第5話 救出活動
ゴーン、ゴーン。
村の教会から、長く低い鐘の音が二度響いてきた。
(もう10時だ……)
ドリイが杖を構えようとした、そのときだった。
「ドリイ! 何があった!」
振り返ると、ヴァルト隊長が隊員たちを率いて駆けつけてきた。
「ヴァルト隊長! アネットさんが家の中に閉じ込められています! まだ生きています!」
ヴァルトは崩れた家を一瞥すると、すぐに指示を出した。
「伝令! 村長、助役、それから治療院へ連絡!」
「了解!」
「第1班は土砂の除去! 第2班は土砂の搬出! 第3班は周囲の警戒と交通規制だ! 関係者以外は近づけるな!」
指示はすぐに伝わり、隊員たちはそれぞれの持ち場へ向かった。
「ドリイ、お前は魔法で土砂を動かせるな?」
「はい! でも、家がこれ以上崩れそうなので、慎重にやらないと……」
「分かった。掘削はお前と第1班で進めろ。第2班に土砂を運ばせる。頼むぞ!」
「はい!」
ドリイは息を整え、再び杖を構えた。
『Earth Move』
魔導石に魔法陣が浮かび上がる。
救助作業が始まった。
アネットさんが閉じ込められている場所は、崩れた家の瓦礫と土砂が入り混じっていた。
土を強引に動かせば、瓦礫も一緒に動いてしまう。
下手に動かせば、残っている家まで崩れ、アネットさんを傷つけてしまうかもしれない。
家の様子を確かめながら、少しずつ、慎重に土砂を取り除く必要があった。
ドリイが魔法で土を動かし、第1班の隊員たちが瓦礫を取り除く。第2班は運び出された土砂や瓦礫を次々と搬出していく。
隊員たちは懸命に作業を続けていたが、救助はなかなか進まなかった。
雨は降り続いている。
寒い。
朝から水路の補修をしていたこともあり、疲れが溜まっていた。
杖を持つ手はかじかみ、何度も取り落としそうになる。
それでも、魔力の操作を誤るわけにはいかない。
「でも、私が頑張らなきゃ……」
ドリイは小さくつぶやいた。
この村で土魔法を使えるのは自分だけだ。
隊員たちも懸命に作業を続けているが、アネットさんの周囲にある土砂を安全に動かすには、ドリイの魔法が必要だった。
もう一度、杖を握り直す。
そのときだった。
背後から誰かが近づいてくる足音が聞こえた。
「%$)NDS#?」
聞いたことのない言葉だった。
続いて、軽く肩を叩かれた。
「え?」
振り返ると、見知らぬ男性が立っていた。
半透明の、撥水魔法が付与されているらしいローブ。
聖印のような印の入った白い帽子。
その下には青い服を着ている。
見たこともない服装だった。
しかも、聞いたことのない言葉を話している。
(異国の……聖者様?)
ドリイはそう思った。
きっと遠い国から来た聖者様なのだろう。
それなら、ちゃんと挨拶しないと。
ドリイは杖を地面に置き、軽く会釈した。
「ドリイ・ステーブルです。聖者様」
男性は不思議そうな顔をしている。
(もしかして、助けに来てくださったのかしら?)
「あの、もしよろしければ、救助をお手伝いいただけませんか?」
「????」
やはり言葉が通じない。
(うーん。やっぱり、旅の聖者様をあてにするのは無理だったかな……)
そう思ったときだった。
男性がそっと、ドリイの手に触れた。
「えっ?」
(聖者……様?)
驚いたドリイだったが、その手はとても温かかった。
かじかんでいた指先に、少しずつ温もりが戻ってくるように感じられた。
男性は手に持っていた黄色い帽子を、ドリイに差し出した。
正面には緑色の十字と、見たことのない文字が書かれている。
(聖印と……呪文?)
男性は帽子をドリイの頭にかぶせ、位置を整えて顎の下で紐を留めた。
帽子はとても軽く、雨も通さなかった。
ドリイは首をかしげ、そっと帽子に触れてみる。
続いて、男性は雪のように白い、厚手の手袋のようなものを差し出した。
よく見ると、指が五本に分かれている。
どうやら手に着けるものらしい。
男性は身振りで、それを着けるように促した。
(でも、こんなに真っ白なのに……)
これから土魔法を使えば、泥だらけになってしまう。
とても受け取れない。
ドリイは返そうとしたが、男性は首を横に振った。
どうやら、着けたままでいいらしい。
仕方なく両手に着けてみる。
(あったかい……)
濡れて冷たくなっていた手が、少しだけ温かく感じられた。
さらに男性は、不思議な筒を取り出した。
蓋を外すと、それをコップにしてお茶を注いだ。
白い湯気がふわりと立ち上る。
何やら身振りで説明しながら、ドリイに差し出してくる。
(温度保存魔法が付与されているのかしら?)
女性は不思議そうに、コップの中のお茶を見つめた。
半信半疑で口にすると、お茶は驚くほど温かかった。
「……あったかい」
思わず声が漏れた。
冷え切った身体に、温かさが染み渡っていく。
朝からずっと雨の中で働いていた。
寒くて、疲れて、手もかじかんでいた。
アネットさんの家が崩れ、何とか助けようと必死だった。
そんなドリイにとって、そのお茶は何よりありがたかった。
残りのお茶を一気に飲み干す。
男性は空になったコップに、もう一度お茶を注いでくれた。
「ありがとうございます、聖者様」
言葉は通じないだろうけれど、ドリイは心から礼を言った。
男性は何かを言いながら、軽くうなずいた。
ドリイはコップを足元に置いた。
寒さも疲れも消えたわけではない。
それでも、少しだけ元気が出た気がした。
さあ、頑張ってアネットさんを助けないと。
ドリイは再び杖を手に取った。




