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54:宝物庫の聖遺物

 ヤムトリア王国の首都は国の名前で呼ばれ、王都ヤムトリアと言う。


 その歴史は古く、神話の時代に建国された最初の六国の一つとされている。

 人々はそれを六国神話と呼んで、ヤムトリアでは建国神話とされて言い伝えられていた。


 東に小国だが台頭著しいキサーラ王国、西に同じく六国の一つであるアルメリア王国と国境を接し、南には未開の大森林、北は海に面している。


 広大な敷地を有する王都ヤムトリアにあって、その中心部に高くそびえ立つ王城は、王都繁栄のシンボル的存在である。

 眼下に広がる整然と区画整理された広大な市街地を見下ろす、一段高い丘の上に建てられた王城に幾つかある高い尖塔の根元にある一室で、ヤムトリア二十四世は一つ溜息を吐いた。


 無意識に吐いてしまった溜息の深さに気付き、王は独り苦笑する。

 彼は先王が侍女に手を着けて産まれた十二番目の子であり、当然のように王位継承の順位も低く、本来は王になる事など考えた事も無かった。


 地方貴族の三女であった母は、彼を身ごもるとすぐに身の危険を感じ、暇を願い出て隣国キサーラとの国境に近い実家へと戻り、そこで彼を産んだ。

 彼はそこで自らが国王の庶子である事を知らずに、母の兄でもある叔父の庇護の元、身分の垣根の低い辺境で育つ事になる。


 辺境の地で育てられはしたが、貴族の後を継ぐのは叔父の息子であり、彼は己が生きて行く為に冒険者となる事を選んだ。

 そんな彼の元に王都からの遣いがやってきたのは、彼とその仲間がAランクに上がってしばらくしてからの事だ。

 そして彼は、自らの出自を初めて知る事となる。


 何の因果か王位継承権上位の者達が次々と不慮の事故や流行病で亡くなり、本来であれば王位に就く事など有り得なかった彼に、白羽の矢が立ったのである。

 それからは、目まぐるしい程に環境が激変した。


 先王の正妻である女王には疎まれながらも、幼馴染みでもあった友を側近として懸命にやってきた結果、周囲からは賢王と称えらるようにはなった。

 率先して財政改革や市場の開放に務め、旧守派でもある神殿の反対を押し切って市民の教育にも力を入れてきたのは、古いしがらみの無い身の上ならではの事である。


 それもこれも全てが貧しい生活にあえぐ国民の生活向上のためであり、ひいては富国強兵のためでもあり、結果としてヤムトリア繁栄のためであると信じたが故の政策であった。

 街道の安全を確保し、商業流通を増大させるために街道守備隊までも組織した。


 積極的に森を切り開き農地を拡大させ、不安定だった国境線も固めた。

 冒険者ギルド任せだった魔獣や亜人等の被害は、専任の騎士団を設置して減らす事に注力し、極秘に遺跡の発見や発掘も率先して行った。


 そのため冒険者ギルドとの軋轢は増えたが、領土内で見つかった物である以上それが遺跡と認定されるまでは国の所有であるとの彼の主張は、現在も冒険者ギルドとの間に消えない溝を作ったのは事実である。


 そんな半ば強引とも言える政策の結果として国庫の税収は増え、国は富み、人口は増え続けている。

 積極的に市民の教育にも力を入れて、若い世代からは文盲も減り続けている。


 魔法だけに頼らず、学術や技術開発にも力を入れて、産業も発展の兆しを見せていた。

 もっとも教育と学術の解放政策が、国において最も旧守派である神殿からは神をも恐れぬ行為との怒りを買った、一番の政策でもある。


「陛下、お待たせいたしました」


 突然、ヤムトリア二十四世の後ろから声が掛けられる。

 しかし、彼は驚く事も無く、さも当然であるかのように返事を返すと後ろを振り向いた。


「うむ、いつも我が儘に付き合わせてすまぬな、エリオット」


 その言葉を受けて、王の前にかしづいた薄紫色の髪をした男が答えた。

 それは臣下の者が王に対する態度として見ると、些か気安すぎるような口調である。


「気にするなライオネル。 いや、今はヤムトリア二十四世様だったな」


 そういって屈託無く笑う男の顔には、嫌みの無い笑顔があった。

 王も、臣下の者に見せるような堅苦しい顔ではなく、仲の良い友人に見せるような笑顔を見せた。


「煩い古狸連中が居ない場では、互いにライオネル、エリオットで良いではないか」


「お前はそう言うが、何処に暇さえあれば他人の足を引っ張る事しか考えていない連中の目があるやもしれんぞ。 最近はお前の馬鹿息子…… いや、ライナスやオリナスなどの跡継ぎ候補に近付く貴族の噂も数知れぬ」


「お主も知っておる通り俺は父親を知らぬでな、実の息子とどう接して良いのか未だに距離感が掴めぬのよ。 しかも、この立場となると家族の面倒を見る専門の侍女や侍従なども居て、中々家族だけとの時間も持てぬのだ」


 そう言うと、ヤムトリア二十四世であるライオネル・キルト・ヤムトリアは幼馴染みでもあるエリオットを促して、執務室のドアに向かって歩き出す。

 エリオットも慌てて立ち上がり、その後を追った。


「先に、宝物庫へ向かうぞ。 エリオット、供をいたせ」

「はっ!」


 執務室のドアに近付くと、護衛の兵士の耳を気にして二人の口調が堅苦しい物に変わる。

 しかしドアを開ける前に二人が見合わせた顔は、いたずらっ子のような笑顔であった。




 王城の地下深い場所にある薄暗い宝物庫の分厚い扉の前に、ヤムトリア二十四世ライオネルとエリオットの二人は立っていた。

 ここに至るまでに幾つもの鍵の掛かった扉と門番が控えており、王族の中でも国王と彼が同行する事を許可した者だけしか入る事は出来ない。


 宝物庫の扉の前には、誰も居ない。

 警護の兵は、その手前の門を守っている者が最後だ。


 ライオネルが右手の中指に嵌めた白金色の大きな指輪の台座を、重厚な装飾が施された門の中程に当てる。

 そして、何事かを呟いた。


 ガチャリと、扉の内側で何かが外れる音が、薄暗い通路に響く。

 ギイ…… という、何処か重苦しい軋み音と共に、大きく重い黒色の扉が奥に向かって開いた。


 ライオネルは、エリオットを伴って宝物庫へ入り、重い扉をエリオットと共に押して閉める。

 そして、入る時と同じように右手の指輪を扉に当てて内側から鍵を掛けた。

 ガチャリと、何かが組み合わされるような重苦しい金属音が、分厚い扉の内部から漏れる。


「エリオット、ここからはいつものように無礼講だ。 幼き頃のように話そうぞ」


「ああ、小煩いジジイ共の目も、ここなら届くまい」


 ニヤリと笑いを漏らしライオネルが言うと、エリオットがクスリと笑いながら答える。

 エリオットは、ライオネルが辺境の地で共に遊んだ幼馴染みでもあり、叔父の三男でもあった。

 そして二人は共に家を出て冒険者となった戦友でもあった。


「キサーラ王国がな、最近きな臭いらしいぞ」


 キサーラ王国とは東に国境を接している小国で、現国王が代を継いで以来何かと良い噂を聞かない。

 ライオネルの次女マイラを、キサーラの東にある大国でもあり六国神話に伝わる一国でもあるキトラへ嫁がせて、キサーラを挟む形で関係を深めた事も隣国との関係が円滑に行かない理由でもあった。


「可愛い娘を、いかな政略結婚とは言え、噂に聞こえるキサーラの変態王にやる訳にも行かぬでな」


「だが、自分を通り越してヤムトリアが大国のキトラと縁を結んだ事で、挟み撃ちにされるのでは無いかと、相当疑心暗鬼になっているようだぞ」


「ふむ、まあある程度は予想していた事だが、そのためのキトラへの嫁入りよ。 下手に動けば背後を突かれると思わせておく事も、外交の一つさ」


「たしかに、両大国を相手に二方面作戦をとれるほどの国力は、まだキサーラには無いだろうがな…… 」


 そう言いながらも、エリオットは不安げに右手を首筋に当てた。

 これは幼い頃より変わらぬ、彼が不安を抱えている時の癖でもある。


「なんだ、何か気になるのか?」


 既に広い宝物庫の中央辺りまで進んだライオネルが、エリオットに問いかけた。

 高い天井にライオネルの低い声が反響して、エコーが掛かったように聞こえる。


「いや、まだ明確な証拠がある訳じゃ無いんだが、帰国したアスラの報告が妙に気になってな」


「アスラか、最近見ないと思っていたが、キサーラへ派遣していたか」


「ああ、親父に似てアサシンの職業特性が顕著に出ている優秀な息子だ」


 そして、二人は誰一人他に聞く者も居ない宝物庫で、声をひそめて何やら話を続けていた。

 やがてそれを終えると、ライオネルは宝物庫の壁に飾られた一つの重厚な額装の前に立った。

 エリオットが、少し遅れてライオネルの横に立つ。


 そこには荘厳な装飾が施された分厚い額装と、その中に治められた一本のソードメイスがあった。

 額装の下部には聖ミリアムの残した聖遺物と、この世界で言うところの古代文字で刻まれている。


「聖ミリアム様の遺物か。 これを見る度に、子供の頃から何度も聞かされた神話の偉人が実在していたのかと、この国の歴史に感動を覚えるな」


「ははは、エリオットよ。 これが本物であるという証拠は、何処にも無いのだぞ。 しかし、この宝物庫の隅で見つけた古い歴史書を見て、俺は聖ミリアム様の存在を確信するに至ったのだ。 そして、俺は神話に伝えられていない話も見つけた」


「どういう話なんだ、それは?」


「ミリアム様はな、ヤムトリアの建国に尽力されて、ある日突然六神様に召されたとされているがな、俺が見つけた記録書では行方不明の仲間を探して旅に出たらしいのだ。 しかもな、六神様の手を逃れて姿を消したのでは無いかと思われる記述も、別の仲間と再会して共に消えたと考えられる記述もあるのだ」


「どういう事だ? まるで六神様と手を取り合って混沌とした世界にバランスと秩序を取り戻し、ヤムトリアの建国に尽力されたという神話は間違っているのか?」


「判らぬ、判らぬが、そのような記述があると言う事だ。わしも六神様、ひいては現在の神殿や冒険者ギルドの有り様に疑問を持たない訳では無い」


「ライオネル。 例え神殿や冒険者ギルドを敵に回しても、俺はお前の改革を支持するぞ。 だが、あまり性急に敵を作り過ぎるなよ」


「判っている。 だが古い権益と考えに凝り固まっている連中は、時に厄介なものなのだ」


 ライオネルは、そう言うと宝物庫の隅に向かった。

 そして、乱雑に積み上げられた宝物類の裏側に回り、壁に刻印された文様の中心部に右手の指輪を当て、先程とは異なる呪文を唱える。


 ブーンと言うような小さな唸り音が聞こえ、壁に刻印された魔法陣が薄緑色に光り始めた。

 そして、光る魔法陣に手を当てていた二人の姿が宝物庫から消える。


 後に残るのは、だだっ広い宝物庫に置かれた魔法照明の薄明かりだけである。

 宝物庫の門番は、国王が宝物庫で調べ物を始めると半日以上出て来ない事に馴れていて、二人が消え失せた事を知らずに欠伸をかみ殺していた。


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