第43話 双子の弟・獅童修二
そんな桃花との親しい関係が、ゆるゆると続く中。
この日、俺は久しぶりに実家に戻っていた。
桃花が俺の昔のアルバムを見たいって何度も言ってくるから、取りに来たのだ。
俺を見て深々と頭を下げる守衛さんに笑顔で会釈をしながら門を抜けると、白塗りの高い塀に囲まれた広大な敷地に、日本庭園と複数の屋敷を持つ大豪邸が俺を迎えてくれる。
「高校に入学してからは、実家に戻るのは初めてか」
できれば双子の弟の修二とは会いたくないな、などと後ろ向きなことを思いながら久方ぶりの実家に足を踏み入れると、
「あれ、兄さん、帰ってたんだ」
「お、おう、修二か。久しぶり。元気そうだな」
玄関でまさにその修二とばったり出会ってしまった。
俺より数センチ背が高く、俺よりもはっきりとイケメンな修二の顔を見て俺は長年のコンプレックスから一瞬、気後れしてしまう。
そんな俺を気にすることなく、修二はにこやかに話しかけてくる。
肩にはテニスラケットの形をした大きなバッグをかけていた。
これから部活に行くのだろう。
修二は運動もトップクラスの才能を持っているから。
「春休み以来だよね。教えてくれたら予定を入れてなかったのに。僕、今から部活なんだよ」
「1年生からテニス部でエースなんだってな。鹿島さんから聞いてるぞ」
「うちは進学校で運動部には力を入れてないからね。そうたいしたもんでもないよ」
修二が小さく苦笑する。
「おいおい、中学の全国1位がなに言ってんだ。そこに謙虚はいらないだろ?」
「あはは、それはそうかも。それで兄さんは今日は泊まってくの?」
「いや、必要なものがあって取りに来ただけだ。用が済んだらすぐに帰る」
「そうなんだ。残念、久しぶりに兄さんとご飯を食べられると思ったのに」
修二は本当に残念そうに、わずかに視線を落とした。
兄よりも圧倒的なハイスペックを持ちながら、兄離れができない双子の弟である。
「っていうか、だらだら話してる暇あるのか? 部活に遅れるぞ?」
「別に少しくらい遅れても問題ないよ?」
「獅童の辞書に不可能と遅刻の文字はない。父さんに大目玉を食らうぞ」
「そうだね。じゃあ行ってきます」
「おう、元気に部活、頑張ってこいよ」
「うん。今度はいつ帰ってくるの?」
「未定だ」
軽く手を振って、俺は名残惜しそうな修二を笑顔で送り出した。
こんな風に偉そうに兄貴を気取っているが、俺たちは二卵性の双子で、俺がほんの少し先に生まれただけ。
しかもスペックは弟の方がはるかに高いときた。
もちろん修二は不出来な兄にもかかわらず、俺を慕ってくれているのだが。
同じ年の弟に、幼い頃から全てにおいて格の違いを見せつけられてきた俺にとっては、今は慕われることすら心苦しかった。
優秀すぎる弟を相手に必死に「兄さん」を演じることは、真綿で締め付けるように、じわじわと俺の心をむしばんでくる。
――俺が弟で、お前が兄ならどれだけ気が楽だったことか。
獅童家の「じゃない方」。
「弟に全ての才能を持っていかれた可哀そうなお兄ちゃん」。
そんな評価も立場が逆なら「自慢の兄ですから」と、きっと笑って受け流せたはず。
もちろん直接言われたことはない――獅童の直系にそんな台詞を言う奴はただの馬鹿だ。
人それを蛮勇と呼ぶ。
だからこれは修二のことで劣等感を感じている俺の被害妄想に過ぎない。
そんなことわかっちゃいるさ。
おっと、もちろん修二は悪くないぞ。
修二は性格もピカイチにいいからな。
そして俺と家族との仲が悪いわけでもない。
どこまでも出来のいい弟と違って、わずかに早く生まれたこと以外に何も秀でたものがない平凡すぎる俺が、勝手にコンプレックスを感じているだけだ。
だけど目の前で毎日のように、圧倒的な格の違いを見せられ続けてみろ。
心が張り裂けそうになる前に逃げ出したって、仕方がないだろう?
「やっぱり帰らなきゃよかったかな」
獅童家は才能あふれる人間ばかりが住まう、言ってみれば天上界だ。
たとえばお抱え運転手一人をとってみても、東大出の柔道国体経験者だったりする。
獅童の使用人の前では決して口を滑らすな、などと政財界ではまことしやかに囁かれているそうな。
そう、ここは凡人の俺がいていい場所ではないのだ。
次からは必要なものは鹿島さんに頼んで取ってきてもらおう。
俺は小さなため息をつくと、アルバムをカバンに入れて実家を後にする。
まるで逃げ出すように立ち去る俺に、守衛さんが深々と頭を下げた。
お読みいただきありがとうございます。
これにて第4章が終了です。
続いてクライマックスとなる「第5章 ダーダネルス電機の陰謀」がスタートします。
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