだ。それで? 例の話は考えていただけましたか?」
「うちがダーダネルス電機の完全子会社になるという話なら、前にも言った通りで受ける気はありません」
桃花のお父さんがぴしゃりと答えた。
これまた俺に状況が伝わるように、それとなく必要な情報を入れ込んでくれている。
「またそれですか。ダーダネルス電機のような大手のグループ会社になれるんですよ? 何が不満なんです? 仕事ならいくらでも回しますよ? 取締役会の名義入りで一筆書いても構いません。うちの傘下に入れば工場の経営は安定、桃花ちゃんも鼻が高いでしょうに。なんなら工場の経営から手を引いて、買収で手にした資金で一生遊んで暮らしてもいい。それだけの金額は積んでいるはずです」
黒田が呆れたようにつぶやく。
俺はそこに言いようのない傲慢さと、不自然な強引さを感じていた。
あとダーダネルス電機のグルーブ子会社になったとて、女子高生の間ではなんの価値もないからな。
最近リアル女子高生事情にちょっとだけ詳しくなった俺が保証してやるぞ。
『だーだねるす? あ、もしかして新作のネイルの話? そんなことより、ちょっと聞いてよ――』
みたいにあっさり会話が流されるであろうことを、俺は容易に想像できてしまった。
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