71話 交渉
「ミリア。付いてきてくれる?」
「その前に何か言うことはないの?」
不機嫌そうにミリアは言った。
あれから二日ほど引きこもっていた。二日ぶりの気まずさもあるがそれ以上にあふれてくる気持ちがあった。
「今はない…」
そう言いつつ私はミリアに抱きついた。
「どうしたの?」
きょとんとした顔でミリアが見つめてきた。
世界が逆ならミリアを見捨てるという方法を取ったのだろうか。正直、今考えてみてもわからない。でも私は奏にそうする道を選んだ。
「私のために何も聞かないで知らないで。お願い…」
心を落ち着けてはいた言葉だと思ったのに自分の声は震えていた。
「ん。わかった。」
「ありがとう…」
「で、どこについて行ったらいいの?」
「交渉スタート。」
目頭に浮かんでいた涙を拭い私は言った。
「お久しぶりですね。陛下。お忙しい中お手間を取らしてしまい申し訳ございません。」
「ああ。出来れば早くしてくれ。」
普段温厚な陛下には珍しく、目に見えて焦り苛立ちが伝わってきた。宰相閣下を通していないと面会もままならなかっただろうと思う。
「お困りの内容は帝国のカナリアの件ですよね?グレースだとかなんとか。」
「ああそうだ。だからどうした。」
「国を守ることすら許されない。その解決方法として簡単なのは二つでしょう?
一つは相手がグレースでなければいい。」
「そなたは本当にエレノアか?」
陛下は驚きながら言葉を絞り出した。
「もう一つはこちら側にグレースがいればいい。そうですね?」
陛下は驚き冷めぬまま静かに頷いた。
「以前お話ししましたことを覚えておられるでしょうか?
これが古のグレースの証で混乱を招いてしまったと。」
私はドーランの最期の事件の時の証を取り出した。
「そしてこちらが現在使用されているグレースの証でございます。
そしてこちらがフレール大司教からの手紙にございます。御覧ください。」
陛下は手紙に目を走らせた。
「我々に力添えいただけるとはありがたき幸せ。感謝いたします。」
そう言って陛下は膝をついた。
ふと視界の端を見ると宰相閣下も同様に膝をついていた。
それを見ていると無性に憤りを感じた。
「どうぞ座ってください。陛下。」
「では何をもって貢ぎ物とすればよろしいのでしょうか。」
「別にそんなものはいりません。
そもそもグレースはそういう存在ではありませんから。
ただ与えられた役割があり、生きていく中でその役割が果たされるだけです。」
「そうか。」
「これで帝国に対する大義名分は揃いましたよね。陛下。」
「エレノア様か…」
陛下なりのグレースへの敬意だったのだろうか妙なむず痒さがあった。
「気持ち悪いので今まで通りでお願いしてもよろしいですか?」
「すまない。エレノア。」
「私が何ですか?」
「いやエレノアだったと思ってな。」
「私は私ですが。」
「先ほどまでのエレノアにはかなり違和感があってな。」
言い辛そうに陛下が言った。
「グレースとして話すのであればあのような話し方の方が適当かと思いまして。普段の私よりも説得力もありますから。」
「今でも少し変わったか?」
言われてみるとそうかもしれない。陛下を絶対的に上の人間として捉えていたのが無くなっている。グレースだと宣言したから、その権威によるものなのか。
「そうかもしれません。」
「ところで余の息子など興味はないか?」
「第一王子ですか。私にはすでに婚約相手がいるのをお忘れですか?
謹んで辞退させていただきます。そんなにグレースをトップに立てたいですか?」
「できるのであればな。
どうせ断るだろうとは思ったから別に構わん。」
「セレア皇女をグレースの愛弟子とでもして立ててておいてください。
それでも十分王家の権威は守られるでしょう?」
「ではありがたくそうさせていただこう。」
「冗談はこの辺にして今後のことですが…」
私が改めて話を切り出したことで、話し合いはどんどんと進んでいった。そして王宮を後にした。
「エリー?」
帰りの馬車の中でミリアが言った。
「どうしたの?ミリア。」
「さっきの話し合いの途中からずっと私のドレス握ってたでしょ。
しわになってるんだけど?」
「ごめん。ミリア。緊張してて。」
「あとついでに手も痛いんだけど。
ほら赤くなってる。」
そう言ってミリアは左手をプラプラと揺らした。その手から手首にかけて軽く赤くなっていた。
「思ったより力強く握ってるのに気づいて途中でドレスに変えたんだけど遅かった?」
「ええ!もちろん遅かった。そもそもドレスも逃げるものじゃないんだけど?
せっかくだしエリーにドレス新しいの買ってもらおうかしら?」
ミリアは楽しそうに笑って言った。
「いいわよ。どんなのがお好みかしら。」
そんな話をしながら馬車は進んでいった。
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