第26話 「あのね? お願いがあるの……わたしの初めて、もらってくれないかな?」
「お、おうともよ。それで結局、桃香は何を言いたいんだ?」
「あのね? お願いがあるの……」
「お願い?」
「うん。お願い……」
「いいけど」
「……」
いいと言ったのに、なぜだか桃花は黙ってしまった。
「ええっと、お願いってのは?」
「…………わたしの初めて、正道くんがもらってくれないかな?」
蕩けるような甘い声で、とんでもないことをささやきながら、桃花は俺の腰に両手を回すと、キュッと密着するように抱きついてきた。
女の子特有の柔らかい感触が、俺の背中にやわやわと押し当てられている。
「もも……か? いったい、なにを言って――」
「わたしの身体、正道くんの好きにしていいよ?」
ささやきながら、桃香は身体を――特に胸を俺へと何度も押し当ててくる。
ぎゅむり、ぎゅむり。
そのたびに柔らかい感触が押し当てられ、形を変え、得も言われぬ柔らかさをこれでもかと伝えてくる。
桃花が可愛いだけでなくスタイルもよくて、特に胸が大きかったことを、俺は思い出してしまっていた。
「――っ」
俺の脳裏に電流が走る。
意識という意識が、押し当てられた柔らかい感触に行ってしまうのを止められない。
さらに桃花は俺の腰を抱くように回していた手を、下へとずらし始めた。
ハーフパンツの中に桃花の手がゆっくりと入ってくる。
桃花の女の子らしい小さくて柔らかい手の感触が、今は俺の素肌に直に触れていた。
「ぅ――っ、ぁ――っ」
甘美な劣情を誘う肉体的接触に、俺は思わず小さく声を上げてしまう。
「すごく熱くなってる……正道くん、興奮してくれたんだ?」
まるでASMRのような蕩けるようなささやき声。
身体の奥が熱い。
頭がくらくらする。
人という名の枷が、本能という名の獣に食い破られようとしていた。
自制心が強いと自負する俺の理性も、この状況ではどうにかなってしまいそうになって――。
そこで俺は桃花の手が震えていることに気が付いた。
気付いた途端に、狂おしいほどの劣情は糸を引くように霧散していった。
俺は――俺は何をやっているんだ。
この大馬鹿野郎が。
本当に俺って奴は、どうしようもない凡人だな。
俺は不甲斐ない己を強く戒めると、桃花を優しく諭すように言った。
「それはダメだよ、桃花。それはいけない」
桃花の手を制止するように、そっと優しく掴んで抑える。
「……どうして? わたしって魅力ないかな? 胸だって結構大きいんだよ? 友だちにも羨ましがられるし」
必死のアピールをするように、桃花は柔らかな胸を押し当ててくる。
だけど冷静になった今。
桃花がずっと無理をしていたことに、俺は気が付かないではいられなかった。
そして気が付いてしまった以上は、もう見ない振りすることはできはしない。
なぜなら俺は――獅童の名を持ちながら平凡でしかない獅童正道は、せめて他の誰よりも「正しい道」を進まなければいけない人間なのだから。
ああもう。
これは俺のミスだ。
桃花の一生懸命すぎる思いを見誤ってしまった、これは俺の大ミスだ。
「無理をしたらいけないよ」
間違ってしまった俺は、同じく間違ってしまった桃花に、俺の意図を、俺の思いを、誠実に、誠意を込めて伝えていく。
「む、無理なんてしてないもん」
「してるさ。その証拠に今も手が震えているだろ?」
「ぁ――」
図星を突かれたからだろう、桃花の身体がビクンと跳ねた。
「無理はしちゃいけない。……な?」
「……」
「無理はしちゃいけないよ」
重ねるようにもう一度優しく言うと、虚勢を張っていた桃花の緊張の糸が切れたのだろう、小さな嗚咽を漏らし始めた。




