↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
9/38

第9話 聖印の脆弱性

 翌朝の試験室では、模型の門の横に、手のひらほどの石の小箱が一つ増えていた。南門の代わりだ。閉じる術式が届けば、正面の小さな口が光で塞がる。

 模型には『東門』、小箱には『南門』と書いた紙の札。作業台の上では、東門と南門の予備の点検具が、組み直された魔導線で両方につながっていた。継ぎ目の一つひとつが、細い糸で丁寧に留めてある。

 組んだ本人は、目の下にうっすらくまを作って、にこにこしていた。


「ネネ。寝てないの?」

「組むの、楽しくて……えへへ」


 二台での試験は、昼前に終わった。

 交互に送っても、片方が返事を待っているあいだにもう片方から重ねても、二台同時でも、模型も小箱も正しく動いた。閉じるべきときに閉じ、開けたあとに閉じ直すことは、一度もなかった。


「……つまんない。この子たち、お行儀よすぎます」


 ネネが作業台に突っ伏した。それから体を起こして、南門の点検具をつつく。


「じゃあ、南門用で、東門を開け閉めするのは? 送り先、選べますよね?」

「選べます。四つの門で使える作りですから。見回りでは、自分の持ち場へ送る決まりですけど」


 リシアが答え、試しに南門用の送り先を東門に合わせた。『安全』で模型の魔防壁が消え、『危険』でまた下りる。隣の小箱は、何も変わらない。

 持ち場と違う門へも送れる。四つの門で使う道具なら、それ自体は当たり前の作りだ。


「門は、何を見て、届いた術式を受け入れるんですか?」

「これです」


 リシアはネネのレンズを借りて、点検具の魔石の縁にかざした。ガラスの中に、麦粒ほどの青い紋が大きく映る。


「魔術院の聖印です。院が検査した品に付ける印。門は、この印を確かめてから、術式を受け入れます」


 印を見る。本当に印だけを見るなら、誰が使っているかも、何のための道具かも、門は確かめていない。視線が、作業台から棚へ移った。昨日ネネが調整していた、治癒の魔石の木箱がある。


「治癒の魔石にも、その聖印はありますよね?」

「あります。傷を塞ぐ術式を、院が検査した証ですから」

「その魔石に、門を閉じる術式を足したら、どうなりますか?」


 リシアが、レンズを持ったまま止まった。


「治療の道具ですよ? 女神の祝福を受けた石に、畏れ多いです……」

「でも、できるんですよね?」

「できますが……そんなこと、誰も考えません」


 横で、椅子ががたんと鳴った。ネネが立ち上がっていた。さっきまでの眠そうな目が、すっかり丸くなっている。


「治癒の魔石で、門を閉じる……そんなこと、やっていいんですか!?」


 返事をする前に、ネネは棚へ走っていた。


「ネネ。その一個は、納品分から外しなさい。検査し直すまで、院に残します」

「はい! あはは……ふへへ……一度でいいから、こんなことやってみたかったんですよ」


 ネネの目が、爛々と輝いている。淡い緑の治癒の魔石を一個、別の布に置いた。点検具の術式を描いた見本の板と並べ、レンズを台に据える。指先から細い光が伸びて、魔石の空いた面に、短い刻印を一つずつ描いていく。治癒の魔石の縁には、既に本物の聖印がある。ネネが足すのは、閉じる術式だけだ。


「できました」


 ネネが治癒の魔石を魔導線でつなぎ、新しく刻印を入れたところに指を当てた。治癒の魔石から、金色が走り出した。魔導線を伝って、模型の門へ伝わる。

 アーチの縁が光り、入口と出口に、魔防壁が下りた。


「……閉じた」


 リシアが、かすれた声で言った。


「閉じました! 治癒の魔石で、門を閉じましたよ!」


 ネネが両手を高く上げる。

 リシアは魔導針を模型の門柱に当てて、小さく首を振った。記録は、閉鎖。いつもの記録と、何も変わらない。

 傷を塞ぐために検査を受けた魔石で、門が閉じた。聖印が本物でも、その魔石にさせてよい仕事とは限らない。こうして悪用できてしまう仕組みの弱点を、前の世界では脆弱性と呼んでいた。


「検査した品だから……決まりがあるから……正しく使われると思っていました」


 リシアは、治癒の魔石を見下ろした。


「決まりがあっても、正しく使われるとは限りません」


 俺は、魔石から模型へ延びる魔導線をたどった。


「本物の門は、魔導線でどこまで届くんですか?」

「魔導線でつながっていれば、離れた門まで届きます。つながっていなければ、送り先を選んでも動かせません。送るには、その線の接続口まで行く必要があります」

「接続口?」

「魔導線と魔石を接続する口です。門番や職人が出入りする場所に置かれています」


 つまり、ワイヤレス通信はできないということだ。魔導線に魔石をつないだ誰かが、どこかにいる。


「今のやり方は、俺たち三人だけの秘密にしてもらえませんか。もちろん対策が分かれば報告します。でも、直す前にやり方が広まったら、真似して門を閉じる人が出るかもしれません」

「……分かりました。今は報告書にも、方法は書きません」


 リシアが頷いた。

 横から、ネネが身を乗り出してきた。


「三人だけの、秘密……秘密って何かドキドキしますね」


 俺たちを交互に見て、にやにやしている。

 試験に使った治癒の魔石は『試験用・閉じる術式』と書いた札を添えて、鍵のかかる引き出しにしまわれた。


「リシアさん。ネネも、明日から一緒に調査できますか? 俺は聖印について思いついただけで、ネネが形にしてくれたから分かったんです」


 ネネは、きょとんとした。それから、みるみる顔が赤くなった。


「いいんですか? 私、魔力も少ないし、変なことしかしないですよ?」

「その変なことが、必要なんです」

「わかりました。院には、私から話をしてみます」


 リシアが言うと、ネネは、ぶんぶんと首を縦に振った。


「やります! それで、ナオトさんの目を調べるのも、調査に入りますか?」

「入りません」


 リシアの即答に、ネネは「ちぇー」と唇をとがらせた。

 俺は、リシアに尋ねた。


「リシアさん。現時点では、魔石が偽装されたかは分かりません。まずは、あの日の点検具は、どこにあったか確認しましょう」

「そうですね。院と四つの塔へ確かめます」


 リシアは、机に大きめの紙を広げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。