56:伝説の魔法使い
「まあ、和也の気持ちは判らぬでもないが、とんだ藪蛇じゃったのう」
テーブル越しに俺の目の前で、程よく焼けた謎肉を食べていたイオナが言った。
ひとつ大きく、俺は深い溜息を吐く。
「体よく、カズヤがゴブリンの調査をさせる口実に使われたってだけじゃないの? 責任者がたまたま全員不在で、大がかりな調査をさせる権限が窓口の担当者には無いような事も言ってたし」
アーニャが、したり顔でそう言うとテーブルの上に置かれた皿の一つから、ジャガイモに似た野菜の素揚げっぽい物を素手で摘まんで口に入れた。
そうは言っても、一週間も束縛される事になったのは予定外だ。
「カズヤが普通に冒険者になりたての素人だとしても、ゴブリンを相手にする事自体は、それほど難易度が高いクエストとは言えないわね。 あくまで一対一ならって意味だけど」
レイナがそう言った後で、ポトフに似た野菜スープを木のスプーンですくって口に入れた。
イオナも、手にしたナイフとフォークを木の皿に置いて、俺に顔を向ける
「うむ、和也に討伐をせいと言っておる訳でも無いでな、あくまで調査という事じゃから悪意があるとまでは言えぬであろうのう」
「自業自得じゃな、カズヤ」
すかさず、バルが冷たく言い放った。
あの遺跡でのバトルの時に見せたバル、いやバレリーの姿がチラリと頭に浮かぶ。
ヴォルコフたちは気にするなと、発泡酒の入った木のジョッキを飲みながらも俺に親指を立てた右拳を見せて笑っているし、メルも口一杯に緑色をした豆の煮た物を頬張りながら、ニッコリ笑いかけてくれている。
まあ、みんなの手を煩わせることになって、申し訳無い感じだ。
「すまない、みんな。 余計な手間を掛けさせる事になって…… 」
俺は、申し訳なさに駆られて頭を下げた。
下を向いた俺の耳に聞こえてきたのは、俺を気遣うイオナの声だった。
「気にするでない。 お前が撒いた種じゃ、責任持って刈り取って来るがよい。わしらは一緒に行けぬでな」
「ちょっ! なんだよそれ! 確かに直接の原因は俺だけど仲間でしょ? てかチームワークとか連帯責任とか、日本的なそういうのは何処へ行ったんだよ」
てっきり文句を言われながらも、一緒にクエストをこなす事になると思っていた俺は焦った。
まさかイオナの口から、そんな返事が返ってくるとは思ってもいなかったからだ。
メルやアーニャやヴォルコフたちも、意外そうな顔をしてイオナを見ていた。
バルだけは、自分とは関係が無いという表情でスープを口に運んでいる。
「勘違いをするでない、和也。 わしらが敢えて時間を掛けて旅をしておる理由は、お前も知っておるはずじゃ」
「それは、エスタシオで本格的な戦闘になる可能性を考えて、ヴォルコフとティグレノフに少しでも早く剣技や武技を習得させる必要があるからだろ?」
「そうじゃ。 剣技の習得を待ってから出発した場合、わしらが和也の転移魔法でエスタシオへ移動すれば、トータルで必要な時間は同じか少し早いくらいじゃろう。 しかしな、それではお前たちが、こちらの世界の事情も常識も何も知らぬままエスタシオへ行く事になってしまう。 故に、敢えて無駄にも見える旅をする理由は、そこにあるのじゃ」
「判ってるよ。 このファンタジーみたいな世界の常識と事情を把握して、少しでも早くこっちの世界で独り立ちして生きて行けるようになるためだろ」
「そうじゃ。 エスタシオに着いた時には、全員がこの世界の住人として自分の意思を他者の力でねじ曲げられないようにしておく事が、こちらの世界へ皆を連れて来たわしらの責任でもあるのじゃ。 もちろん、旅の途中でそのレベルに達したと判断すれば、旅を中止して和也に転移魔法を使ってもらうがのう」
要するに、一週間もヤムトリアに滞在させられるなら、移動しながらではやり難い特訓をじっくりとやるという話だった。
俺はと言えば、精神面の脆さ以外は無問題だそうだ。
確かに、『見切り』と『超再生』スキルだけでも俺が命を脅かされる事は、そうそう無いだろう。
ましてや俺には、有り余る程の魔力とゲームの世界で習得した、この世界には無いようなバリエーションに富んだスキルと言うか魔法がある。
逆にイオナからは、やり過ぎて問題を起こすなと釘を刺されたくらいだ。
魔法を使うゴブリンについては、過去の歴史に先例が無い訳では無いので、気になる事があればすぐに連絡をするようにも言われた。
そんな訳で、単独行動を取ることに納得せざるを得ない事は理解できた。
のんびり旅をしているようで、イオナも内心ではメルの国へ着くまでに時間が掛かることを気にしているのだろう。
俺がテーブルについた左手に頬を預けて考え込んでいると、アーニャが嬉しそうに声を掛けてきた。
しかも、妙に上から目線だ。
「ねえカズヤ。 一人で心細いのなら、あたしが着いていってあげても良くってよ」
「断る!」
「ちょっと! 断るにしても、少しは考えてから断りなさいよ」
「て言うか、お前も特訓を受けるメンバーに入ってるだろ。 俺に着いてくる余裕なんて有るのかよ」
「むぅ…… 」
ちょっとだけ八つ当たり気味だけど、俺はそうアーニャに答えた。
一緒に動いてくれるという提案は正直言って嬉しいけれど、今回はアーニャも訓練を受けるメンバーに入っているのだ。
元々持っている身体能力的には、ロシアの研究施設で産まれた半獣人とも言えるアーニャやヴォルコフそしてティグレノフの三人は、遺伝子改造人間として人間離れしたものを初めから持っている。
だけど、Aランク上位だとかSランクだとか言う更に人間離れした奴等が存在する剣と魔法の世界では、それだけではたぶん足りないんだろう。
秩序を守るべき警察も法律も未熟で人治主義的なこの世界では、我を通せる己の強さだけが自分の命と自由を貫くために必要とされるのだと思う。
それだけは、今まで見てきた事だけでも想像がついた。
ここは一見ファンタジーじみた剣と魔法の実在する異世界だけど、力の無い者が自分の意見を通して生きて行くには辛い世界だと思う。
たぶん、弱ければ死ぬ可能性が高い、そんな世界なんだ。
俺がそれを言わなくても理屈では判っているんだろうけれど、それでも不服そうな表情を見せるアーニャが、チラリとバルの方へ視線を送った。
バルは我関せずという顔で、相変わらずゆっくりと食事を口に運んでいた。
そう言う意味で、バルにとっては元居たあっちの世界よりも、この世界で生きて行く方が生きやすいはずだ。
少なからず人間とは違う力を持っているバルにとっては、獣人やらエルフやらリザードマンなどの人ならぬ者が珍しくも無いこっちの世界の方が、生きて行くには都合が良いだろうと思う。
そして、何よりも彼女は桁外れに強い。
「こんにちは。 さきほど調査クエストを押しつけられた話、悪いけど近くに居たから聞こえちゃいましたよ」
突然そう言って、俺たちの食事に割り込んできた男が居た。
バルを除いて、テーブルを囲んでいた俺たち全員が一斉に声のした方へと振り向く。
声の主は、小柄でちょっと小太りな30代前半くらいの男だった。
その後ろに少しだけ離れた位置に、どこか作ったような固い笑顔を顔に張り付けた中年男と中年女が立っているのが見える。
男は白髪のロン毛で、頭頂部の生え際の辺りに若干の赤毛が見えた。
体型はと言えば、まあ普通に腹の出た中年っていう感じで、これと言って特徴に乏しい。
女の方は胸元まである長い髪の毛で顔の輪郭を誤魔化しているけれど、ちょっと肉付きの良いと言うか、運動不足っぽい感じで、手っ取り早く言えばちょいデブな感じだ。
いったい何の用事なんだろうと、バルを除く俺たち全員が食べるのを止めて次の言葉を待っていた。
バルは相変わらずマイペースに、ハムハムと小さな口を動かして塩味の煮豆を頬張っている。
「いえいえ、警戒する事はありませんよ。 私はハッチと言いますが、みなさんを手助けできるんじゃないかなと思いましてね」
「………… 」
どう言う話なのか、まったく掴めずに沈黙だけが流れる。
手助けって言っても、何処をどうしたら俺たちが手助けを欲しがっていると思えるんだろう。
「いえね、カウンターで職員に言われていたでしょ。 冒険者になったばかりだと言うのに、依頼をろくに受けていないなら、指定クエストとしてゴブリンの生息調査をしろって」
そこで、ようやく俺は合点がいった。
冒険者になったばかりで実力がまだ無いだろう、そして無理矢理調査クエストを受けさせられた。 つまり、力も無いのに森に分け入って調査なんて、まだまだ荷が重いだろうって事を言いたいんだろうって事だ。
しかも、クエストを沢山受けないで居られるのは、生活のためじゃなくて道楽で冒険者になったからで、お金には困っていないって言うような、あの職員の邪推も聞こえていたと考えた方が無理は無い。
要するに、お金を払えばクエストの手伝いをしてやるよって事を、言いたいんじゃないだろうか?
チラリとイオナの方へ視線を送ると、こちらへ視線を送ってきたイオナと目が合う。
イオナは、あまり関わり合いになりたくないと言うような顔になっていた。
そりゃそうだ。
何しろ、その件に関しては何にも困っていないんだから。
「おやおや、疑っていらっしゃいますね。 見知らぬ他人から突然こんな事を言われたら無理も無いとは思いますけど、Cランクになりたての冒険者にゴブリンの調査は不可能じゃ無いですけど、ちょっと荷が重いんですよ。 それに、私たちの腕は確かです」
ハッチとか言う小太りの男は、そう言い切った。
腕は確かと自分で言い切るのだからAランクくらいの実力はありそうだけど、どうにもそうは見えない。
「どうやら疑っておられるようですけど、うちの仲間の素性を知ったら驚きますよ。 訳あって目立ちたくないので、敢えてランクもAまで上げていませんが、本当の実力は折り紙付きです。 なにしろ大きな声では言えませんけど、実は…… 」
ハッチという男は、芝居がかった素振りで辺りを大袈裟にキョロキョロと見回してからイオナに顔を近づけると、何故か俺たち全員に聞こえる程度の小声で話し始める。
後ろの二人は、ハッチから紹介されるまで動かないつもりのようで、にこやかに俺たちの方を見ている。
「見たところロッドを持っているあなたが魔法使い役のようですから、例え初心者と言えどもこの名前くらいは知っているでしょう? 実は私の後ろにいるのは、かつて大陸西方で伝説の魔法使いとまで呼ばれた、エストリア王国出身のイオナリウス様とその妻のレイナシス様なんですよ。 おっと、周りに気が付かれちゃいますから、あまり態度に出さないでくださいね」
なんとイオナに向かってそう行った後、ハッチと言う男は俺たちの反応を伺うように上目遣いでグルリとテーブルに着いた俺たちを見回した。
もちろん、イオナリウスってのはイオナがエストリアで宮廷魔法使いをやっていた時の正式名だし、レイナシスってのもエストリア王家におけるレイナの正式名だ。
このネタには、さすがのバルも食事の手を止めてハッチの方へ顔を向けていた。
イオナはと言えば、目をまん丸に見開いてレイナと顔を見合わせている。
こっちの世界出身のメルも、驚いた顔を見せている。
しかし、イオナとレイナの事情を深く知らないアーニャたち三人は、何の事やら良く判っていないようだ。
不思議そうな顔をして、イオナとレイナの反応を注視していた。
「そうだ。 このイオナリウスが直々に魔法の手ほどきをしてやっても良いぞ。 ただし、余所では得難い魔法の秘訣を教えるのだから無料では無いがな」
イオナ役の男が、本物のイオナに向かって偉そうにそう言い放った。
てか、自分で踏ん反り返って名乗るとか、お忍びの雰囲気が台無しじゃないか。
「わたくしレイナシスも、初心者には高度過ぎるかもしれないけれど、直々に剣の手ほどきをしてあげても良くってよ」
自分の順番が回ってくるのが待ちきれないかのように、レイナ役と見られる中年女が見下すように言った。
ハッチと言う男は、二人のその言葉を受けて俺たちの方にドヤ顔で向き直る。
「おお、お二人が自ら手ほどきをなさるなんて事は、滅多に有る事じゃないんですよ。 如何ですか? 貴重なこの機会を逃す手はありませんよ。 右も左も判らない初心者がこれから冒険者として名を上げて行くのには、何より実力が必要です。 その為には本当の実力者の指導が一番なんですよ」
ハッチという男の役割は二人の従者というか、客引きと言う立ち位置なんだろうか?
何となく、日本のお爺ちゃんお婆ちゃんが大好きな何度も再放送されている長寿番組で、こんなネタを見たような既視感が、俺を襲った。
それにしても、選りに選って本物のイオナとレイナに声を掛けるとは、番組のわざとらしい脚本と同じで定番のネタ過ぎる。
て言うか、七十年以上経ってもイオナたちがそこまで有名だとしたら、今後も色々とやりにくい事があるんじゃないかと思う。
「失礼じゃがの、イオナリウス様と言えば輝くような銀髪と聞いておったのじゃが、最後に二人の噂を聞いてから70年近くが経過しておるで、わしの勘違いであったかのう」
「そうですわ。 イオナ…… いえ、イオナリウス様が伝説の魔法使いなどという呼ばれ方をしているとは、初耳ですわね」
笑いを噛み殺すような表情で、イオナとレイナが問いかける。
これは完全にからかうつもりなんだなと、俺は思った。
「この広い大陸西方において、現役で伝説と謳われる魔法使いは二人だけ。 一人は北東のペトロフ王国出身で、今は新生エスタシオ王国に請われて宮廷魔法使いとなったと噂の彩炎王ルシアン。 そして70年余り前に祖国エストリア王国よりその王女レイナシスと手を取り合って駆け落ちした若き筆頭宮廷魔法使いのイオナリウス。 この二人だけですよ」
ハッチという男は、いかにもどうだ!と言いたげな素振りで、俺たちを見た。
たぶん、ここが決め所なんだろうな。
「ほう、なかなか興味深い話のようじゃな。 わしらは長い事山の中で暮らしておって世の中の事を知らぬでな、良かったら色々珍しい話を聞かせて貰えんじゃろうか」
「そうですわね。 とても興味深い話ね。 今のエストリアの話なども是非聞きたいですわ」
レイナが、そう言って三人に空いている席に座るよう促した。
イオナは、給仕を呼んで追加の料理と酒をオーダーし始める。
どうやら、この詐欺師たちから今現在の世界情勢などを聞きだそうとしているようだ。
俺も、それに異存は無いし、エスタシオ王国に使えているというルシアンという伝説に謳われるような魔法使いの話にも興味がある。
イオナとレイナの馴れ初めを詳しく知らなかったアーニャたちは、ようやく合点がいったような顔になっていた。
バルは、再び興味なさそうな顔に戻って、食事を再開している。
仮に話半分で三人の話を聞くとしても、エスタシオ王国の情報が多少なりとも手に入るのはありがたい。




