53:襲われた商隊
その晩、俺たちのテーブルに来たライムと言う男は、女将に叩き出されて出入り禁止となった。
翌朝、俺たちは村の冒険者ギルドに到着と出発の登録をしに出かけて、そのまま村の出口へと向かう。
ロクハラさんは、この村で一日だけ商売をしてから俺たちより一日遅れでヤムトリアへ向かうと言っていた。
宿代を出すから一緒に行ってくれないかと頼まれたけど、先を急ぐ旅でもあるから別れる事になったのだ。
ヤムトリアへ向かう商隊が一つあると冒険者ギルドで聞いていたので、護衛がてら一緒に行かせて貰おうかと思ったのだけど、Cランク冒険者にとって世の中はそう甘く無かった。
「Cランクが護衛だと、ふざけるな! 護衛って口実で自分たちが他の冒険者に護衛して貰う魂胆だろうが。 もう護衛の手は足りてるから、他を当たりな!」
声を掛けた俺に返ってきたのは、罵声だった。
まあ、別に護衛なんて暇つぶしみたいなものだし、生活に困ってるわけでも無いから良いんだけど、なんかムカついた。
て言うか、正直言って他人から面と向かって拒否されるのは心が折れそうになる。
対人スキルの勉強だと思って売り込んでこいとイオナに言われたんだけど、これじゃ逆効果だ。
前もって覚悟して構えている時や腹が立っている時なら、ざけんな!って思えたりもするんだけど、平常時に他人の悪意をまともに浴びると心が萎える。
俺の心のヒットポイントは、今の一撃を受けて一気に半分くらい削られていた。
「和也よ、気にするでない。 場数を踏めば、あの程度など何と言う事も無いのじゃ。 お前の魔力は世のバランスを崩すほどに強力なものじゃが、それを操る心がそれに見合っておらぬ。 その弱みを、いつかどこかで突かれる前に、場数を踏んで鍛えるのじゃ」
いや、判っちゃいるんですよ。
判っちゃいるんだけど、やっぱ他人の悪意ってものには心に作用する毒があると思うわけですよ。
イオナやレイナのように、いやその二人だけじゃ無くってバルやヴォルコフやティグレノフ、それにアーニャにだって俺はそっちの面では到底敵わないと思う。
今の俺の気持ちを理解して判ってくれるのは、この仲間内ではお姫様育ちのメルくらいなものだろう。
って、そこまで考えて何だか自分が情けなくなってきた。
つまり、俺はお姫様レベルのメンタルだって事じゃないか!
そう考えると、猛烈に情けない自分に対して腹が立ってくる。
負けるもんかと思い直して、俺は顔を上げた。
何故、安易に受け入れられると思っていたのか?
自分たちが客観的にはCランク冒険者でしか無い事を、俺は忘れていたんじゃないか?
俺たちの実力をなるべく世の中に知らせないと言うイオナの決めた方針は、俺たちの既定路線だった筈だ。
実力がランクというもので表現される冒険者の世界に入ったのだから、Cランクは舐められて当たり前、馬鹿にされて当たり前じゃ無いか。
そう思ったら、気が楽になった。
さっきの反応は、極めて当たり前の反応だったんだ。
そう思って心が落ち着いた処へ、後ろから声を掛けてきた人が居た。
俺たち全員が、後ろを振り向いた。
「あー良かった! まだ出発していなかったんですね。 ヤムトリアまで是非ご一緒させてください」
その声の主は、この村で一日だけ商売をしてゆくと言っていたロクハラさんだった。
見れば荷車の荷物もしっかり固定されて、旅支度もバッチリだ。
どう見ても、荷下ろしをした形跡が無い。
俺は、その理由を尋ねてみた。
「どうしたんですか? たしかこの村で一日だけ商売をしてゆくと言っていたはずですよね」
「いやあ、私も商売人ですから色々と損得を考えて見たんですよ。 それに村で聞いた噂では、最近は妙に統率されたゴブリンによる旅人の被害が増えているという話もあって、それで無理をして小さな商売のために一生を棒に振るよりは皆さんと一緒にヤムトリアまで行った方が良いと思い直してね、すぐに引き返してきたんですよ」
そんな訳で、俺たちは先程の商隊よりも少し遅れてイース村を出る事になった。
ここイース村からヤムトリアまでは、約半日の距離だ。
この時間、つまり朝早く出れば、昼前には着けるとロクハラさんは言っていた。
「あの、ヤムトリアへ向かうんですか?」
村の門を出る時に、女の子の声で門の脇から声を掛けられた。
声のした方を見ると、小さな荷車をロバのような小柄だけど足の太い動物に引かせた少女が、彼女の弟だろうか、顔だちの似ている小さな男の子と一緒に立っていた。
年の頃はメルやアーニャと同じくらいの少女は、薄緑色の髪の毛をうなじの後ろ側で縛った飾り気の無い髪型で、貧しそうな身なりをしていた。
カトレナと名乗る少女は、薄茶色の髪の毛をした弟のリンと一緒にヤムトリアへ野菜や木の実を売りに行くのだと言う。
「それで、邪魔はしませんから、ヤムトリアまで同行させては貰えませんか?」
俺たちは、全員でロクハラさんの方を見た。
俺的にはまったく問題が無いんだけれど、この場合に決定権があるのは僅かとは言え護衛費用を出しているロクハラさんだろう。
「良いですよ。 このお兄ちゃんたちは凄く強いから、安心だよ」
ロクハラさんは、笑顔でそう言った。
それでも少女は遠慮がちに、ロクハラさんを見上げて言う。
「あの、お金は払えるほど持ってないから、守ってくれなくても良いし後ろを歩かせて貰うだけで良いです。 お願いします」
そう言って、カトレナという可愛い少女は深々と頭を下げた。
弟のリンも、慌ててペコリとお辞儀をする。
どうやらカトレナたちは、さっきの商隊には断られたらしい。
同じように断られた俺としては、その話を聞くだけで妙に親近感が湧いてきた。
「心配しなくても、ちゃんと守ってやるよ」
俺は、カトレナに向かってそう言った。
ぱあっとカトレナの顔に広がる笑顔に釣られて、俺も笑顔になる。
「カズヤ! 鼻の下が伸びてるわよ」
どういうわけか不機嫌になったアーニャの刺々しい言葉に、俺は我に返った。
俺たちがイース村へ向かって来た街道に比べて、村の反対側から出ているヤムトリアへ繋がる街道はより整備されていて、幅も広く路面の凹凸も少なくて荷車の揺れも少なかった。
ノンビリと王都ヤムトリアへ向かって歩いていると、前方に土煙が見えた。
俺の遠視スキルが捉えたのは、俺たちの同行を断った商隊が魔獣の群れに襲われている姿だった。
チラホラとその中にゴブリンの姿も垣間見えるが、どうみても商隊の護衛をしている冒険者達の方が劣勢だ。
俺は、イオナの方を見て指示を仰ぐ。
うかつに全員で駆けつければ、後に残されたロクハラさんとカトレナを危険に晒す事になるかもしれないからだ。
「レイナ、和也と一緒に行け。 わしらは直ぐに追い付く」
ヴォルコフとティグレノフが、俺も行きたいという顔を見せるが、イオナはそれに対して首を振って答える。
まあ、正直レイナ一人だけでも、まだこの二人よりは強い。
だから、どっちが残っても同じと言えば同じだろう。
多方面から同時に責められた時の事を考えれば、二方面に同時対応できる二人を残しておく方がロクハラさんの護衛としては、その方が正しいのかもしれなかった。
不服そうな二人に向かって、バルが口を開いた。
「レイナは、昨日暴れられなかったよってに、うずうずしておるのじゃろう。 ここは譲ってやるべきじゃな」
それを聞いた二人は、たった今その事に気付いたかのように顔を見合わせて、一つ頷いた。
確かに、バルの言う通り二人は戦ったけれど、レイナは荷車を避けて戦闘に加われなかったからな。
その辺を見越した上での、イオナの人選なのだろう。
俺は黙ってレイナに近付くと、柔らかな二の腕を掴んで戦闘中の場所へとテレポートした。
目視出来る場所と、スキルに登録した場所、つまり明確にイメージできる場所にはテレポートが出来る。
そして、俺が触れている者は一緒にテレポートさせる事が出来た。
どういう区分がスキルの中で為されているのかは判らないけれど、そういう仕様なのだから仕方ない。
俺とレイナは次の瞬間、戦闘区域の最後尾に出現した。
戦っている冒険者たちは皆が必死で、俺たちが出現した事に気付いてはいなかった。
レイナが背中のクレイモアを抜いて、裂帛の気合いと共に目の前の熊に似た赤毛魔獣の見上げるような体躯を、袈裟懸けに斬りつけて一刀の下に絶命させた。
俺はレイナが敵に斬りかかる寸前に、『コンポジット・アーマー』をレイナと自分に掛ける。
そして、『ブレス』と『アクセル』を僅かに遅れて俺とレイナに発動させた。
レイナの動きが加速して、常人の動体視力では目で追えない程になり。
俺も目に付いた怪我人に『ヒール』を飛ばしながら、戦闘区域へ突入した。
『ブレス』と『アクセル』によって強化された体で、黒毛の3mほどもある熊の化け物の脇腹に体ごと肘を打ち込む。
メリメリと嫌な音を立てて、俺の肘が肩の付け根まで魔獣の胴体にめり込んだ。
苦し紛れの前腕による一撃を『見切り』と強化された体を使い、紙一重で避けてカウンターの一撃を胸にぶち込む。
薄紙を容易く破るように分厚い胸板をぶち抜いた俺は、黒毛の化け物の体内に突っ込んだ右手に火炎魔法を発動させた。
一瞬にして体内を黒焦げにされた黒毛の熊に似た化け物は、突き破られた背中から炎を吹きだして、盛大な地響きと共に地面に倒れ込んだ。
倒れて居る人を『ヒール』で治療しつつ、俺は天から地へと右の手を振るう。
天から突如現れた炎の槍が、馬車を襲っている魔獣を串刺しにして地面に縫い付ける。
これはアモンさんの得意技であり、俺の好きな火属性魔法でもある『メギド』だ。
街道沿いに発生した戦場を駆け回り、『ヒール』で怪我人を瞬時に治療しつつ、目の前の敵を素手で、そして魔法で葬る。
気が付けば、大半の敵は俺とレイナによって蹴散らされていた。
その時、俺の危険感知スキルが何かを察知していた。
俺は、躊躇無く馬車を覆うような大きな結界を張る。
僅かに遅れて、森の中から飛び出してきた大きな火の玉が三つ、俺の結界にぶち当たって弾け飛んだ。
すぐさま迎撃の『ソウルバースト』を発動し、火の玉が飛んで来た森の中へ向けて念属性の球をぶち込む。
5発の念属性の攻撃が僅かな時間差で森に飛び込んで炸裂した。
続けてもう5連発ぶち込むと、ギャアともギャンともつかない断末魔の悲鳴が森の中から聞こえる。
それからの攻撃は、何処からも無かった。
「ありがとうございます、お陰で助かりました」
そう言って荷物の間から俺とレイナに声を掛けてきた男が、ギョッとした顔になって俺をマジマジと見つめていた。
そう、この男は俺を罵倒して同行を断った、商隊の荷主だった。
「いえいえ。 非力なCランクですが、幸いにも皆様のお手伝いができて光栄ですわ」
俺はその時、レイナも怒っていたのだと初めて知った。
まあ、あの言い方は怒るなって方が無理だよな。
その後、是非にと請われた俺たちは、商隊に同行してヤムトリアへと向かう事になった。
護衛費用はロクハラさんが商人と交渉して、半日の距離としてはかなりの金額を貰える事となったのは、悪くない結果だ。
俺の全力『ヒール』をもってしても死んだ者を生き返らせる事は出来ないから、既に商隊の護衛が半分以下に減っていたという事も、強気に交渉する事が出来た理由だろう。
ほんの少し前に、あわや全滅というピンチに遭遇したばかりでは、あと数時間の旅程すらも不安でたまらないのだと思う
「あんたの魔法は見た事の無い物ばかりだ。 いったい何処であんな凄い魔法を習得したんだ? しかも体術までが凄まじい破壊力とは、今でも自分の目で見た物が信じられないよ。 魔力を身体強化に使う拳技ってのも世の中には有ると聞くが、そういう人は肝心の魔法はオマケみたいなものの筈だ」
ヤムトリアへ着くまでの間中ずっと、俺は護衛の中に居た魔法使いのオッサンに質問攻めにあっていた。
このオッサン、俺の『ヒール』で事なきを得たんだけど、初っ端に矢で狙い撃ちをされたらしい。
僧侶か魔法使いを最初に倒すってのは、RPGにおけるパーティ戦の基本みたいなものだから、偶然って事は無いだろう。
問題なのは、魔獣とゴブリンがその相手だったって事だ。
しかも、奴等は魔法まで撃って来やがったし、裏に人間が絡んでいないとは言い切れない。
俺は、そんな事を考えていた。
俺たちがCランクなのは、ずっと山の中で修行をしていて冒険者登録をしたばかりなのが理由だと答えると、ようやく納得したようだった。
まさか、異世界から来ましたなんて言えやしない。
もっとも、この世界出身のイオナとレイナとメルを除く俺たちからしてみれば、こっちの世界が異世界なんだけどな。
そんな事を話しながら歩いていると、周囲の風景が牧歌的に移り変わっていった。
街道の間近にあった深い森は次第に遠く離れ、両側には広大な農地が広がっていた。
街道の幅も広くなり、日除けに植えられたのか両側には街路樹も等間隔に生えている。
ここまで来ると表土も整地をされていて、馬車や荷車の揺れも著しく小さくなって来た。
そして遙か前方には、巨大且つ長大な城壁が遠目に見えてくる。
間違い無く、あれが王都ヤムトリアだろう。




