第16話 初めてのタワマン
二人そろってエントランスを抜けるとエレベーターに乗る。
「ねぇねぇ?」
「ん? どうした?」
「このエレベーター、1階と77階しかボタンがないんだけど? なにこれ?」
桃花が階層ボタンを指差しながら、不思議そうな顔を向けてきた。
「最上階に直行する専用のエレベーターだよ。最上階に住んでいる俺のカードキーが無いと動かない」
「そ、そうなんだ!? すご~い!」
桃花は頭の中で理解が追い付いていないのか、目を何度もパチパチとさせている。
そんな桃花を連れてスムーズかつ高速に動くエレベーターに乗り込むと、すぐに俺たちを最上階へと案内してくれる。
「もう着いたの!? 速くない?」
「タワマンだからな」
「タワマン恐るべしだねっ!」
ドアが開くとミニエントランスホールがあり、玄関のカギを開けて室内に入る。
「どうぞ、入って」
「ええっと? なんだかドアが1つしかないように見えるんだけど?」
「最上階は俺の部屋しかないからな。1フロア全部、俺の部屋だ」
部屋って言うかほぼ家だけども。
「うぅ、この人、信じられないようなことを、当たり前のように言うよぉ……」
「うちは超が付く大金持ちだって言っただろ? ほらほら、入って入って」
「う、うん。お邪魔しま~す」
ローファーをゆっくり脱いで、やけに丁寧に揃える桃花は、完全に気後れしているように見える。
「なんだ、緊張してるのかよ?」
「そりゃあ緊張もするよね? だってタワマンの最上階だよ、最上階! トップ・フロア!」
「中はいたって普通の高級マンションだよ」
「高級マンションって時点で、普通は普通じゃないんだよねぇ」
「たしかに。これは一本取られたな」
「ううっ、あまりにナチュラルに言われすぎて、嫌味にすら感じないよぉ……」
「嫌味なんて言ってないから」
なんてやり取りをしながら室内に入ると、桃花が今度ははしゃいだ声を上げた。
「わっ、夜景だ~! 綺麗~! すごーい!」
さっきは借りてきた猫みたいだったのに、今は大はしゃぎする桃花。
桃花は窓のそばまで行くと、見下ろすように外を覗き込んだ。
大窓の外は夜の帳が下りつつあり、街の光が灯る様はなかなかの絶景だ。
桃花がはしゃぐ気持ちはよくわかる。
「いい眺めだろ。眺望の良さはこのタワマンの売りなんだ」
「いいなぁ、こんな綺麗な夜景を毎日見れて……」
うっとりとするような桃花の声。
視線はもちろん俺ではなく窓の外、煌びやかな夜の街へと固定されている。
「タワマンといえば夜景だもんな」
「……なんか、その割には反応が薄くない? 感動を感じないんだけど?」
眼下を見下ろしていた桃花が、俺へと振り返った。
その顔は微妙に不満そうだ。
「実を言うともう見慣れてる。なにせ毎日見ているからな。だから今はもう、そこまでの感動はないんだ。夜は遮光カーテンを閉めっぱなしなことも多いし」
「言っちゃう!? そういうこと言っちゃう!?」
「慣れって怖いよなぁ」
したり顔でうんうん頷く俺に、桃花は驚いたハムスターみたいな顔――このたとえはちょっと失礼だな――をしたのだった。
その後、再び夜景に見とれる桃花を見守りながらしばらく待っていると、満足したのか桃花が言った。
「改めて見ると正道くんのお部屋、結構散らかってるね?」
「言っただろ。家事は苦手なんだ」
「ハウスキーパーは頼まないの?」
「部外者をあまり生活スペースに入れたくないんだよな」
それこそ実家で働いているメイドさんを融通してもらえば話は早いんだが、せっかく一人暮らしをしているのに実家からメイドを派遣してもらうのは、正直いかがなものかと思うわけで。
「わかる~! おうちはプライバシーの塊だもんね」
「それに国内ではないとは思うんだが一応、誘拐の可能性も考慮しないといけなくてさ。下手なところには頼めないんだ」
「う、うん……おうちがすごすぎるのも大変だね……」
桃花がなんとも困惑したように答えた。
「ってわけで片してくれたり、溜まってる洗濯物を洗濯してくれると助かるかな」
「うん、わかった。早速やるね」
「悪いな」
「悪くないよー。だってわたしはわたしのために正道くんのお部屋をお掃除するんだもーん」
桃花がどや顔で言ってくる。
とても可愛くて、なんとも微笑ましい。
「そういやそうだったよな。オッケー。掃除機は右奥の部屋に置いてある。その隣の隣の部屋が洗面所で、洗濯機はそこにあるから」
「はーい」
「手伝えることとかあったら、言ってくれな」
「多分ないかな? 必要なものがあったらその都度、場所を聞いたりするくらい? あ、エプロンってあったりする?」
「エプロンはたしか――」
というわけで、簡単な説明を終えてエプロンを渡すと、桃花はさっそくハウスキーパーよろしく俺のタワマンの家事を始めた。




