隠し扉の向こう
ブラックのテントに着くまでに、ジェローム様から説明を受けた。それはこのような内容だった。
・テントの主、ブラックは騎士団に身柄を拘束されている事。
・ブラックの従業員で錯乱状態の者は治療院で治療中との事。
・無許可の魔物は法務局と魔導棟の職員で保護し、今は施設に移送したとの事。
・黒い魔物の発見には至っていない事。
「ブラックは拘束しましたが、黒い魔物が気になります。一部、見間違いではという意見もありますが、私は見間違いではないと思います。理由は…、空気がこの祭り会場だけまだ重い感じで。普段と違うのです」
「空気。魔力とかですか?」
「盗賊のアジトを壊滅した時、まだ潜伏している野盗がいると、肌がピリピリとします。嫌な感じがする。何か見られている。その感覚がこの祭り会場にはあるのです」
「感覚ですか」
「説明は難しいのですが。魔力とも少し違います」
「いえ、分ります」
私は頷きながらブラックのテントに着くと、騎士の一人がテントの入り口を開け、私達は中に入った。説明し辛いが、ジェローム様の言いたい事は分かる。嫌な気が溜まると空気が重くなる。私の周りがねっとりとしてくるのだ。
ジェローム様の感覚は正しい。私もこの祭り会場に入ってから空気が重たいのだから。
「ここです」
ジェローム様とブラックのテントの来ると、身体にまとわりつく空気はどんどん重くなっていった。
「ジェローム班長、お疲れ様です」
「ああ。異常は?」
「ありません」
「中をチェックする」
「は」
見張りの人にジェローム様が声を掛けると私達はテントの張りを潜った。閉ざされた誰もいないテントの中はむわっとした空気で、賑やかな飾りがまだ片付けられていないのが見えて、それがかえって不気味に感じた。
「このテントの中には今は誰もいません。魔獣も保護しました。死んでいる物もいましたが…。それも運び出しました。今は、先程の見張りの騎士がテントの外にいるだけです、灯りも最低限しかないので、これを」
「はい」
私はランプを受け取ると、ネックレスを握りしめた。ランプを掲げると、影が生き物のように動いて見える。
「先頭はハリス」
「は」
ジェローム様が名前を呼ぶとハリスと呼ばれた隊員が私の前に立った。
「スペンサー令嬢、進む方向は指示を」
「分かりました、まずは真っすぐ、そして、奥に進みたいです。右…斜め…あちらの奥の方に行きたいです」
「分かりました」
私がそう言うと、ハリスさんは頷いて進みだした。
空気の流れが悪い。奥に行けば行くほど重苦しくなってる。それでも奥に、奥にと進んで行く。誰もいない、死んでいる魔物も運びだしたと言っていたが、視線を感じる。何かの息遣いも聞こえそうになってくる。ジェローム様達も何か感じているのか、ハリスさんは何か唱えて、私達の周りに薄い膜を出して保護を掛けた。
「スペンサー令嬢。この奥は行き止まりです」
ハリスさんがそう言ったが私には道が見える。黒い帯がはっきりと一本になって一つの場所へと繋がっていた。
「そのまま真っすぐ、そして行き止まりまで行って下さい」
『こっちだよ。こっちだよ』と手招きされるように進みべき道が分かる。
迷わず進む私にジェローム様達は何も言わず、黙ってついて来た。そしてテントの奥、従業員が使っていたであろう仕切りを開けると、箱が乱雑に置かれた場所を指さした。
「ジェローム様、あの箱の下を調べたいのです。箱を動かして貰えますか?」
大きな箱を指さすと、ジェローム様が隊員達に指示を出した。ゆっくりと箱を動かすと、私はそこの地面をトントンとジャンプすると、そこだけきしんだ。
「スペンサー令嬢、下に何かありますね、砂をかけて隠しているのか」
ジェローム様とハリスさんが地面を触り、手で砂を少し掘ると、木でできた扉で蓋がしてあった。
「開けるぞ」
ジェローム様がゆっくりと蓋を開けると、下にぽっかりと開いた小さな穴が見えた。梯子もついて、降りられるようになっている。
「隊長、穴が。ここは調べていません」
「気を付けろ。黒い魔獣がいるかもしれん」
「は」
隊員の一人が小枝に火を点けると下に落とした。
「壁を作る。待て」
「は」
ジェローム様が灯りに向けて小さな短剣を取り出した。魔力を短剣に込めると、穴に向かって投げ込んだ。
「氷壁」
ジェローム様の魔力が流れたとたん、穴の中で魔力が弾けた。
「では」
「ああ、気を付けろ」
一人が穴に入り、すぐにもう一人入っていった。そして下から声が掛かった。
「ジェローム班長、誰もいません」
「そのまま待機。気を付けろ」
「「は」」
二人の声が聞こえると、ハリスさんの方を振り向いてジェローム様は「ハリスはここで待機だ」と言った。
「は」
「スペンサー令嬢が降りる。次に私だ。令嬢の援護を」
「「は」」
二人の声が下から聞こえると私は飛び降りた。氷の壁のせいなのか、穴の中はひんやりとしていて、吐き出す息が白くなった。私が降りるとすぐにジェローム様も降りてきたが、穴の中は温度だけでなく、卵が腐ったような、髪の毛が焦げたような匂いが一瞬した。
「部屋の確認を」
「はい」
部屋は荷物を置きにしていたのか、箱などが散らかっていたが…。私は部屋の隅の場所に目がいった。
黒く淀んでいる。
ああ、ここにいたのか。
「魔獣等もいません。この一部屋だけですし、荷物置きでしょうかね」
隊員が部屋を灯りで照らしながら、そのままにされていた、服や、箱などを調べた。
「ジェローム様、いました。黒い魔物が」
私がそう言って、部屋の隅を指さすと、隊員達が一斉に剣を抜いて私を守る陣になったのだが、皆、どこに魔物がと、辺りを見回している。
ジェローム様は「礫…」と小さく呟き、氷の粒を辺りに出すと、少しずつ辺りに投げて行った。
そして魔物がいる一カ所に投げると表情が変わった。「やはり死霊系の魔物か」
「ジェローム様。戦うのは少し待って下さい」
私は声をかけてから、ネックレスを握りしめた。私は息を吸うと、ゆっくりと祈りを捧げた。
浄化の風が吹き、地下が気持ち良い風で満たされてくると、ゆっくりと黒いモヤが地面から現れ出した。
そのモヤはジェローム様達にも見えるらしく、剣を抜いて私の前に立とうとした。
「ジェローム様、大丈夫です」
黒いモヤはだんだんと形を作っていき、四本足のモヤになった。どろりどろりとした黒いモヤ。形が崩れ、嫌な臭いもしている。
「スペンサー令嬢…。これが目撃があった。黒い魔物でしょう。グリムに似ています。今の内に倒して行いと厄介な魔物です」
「はい。もしもの時はお願いします。でも、まず、少しだけ」
私はそう言うと、魔獣としても形が保てず、死霊の魔物になり掛けている、黒い魔物に向かって浄化の光を優しく流した。




