第7話 緊急避難
「これで、最後!」
ドリイは最後の土砂を慎重に取り除いた。
ようやくアネットさんを助け出せるところまで来た。
『Clear』
杖の魔法陣が消え、光が収まった。
しかし、本格的な救出作業はこれからだ。
ヴァルトはそれを見届けると、各班長を呼び寄せた。
「状況報告!」
「村長への連絡完了! 領主様への報告は準備中です!」
「助役への連絡完了! 通行止めの手配も完了しました!」
「治療院への連絡完了! 被災者の受け入れ準備も整っています!」
各方面への連絡と準備は終わっているようだ。
ヴァルトは隊員たちの疲労状態を確認すると、指示を出した。
「第1班は被災者の救出! 第2班は搬送準備! 第3班は周囲の警戒と搬送路の確保だ! 総員、かかれ!」
ヴァルトの号令とともに、各班が一斉に動き始めた。
アネットさんを引き出すために瓦礫を持ち上げる隊員、身体を傷つけないよう慎重に引き出す隊員、担架を運んでくる隊員。
全員がきびきびと動いていた。
「何とかなったようね。私も、もう限界……」
ドリイは緊張の糸が切れたように、その場に座り込んだ。
朝から続いた作業で、身体はすっかり疲れ切っていた。
「よーし、大丈夫だ! 救助成功!」
歓声が上がった。
アネットさんは毛布に包まれ、担架に乗せられていく。
ふと、アネットさんと目が合った。
すっかり衰弱しているようだったが、意識はある。こちらを見て、小さくうなずいた。
良かった。本当に良かった。
「よーし、救助完了! 負傷者の搬送を急ぐぞ! 全員撤収だ!」
ヴァルトが作業の完了を告げた。
「よく頑張ったな!」
「偉いぞ!」
「今度、飯を奢るぞ!」
隊員たちは次々とドリイの肩を叩き、撤収していく。
「ドリイ、お前も一緒に戻るぞ」
ヴァルトが声をかけた。
「私はちょっと休んでから帰ります。先に行ってください」
「大丈夫か?」
「ええ、少し休めば歩けますから」
ドリイは微笑んで答えた。
ヴァルトは少し気にかける様子を見せたが、負傷者の搬送を優先しなければならない。
「無理はするなよ」
「はい! お疲れ様でした!」
ドリイは笑顔で手を振った。
ヴァルトは隊員たちを率いて、アネットさんの搬送に向かった。
さて、自分も帰ろう。
そう思って立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。
「あれ……?」
もう一度、立ち上がろうとする。
しかし、膝が震え、身体が言うことを聞かなかった。
思っていた以上に、魔力も体力も消耗しているようだ。
仕方がない。
もう少し、ここで休んでいよう。
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歓声が聞こえた。
斜面を監視していた私は、救助現場の方を振り向いた。
被災者が担架に乗せられ、搬送されていく。
救助に当たっていた人々も、次々と現場を離れ始めていた。
あの女性は座り込んでいたが、元気そうに手を振っている。
何とか間に合ったようだ。
私は再び斜面に目を戻した。
「ん?」
ロープの張り具合が、先ほどと微妙に違うような気がする。
野帳に挟んでいたペンを取り出し、目の高さに水平にかざして確かめる。
間違いない。
先ほどとは違う。
ロープが、わずかにたるんでいる。
斜面が動き始めているのか?
そのとき、斜面の上の方から、小石が転がり落ちてきた。
まずい。
再崩落の兆候かもしれない。
「おい! 今すぐ逃げろ!」
私は女性に向かって叫んだ。
しかし、女性は私の方を向くと、不思議そうに首をかしげた。
言葉が通じない!
私は身振り手振りで、逃げるように合図した。
女性は杖を支えにして立ち上がろうとしたが、すぐに膝から崩れ落ちた。
立てないようだ。
この雨の中、動けなくなるほど消耗していてもおかしくない。
女性はしばらくうつむいていたが、やがて顔を上げると、にっこり笑って手を振った。
そして、被災者が運ばれていった方向を、二度ほど指さした。
自分に構わず逃げろ、と言っているように思えた。
「冗談じゃない! 見捨てられるものか!」
私は女性に向かって駆け出した。
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「――! ――!」
座って休んでいたドリイに、突然、声が聞こえてきた。
「聖者様?」
どうしたのだろう?
聖者様がこちらに向かって何かを叫んでいる。
手を振り、アネットさんが運ばれていった方向を、何度も指さしていた。
(きっと、防護魔法が切れたから、逃げろと言っているのね)
ドリイは杖を支えにして立ち上がろうとした。
しかし、足に力が入らない。
朝から何時間も歩きっぱなし、立ちっぱなしだった。
冷たい雨の中で水路の補修を続け、土砂崩れに巻き込まれたアネットさんを助けるため、慎重な魔力操作を何度も繰り返した。
もう魔力も体力も、ほとんど残っていない。
自分でも、それがよく分かっていた。
(動けない……。もう、逃げられない……)
聖者様は必死に逃げろと言っているようだ。
でも、私にはもう逃げる力がない。
せめて、聖者様だけでも逃がさないと……。
ドリイは決心した。
聖者様の方を向き、できる限りの笑顔を浮かべて手を振った。
そして、アネットさんが運ばれていった方向を指さす。
(お願い。私のことはいいから、逃げて)
その瞬間、聖者様の表情が変わった。
逃げるどころか、まっすぐこちらへ駆け寄ってくる。
「えっ……?」
座り込んでいるドリイの肩と太ももの下に、聖者様の腕が回された。
「えっ、ええええーっ!」
次の瞬間、身体がふわりと持ち上がった。
聖者様はドリイを両腕に抱えると、アネットさんが運ばれていった方向へ駆け出した。
突然の出来事に、ドリイは何もできなかった。
杖を握りしめたまま、ただ、ぼうっと聖者様の顔を見上げていた。
雨に濡れた眼鏡。
その奥に見える、真剣な眼差し。
聖者様は前だけを見て、必死に走っている。
(この人は……どうして、ここまで……)
ドリイは何も言えず、ただその顔を見つめていた。
気がつくと、アネットさんの家からかなり離れた場所まで来ていた。
聖者様はドリイをゆっくりと地面に下ろした。
そのときだった。
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
背後から大きな地鳴りが響いた。
ドリイは振り返った。
アネットさんの家の近くで、山の斜面が崩れ始めていた。
大量の土砂が斜面を流れ落ちる。
木々が倒れ、土砂が家屋へと押し寄せた。
そして、アネットさんの家は、完全に土砂に飲み込まれてしまった。
つい先ほどまで自分が座っていた場所も、土砂の下に消えていた。
あと少し遅かったら……。
ドリイは言葉を失い、ただ呆然とその光景を見つめていた。




