第5話 麦灯り亭
東門の出口の先に、石畳の通りがまっすぐ延びている。赤い瓦屋根に白い壁の家が両側に並び、二階の窓から窓へ渡した綱に、洗濯物がはためいていた。通りの突き当たりの広場では、噴水が傾きかけた日を受けてきらきらしている。焼いた肉の匂いと、市場の呼び声が、トンネルを抜けて流れてきた。
ヴァルディア王国の王都。朝から列に並んで見上げていた門の、向こう側だ。
リシアが、門のほうへ目を向け言った。
「実際に人を通す前に、本当に安全か確かめてからにしましょう」
「まだだ、まだ通すな!」
縄の外で待っていた人が、我先にと門へ押し寄せるのを、オットーが両腕を広げて止め、兵たちに大声で指示を出す。ヨナスが、道の端の空の荷車を長い竿で押しこむ。空の荷車は、ごろごろとトンネルを転がっていった。
リシアはアーチの縁と、魔防壁のあった場所を、瞬きもせずに見つめている。俺は鉄の蓋の奥の伝令の輪と、天井の見張りの魔石を、インスペクトで見た。
空の荷車が入ると、門柱の青がアーチの縁へ集まっていった。何の動きなのかは分からない。南門側の伝令の輪では、金色が封じのくさびの手前で消えるだけだ。門柱には届かない。空の荷車が出口を抜けると、青はゆっくり門柱へ戻っていった。
「アーチの縁も、魔防壁のあった場所も、変わりありません」
「こっちも、何も届いてません」
空の荷車は門を抜け、街の石畳の上で止まった。オットーは自分の足でもトンネルを歩き、詰め所の釘から日誌を外して脇に抱えた。出口で振り返り、リシアを見る。
「リシア、通してもいいか?」
「はい」
オットーが、大きく手を上げた。
「通っていいぞ! 北門へ回ったやつも、呼び戻してこい!」
最初に入っていったのは、角の焼け欠けた、ブルーノの荷車だった。ブルーノが柄を握り、フィンは荷台の麦袋の上にちょこんと座っている。出口を抜けたところで、フィンが荷台の上に立ち上がり、両手をぶんぶん振った。
「ありがとう! お姉ちゃん! おじさん! お兄ちゃん!」
「おじさんは俺か」
オットーが苦笑して、手を振り返した。その後、旅人や荷車が次々にトンネルへ入っていく。ヨナスが中で荷を改め、オットーが次の組を呼ぶ。荷車がトンネルに入り、しばらくして出口の明かりの中へ抜けていく。城壁の上では、南門のほうを向いた見張りの兵が立っている。
俺もリシアも、少し離れたところからそれを眺めていた。人の流れが落ち着いたころ、オットーは日誌を小脇に挟んだまま、こちらにやってきた。
「クラウス隊長への知らせだ。南門へ走る伝令に持たせる」
広げてみせた紙には、太い、読みにくい字で、四つに分けて書いてあった。
東門、開いた。子供は無事。
南門側の伝令の輪は、封じのくさびで止めたまま。見張りは続けてもらいたい。
閉じた理由は、まだ分からねえ。
魔術院が調べる。そのあいだ、見張りの交代を頼む。
「何が起きたか、何をしたか、何が分からねえか、何がほしいか。……あんたのやり方だ」
オットーは、照れくさそうに鼻を鳴らした。
「クラウス隊長に『開いた』だけ送ったら、嫌味を言われるからな」
紙を伝令に渡すと、オットーは日誌を開いて、新しい行に書き足した。南門側の伝令の輪の封じのくさびは、魔術院の者のほかは抜かないこと。封じているあいだは、南門とそのまわりを見張り、何かあれば東門へ知らせること。伝令には、四つのことを持たせること。
「俺が非番の日でも、次の当番がこれを読めば分かるようにな」
いつ、何が起き、何をしたか。それが書き残してあれば、人が替わっても続きを引き継げる。前の世界では、こういう記録をログと呼んで、何より大事に扱っていた。
トンネルの入口で、リシアが門柱の上のほうの模様に魔導針を当てていた。今度は、門の記録を読むのだという。針の先が、刻印を一つずつなぞっていく。途中で、その手が止まった。
「閉鎖。理由、危険あり。閉じる術式の出どころ、南門側の伝令の輪。処置、正常」
「……正常? これが正常なのですか?」
「門は、正しい対処だったと記憶しています。南門側から閉じる術式が届き、危険と判断して門を閉じました」
リシアは針を下ろし、トンネルの中へ目をやった。荷を積んだ荷車が一台、ごとごとと抜けていく。門は壊れていなかった。言われたとおりに閉じただけだ。しかし、どこにも危険は見つかっていない。
「誰が、何を見て、危険だと言ったんでしょうね」
「それを、調べたいんです」
リシアは、南門のほうの城壁を見た。
「南門側の魔導線の先に、何があるのか。あの金色が、どこから、なぜ来ているのか……それには、あなたの目が要ります」
それから、手帳を胸に抱え直した。
「ただ、まずは院です。王立魔術院――私の勤め先で、王都の門と塔の魔法をまとめて受け持っています。封じのくさびで止めたままで、原因も分かっていない。守備隊の見張りも、いつまでも借りてはいられません。今日のことを報告して、調査していいか判断を仰ぎます」
「俺のことも、ですか?」
「ええ……明日、宿へ伺ってもいいですか? 正式に仕事を依頼する場合、条件をお伝えしたいです」
「はい。待っています」
「そういや、あんた、身元は?」
オットーが、日誌から顔を上げた。
「身分を証明するものは、持っていないです。知り合いも、この街にはいません」
「なら、今夜の身元は俺が預かっておく」
オットーが、日誌に書き足した。俺の名前の横に、オットー預かりとでも書いたのだろう。
「おおい、あんた!」
出口の向こうから、ブルーノの声がした。荷車を止めて、街の側で待っていたらしい。
「部屋は空いてる。今夜の飯と寝床は、礼をさせてくれ! かみさんの豆の煮込みは王都一だ! おやっさんも、今日はありがとな!」
「おう。明日の晩、飲みに寄る」
オットーが、照れくさそうに手を振り返した。
「お兄ちゃん、早く!」
荷台の上で、フィンが跳ねている。
「行きます!」
手を振り返して、俺は東門をくぐった。頭の上の見張りの魔石は、なんの反応もない。出口の明かりの先で、ブルーノが柄を握り直した。フィンが、麦袋の上から手を伸ばしてくる。
「こっちだよ。麦の穂とランプの看板が目印の、麦灯り亭!」
小さな手に引っぱられて、夕方の大通りへ出た。




