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異世界土木技術者  作者: 中野秋風
第1章 土砂崩れ

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第7話 緊急避難


「これで、最後!」


ドリイは最後の土砂を慎重に取り除いた。


ようやくアネットさんを助け出せるところまで来た。


『Clear』


杖の魔法陣が消え、光が収まった。


しかし、本格的な救出作業はこれからだ。


ヴァルトはそれを見届けると、各班長を呼び寄せた。


「状況報告!」


「村長への連絡完了! 領主様への報告は準備中です!」


「助役への連絡完了! 通行止めの手配も完了しました!」


「治療院への連絡完了! 被災者の受け入れ準備も整っています!」


各方面への連絡と準備は終わっているようだ。


ヴァルトは隊員たちの疲労状態を確認すると、指示を出した。


「第1班は被災者の救出! 第2班は搬送準備! 第3班は周囲の警戒と搬送路の確保だ! 総員、かかれ!」


ヴァルトの号令とともに、各班が一斉に動き始めた。


アネットさんを引き出すために瓦礫を持ち上げる隊員、身体を傷つけないよう慎重に引き出す隊員、担架を運んでくる隊員。


全員がきびきびと動いていた。


「何とかなったようね。私も、もう限界……」


ドリイは緊張の糸が切れたように、その場に座り込んだ。


朝から続いた作業で、身体はすっかり疲れ切っていた。


「よーし、大丈夫だ! 救助成功!」


歓声が上がった。


アネットさんは毛布に包まれ、担架に乗せられていく。


ふと、アネットさんと目が合った。


すっかり衰弱しているようだったが、意識はある。こちらを見て、小さくうなずいた。


良かった。本当に良かった。


「よーし、救助完了! 負傷者の搬送を急ぐぞ! 全員撤収だ!」


ヴァルトが作業の完了を告げた。


「よく頑張ったな!」


「偉いぞ!」


「今度、飯を奢るぞ!」


隊員たちは次々とドリイの肩を叩き、撤収していく。


「ドリイ、お前も一緒に戻るぞ」


ヴァルトが声をかけた。


「私はちょっと休んでから帰ります。先に行ってください」


「大丈夫か?」


「ええ、少し休めば歩けますから」


ドリイは微笑んで答えた。


ヴァルトは少し気にかける様子を見せたが、負傷者の搬送を優先しなければならない。


「無理はするなよ」


「はい! お疲れ様でした!」


ドリイは笑顔で手を振った。


ヴァルトは隊員たちを率いて、アネットさんの搬送に向かった。


さて、自分も帰ろう。


そう思って立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。


「あれ……?」


もう一度、立ち上がろうとする。


しかし、膝が震え、身体が言うことを聞かなかった。


思っていた以上に、魔力も体力も消耗しているようだ。


仕方がない。


もう少し、ここで休んでいよう。


-------------------------------------------------------------------------


歓声が聞こえた。


斜面を監視していた私は、救助現場の方を振り向いた。


被災者が担架に乗せられ、搬送されていく。


救助に当たっていた人々も、次々と現場を離れ始めていた。


あの女性は座り込んでいたが、元気そうに手を振っている。


何とか間に合ったようだ。


私は再び斜面に目を戻した。


「ん?」


ロープの張り具合が、先ほどと微妙に違うような気がする。


野帳に挟んでいたペンを取り出し、目の高さに水平にかざして確かめる。


間違いない。


先ほどとは違う。


ロープが、わずかにたるんでいる。


斜面が動き始めているのか?


そのとき、斜面の上の方から、小石が転がり落ちてきた。


まずい。


再崩落の兆候かもしれない。


「おい! 今すぐ逃げろ!」


私は女性に向かって叫んだ。


しかし、女性は私の方を向くと、不思議そうに首をかしげた。


言葉が通じない!


私は身振り手振りで、逃げるように合図した。


女性は杖を支えにして立ち上がろうとしたが、すぐに膝から崩れ落ちた。


立てないようだ。


この雨の中、動けなくなるほど消耗していてもおかしくない。


女性はしばらくうつむいていたが、やがて顔を上げると、にっこり笑って手を振った。


そして、被災者が運ばれていった方向を、二度ほど指さした。


自分に構わず逃げろ、と言っているように思えた。


「冗談じゃない! 見捨てられるものか!」


私は女性に向かって駆け出した。


--------------------------------------------------------------------------


「――! ――!」


座って休んでいたドリイに、突然、声が聞こえてきた。


「聖者様?」


どうしたのだろう?


聖者様がこちらに向かって何かを叫んでいる。


手を振り、アネットさんが運ばれていった方向を、何度も指さしていた。


(きっと、防護魔法が切れたから、逃げろと言っているのね)


ドリイは杖を支えにして立ち上がろうとした。


しかし、足に力が入らない。


朝から何時間も歩きっぱなし、立ちっぱなしだった。


冷たい雨の中で水路の補修を続け、土砂崩れに巻き込まれたアネットさんを助けるため、慎重な魔力操作を何度も繰り返した。


もう魔力も体力も、ほとんど残っていない。


自分でも、それがよく分かっていた。


(動けない……。もう、逃げられない……)


聖者様は必死に逃げろと言っているようだ。


でも、私にはもう逃げる力がない。


せめて、聖者様だけでも逃がさないと……。


ドリイは決心した。


聖者様の方を向き、できる限りの笑顔を浮かべて手を振った。


そして、アネットさんが運ばれていった方向を指さす。


(お願い。私のことはいいから、逃げて)


その瞬間、聖者様の表情が変わった。


逃げるどころか、まっすぐこちらへ駆け寄ってくる。


「えっ……?」


座り込んでいるドリイの肩と太ももの下に、聖者様の腕が回された。


「えっ、ええええーっ!」


次の瞬間、身体がふわりと持ち上がった。


聖者様はドリイを両腕に抱えると、アネットさんが運ばれていった方向へ駆け出した。


突然の出来事に、ドリイは何もできなかった。


杖を握りしめたまま、ただ、ぼうっと聖者様の顔を見上げていた。


雨に濡れた眼鏡。


その奥に見える、真剣な眼差し。


聖者様は前だけを見て、必死に走っている。


(この人は……どうして、ここまで……)


ドリイは何も言えず、ただその顔を見つめていた。


挿絵(By みてみん)


気がつくと、アネットさんの家からかなり離れた場所まで来ていた。


聖者様はドリイをゆっくりと地面に下ろした。


そのときだった。


ゴゴゴゴゴゴゴ……。


背後から大きな地鳴りが響いた。


ドリイは振り返った。


アネットさんの家の近くで、山の斜面が崩れ始めていた。


大量の土砂が斜面を流れ落ちる。


木々が倒れ、土砂が家屋へと押し寄せた。


そして、アネットさんの家は、完全に土砂に飲み込まれてしまった。


つい先ほどまで自分が座っていた場所も、土砂の下に消えていた。


あと少し遅かったら……。


ドリイは言葉を失い、ただ呆然とその光景を見つめていた。


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