55:生息調査クエスト
ヤムトリアに無事到着したので、ロクハラさんや商隊の人達、そしてカトレナとリンと言う姉弟とも別れて、俺たちはとりあえず冒険者ギルドへと到着の登録をするために向かった。
商人さんに教えて貰った冒険者ギルドの場所は、俺たちが入った南門に程近い場所にあるらしい。
ここヤムトリアくらいの大きな都市になると、冒険者ギルドの支部とは別に各門の近くに受付業務専門の支所を置いているらしい。
確かに、広い都市に一カ所だけしか冒険者ギルドが無かったら、それは不便だと思う。
どうやら、討伐の報告とか都市への転入や転出とかは各門の近くにある支所でも受け付けてくれるらしいけど、初心者の受付とか訓練とか試験とか、高額報酬の支払いなんかの重要な業務は、何処でも一つの都市に一カ所しか無い冒険者ギルドの支部でしか受けられないと言う事らしい。
俺たちが元居た世界でも、住民票の発行とか転入転出の受付は最寄りの支所でやってくれたけど、大きな都市で発生する事務処理を何もかも一つの支部だけで受け持っていく事に無理があるのは、こっちの世界でも同じみたいだ。
クエストに関しては、各支所ごとに貼られている依頼内容が違うらしいから、それが希望に合わない物ばかりなら他の支所を当たるとか、一番依頼が多く集まる支部に行くとかする事もできるらしい。
比較的希望者が集まりやすいライトな依頼は支所に届け出れば良いし、なるべく多くの人の目に触れて欲しいヘビーな依頼や少しでも早く受けて欲しい依頼は、支部に集まるという事なんだろう。
「さすがに王都と呼ばれるだけあって、町の規模が大きいわね」
アーニャが、石畳の続く幅の広い道路と規則正しく立ち並んでいる街並みを見回して、そう言った。
確かに今まで見てきた村や町と比べれば、その規模や見かける人の数などの桁が違う。
「わしがこっちの世界に居た頃は、まだヤムトリアは古い歴史があるだけの保守的で閉鎖的な国だと聞いておったが、ずいぶんと印象が違うのぉ」
「我がエストリアと並んでヤムトリアは歴史ある始祖六国の一国でしたから、かつては招かれて訪れた事もありましたけど、七十年以上も経てば変わるものですわね」
「レイナを連れて国を出た時にもウルガス率いるダイトクア教国の追跡隊に追われて、このヤムトリアを経由して南へ逃れたのであったのお」
「本当に、しつこい男でしたわね」
「ふむ、そんな事もあったのお」
懐かしそうな表情を見せて顔を見合わせるイオナとレイナの二人を見て、俺は違う事を思い出していた。
俺にとってウルガスと言えば二人とは違う意味で忌まわしい男であり、ダイトクアと言えば俺の家族と恋人を奪い、そしてあっちの世界で俺の居場所を奪った憎い新興宗教団体と似た名前だった。
「イオナ。 ダイトクア教国ってのは、あのウルガスの祖国なんだよな? ヤムトリアとレイナの産まれた国とダイトクアって国の位置関係は、どうなってるんだ?」
あっちの世界で俺がエクソーダスの仲間たちと一緒に二人から聞いた話では、何かのパーティの時にレイナに目を付けたダイトクアの王子であるウルガスが、強引な政略結婚をエストリア王に持ちかけたのが、二人が駆け落ちをする切っ掛けになったと言う話だった。
そのウルガスに追われる逃亡生活の果てに行き着いた結果として、追い詰められた二人がエストリアの宝物庫から持ち出した国宝の魔力球を使って、あっちの世界の日本へ転移する事になったという話までは聞いている。
イオナとレイナの祖国でもあるエストリア王国は、ヤムトリア王国よりも西にあるという程度しか俺は知らない。
事前にイオナから、メルの祖国であるエスタシオ王国への旅程を示された時に、余談としてエストリアの事は出てきたけれど、ダイトクアのダの字も出て来なかった。
「ダイトクア教国はのう、あの遠くに見える高く長い山の向こう側じゃよ。 そして、有る意味ではエスタシオ王国の隣国でもあるのじゃ」
イオナの指指す先には、高く長い山嶺があった。
そして、それは俺たちが出てきた森のある方角でもあった。
「ここがヤムトリアであるのならば、あの大きな山脈の遙か向こう側にダイトクア教国はあるはずじゃ。 そしてあの山脈の西の外れに我がエストリアがある」
遙か彼方の山々を指差すイオナの言葉に、レイナが小さく頷いてそれを肯定した。
であるのなら、遙か東にあるエスタシオ王国と山の向こう側にあるダイトクアが、そもそも隣国という意味が解らない。
イオナの示した旅程によれば、ここがイオナとレイナの元居た世界で尚且つ遠い未来だと仮定した場合には、ヤムトリア王国は日本の大阪付近の位置に該当していて、エスタシオ王国は東京近郊だという話だった。
俺たちは、これから日本で言うところの大阪付近を経由して京都南部を回って名古屋に下り、静岡を通ってエスタシオ王国のある関東へと至るはずなのだ。
俺が空を飛んで、先にエスタシオ王国にワープポイントを登録して戻って来れば、旅の必要などは無いけれど、そうしないのにはイオナとレイナの意図がある。
それは、アーニャたちの事だ。
アーニャたちもメルも、イオナによるパワーレベリングギリギリの特訓で強くなったとは言っても、まだキャリアが圧倒的に足りないらしい。
下手をすれば国を相手の戦争をする事になるんだから、最低限スキルを使った剣技とか武技とか呼ばれるものを彼らが使えるようになってからでないと、この世界に居る冒険者で言うAランククラス以上を相手にした場合に、みすみす死なせてしまうからだそうだ。
もちろん、俺が支援魔法と治癒魔法を駆使すれば死なせる事は無いと思うけれど、全員にいつでも何処でも目が届くわけじゃ無い。
それに一度死んでしまった人間を生き返らせる事は、『死者蘇生魔法』に必要な消費アイテムである、ゲーム世界のジェムストーンが現実に無い限り不可能な事だった。
だから俺たちは旅を急ぎながらも実戦訓練をもっと積んで、より強くならなければならないと言われていた。
イオナの話を聞きながらも、俺は頭の隅でダイトクアと隣国だというエスタシオ、そして西の方にあると言うエストリアの位置関係が理解できないでいる。
「ダイトクアとヤムトリアを隔てている山脈、わしの居た頃と同じであれば白竜山脈と言うのじゃが、遠く東の地で別の黄竜山地と接する場所があってな、そこが谷になっておる。 その谷のある渓谷を覆う森がエスタシオとの国境なのじゃ」
イオナは石畳の上をロッドの石突き部分でなぞりながら、地図のような形を宙空に石突きの軌跡で描いていた。
もちろん、実際に線が描かれている訳じゃ無いけど、なんとなく国の位置関係は判る。
「つまり、ダイトクアの北側とエスタシオの南側は、森で隔てられているけど直線距離は近いって事なのか?」
「そうじゃ、接する場所は両国にとって辺境ではあるが、谷を通る細い街道があると聞いておる」
そんなこっちの世界の地理的説明で時間を潰してしまったけれど、俺たちは宿を見つける前に冒険者ギルドへの転入登録を済ませてしまおうと、門から一番近い南支所へと向かった。
早ければ、二日から三日で次の旅の支度を済ませてヤムトリアを出る予定だけど、こればかりは冒険者ギルドのルールだから仕方ない。
「なにこれ! 支所なのにずいぶんと大きいわね」
アーニャが冒険者ギルド南支所の前で、上を見上げながら呆れたような声を上げた。
ヤムトリア支部の南支所とは言っても、その規模は今まで通ってきた町や村の冒険者ギルドよりも大きかった。
建物こそ木組みと石造りの三階建てだけど、通りに面している建物の横幅は俺の通っていた高校の第一校舎くらいあった。
それはつまり、ちょっとした田舎の町役場くらいはあるって事だ。
大きな通りに面した横長の建物には、入り口も中央と左右それぞれ合わせて三つあった。
中央部の入り口が一番大きくて、冒険者ギルドのロゴマークも大きな物が掲げられている。
建物の左右の端側にある両開きドアらしい入り口は、それに比べると普通サイズに見えた。
「とりあえず、こういう場合は一番大きな真ん中の入り口がセオリーだよな」
そう言って先頭に立った俺は、開け放たれた大きな両開きの入り口をくぐる。
こっちの世界で色々な経験を積むために、こういう面倒な事はイオナでは無く、まずは俺が一通りやる事になっているのだ。
まるで何処かの市役所の窓口のように長い木のカウンターが、職員と室内にたむろしている多数の冒険者を遮るように、入り口正面奥に見える壁を背にしてコの字型に大きく職員を囲んでいた。
その右側奥には、食堂のような景色が見えた。
規模は大きいけど、基本的にはやっている事が同じなのだから、大差はないのだろう。
俺は、そのうち一つの比較的空いている窓口へと向かう。
代表で全員の冒険者カードを提示して、今日ヤムトリアに着いた事を告げた。
対応する職員の人は、茶色い体毛をした獣人族の男性だった。
獣人族と言っても、人間の体に獣の顔が乗っている訳じゃ無くて、顔以外は深い体毛に覆われた人間という感じだ。
その顔は、ちょっと毛深いかなと言える程度で、左右の耳が頭の上にあって獣特有の形をしている以外は、普通に人間の形をしている。
左右を見回してみれば、様々な種族の職員が窓口でそれぞれに対応をしていた。
おまけに冒険者の顔ぶれも様々で、人間じゃ無い種族も珍しくない。
「君たちは冒険者になったばかりなのに、あまりクエストをこなしていないみたいだね。 入門者が出来る低ランクのクエストは金額も低いから、普通はもっと数を必死でこなしてレベルを上げようとするものなんだけどね」
どうやら、冒険者カードをカウンターの内側にある何かの道具にかざす事で、俺たちの履歴が判るらしい。
狸顔で獣耳の職員は、訝しそうに俺と仲間たちを見回した。
確かに、ターナ村で入門クエストを終えた後は、冒険者ギルドを通した商隊の護衛とサスカイアの町で受けた調査クエストくらいしか、正式な仕事はやっていない。
それ以外は、ロクハラさんから直接頼まれた護衛任務くらいなものだ。
「まあ、よほどお金に困っていないのか、遊び半分に道楽で冒険者登録をする、貴族や金持ち商人の跡取りにもなれない次男三男以下とかも、別に珍しく無いんだけどね。 でもそれが目に余るようなら、こちらから指定クエストを受けさせる事もあるからね。 それで道中に何か変わった事や気になる事は無かったかな?」
そう言って、どこか狸顔な雰囲気のある獣耳の職員は、俺にカードを返してきた。
いわゆる、冒険者ギルドへの報告義務ってやつだ。
俺は、ゴブリンの組織的な襲撃の話をした。
こっちの世界の事はまだ良く知らないけど、俺のゲームやラノベの知識で言えば、ゴブリンって言うのはもっと低脳で弱い設定のモンスターのはずだ。
こっちの世界のゴブリンは俺の知っているラノベやゲームの設定とは違うのかもしれないけれど、事前にイオナから聞かされていた、こっちの世界のモンスター情報とも違っていたし、ターナ村の冒険者ギルドで調べた資料の情報とも異なっていたのだ。
それに、それがゴブリンだったのかは確認出来て居ないけれど、魔法まで使ってきた襲撃者がゴブリンの仲間に居ることは確かだった。
「ふーん、確かに最近急にゴブリン絡みの被害とか情報も増えているけど、魔法は偶然別の魔獣が放ったものじゃないかな。 ゴブリンには、そんな知能は無いはずだからね」
俺が魔獣を使役しているゴブリンと遭遇した話だけでも、職員は疑わしそうな反応を示していたけれど、魔法を使うという情報に関しては完全に勘違い扱いだ。
途中から、イオナとレイナが補足を加えながら嘘や勘違いでは無いと言って、ようやく職員の態度が変わった。
なんだかムカつくけど、まあ気にしないことにしよう。
それで何か調査をしてくれるのかと思ったけれど、今は幹部連中が揃って冒険者ギルドの本部へ出かけていて、王都ヤムトリアの冒険者ギルドには一人も重要な決定を下す責任者が不在だと言う事が判っただけだった。
魔法を使うゴブリンと言えば、ゲームやファンタジーラノベの定番は突然変異で産まれる上位種の話だ。
そして、そのネタが出てきた時の定番が、ゴブリンがモンスターや亜人の大群を率いて都市を襲う一大イベントである『魔海嘯』が連想される。
まあ、魔獣の中にもランクが上のやつは魔法を使うらしいから、ゴブリンが魔法を使ったのを俺も見たわけじゃ無い。
あくまで現実の話じゃなくてゲームやファンタジーラノベの話ではあるし、俺自身もそこまで本気で言っている訳でも無かった。
しかし、どちらにしても一度は正式なゴブリンの生息調査をして損は無いと思う。
俺は、その点も踏まえて大規模な調査をするべきだと職員に進言したけど、向こうからすれば初心者同然なCランク冒険者のガキに言われた事が気に障ったのだろう。
あからさまに、嫌そうな顔をされた。
「そこまで言うのなら、君たちに僕の権限で出来る指定クエストを与えようじゃないか。 君たちはゴブリンの生息調査をして、僕に報告書を上げる事。 期限は一週間だ、いいね」
やぶ蛇だった……
二~三日で出発するはずが、俺たちは最低でも一週間はヤムトリアに留まる必要が出てしまった事になる。
俺はどんな顔をして良いのか判らず、仲間の方を振り返った。




