第31話 六番目の椅子
その晩の麦灯り亭は、いつもより胡椒の匂いが濃かった。
ロッシュが礼にと、胡椒をひと袋届けてくれたのだ。運んできたのは、クロエだった。
「これ、ロッシュの親父から」
クロエは、袋をカウンターに置いた。ブルーノが目を丸くして、袋の口をのぞきこむ。
「こりゃ、ひと冬ぶんはあるぞ」
「じゃあ、帰る」
クロエは背を向けかけて、戸口で足を止めた。窓ぎわの卓で俺たち五人が煮込みの椀を囲んでいるのが、見えたらしい。卓には椅子が六つ並んでいて、一つだけ空いていた。
「……あんたたちの仕事って、どんな仕事?」
背中を向けたまま、クロエが言った。
卓のまわりが、一瞬静かになった。すぐに、ネネが立ち上がり、胸を張って叫んだ。
「簡単に言うと、シーサーズは正義の味方です!」
「簡単に言わない!」
言い終わるか終わらないかのうちに、リシアが隣で声を上げた。
「つまり、王都の守りに問題がないか確かめて、その対策を練る仕事なんです」
俺が言った。
「まあ、簡単に言うと正義の味方だな」
「ガルドさんまで!」
リシアが呆れ顔で言うと、ガルドは「いいじゃねか」と笑った。
クロエは、しばらく黙っていた。それから、戸口から一歩、卓のほうへ戻った。
「正義の味方か……私も、その手伝いをさせてもらえないか?」
卓の全員が、驚いて彼女を見た。
「私は、ロッシュの親父のところに世話になる前は、褒められた生き方をしていなかった。そんな私でもシーサーズに入れば、人様の役に立てるかな?」
俺は、すぐに答えた。
「立てます。昨日の追跡でも、クロエさんの鼻と足に助けられました」
リシアが、杯を置いて続けた。
「クロエさんの身のこなしは、ただ者ではないです。私から院に聞いてみます」
クロエは、少しだけ顎を引いた。
「ああ。裏道のことや潜入は任せて欲しい。多少の荒事もこなす」
「おい、突っ立ってねえで座れ。飲め」
ガルドが、空いた椅子を足で引き寄せた。クロエは、その椅子を見下ろしてから、腰を下ろした。
ネネが身を乗り出す。
「クロエさん、クロエさん。屋根の上、どうやってあんなに音を立てずに歩くんですか? 靴ですか? 足ですか? 解剖……」
「しない」
「まだ言い終わってないです!」
「言わなくていい」
クロエが、こらえきれずに吹き出した。
フィンが、水差しと杯を運んできた。一つずつ、卓に並べていく。
「一、二、三、四……」
四つ目のあと、ロガーの皿の脇に、もう一つ。
「……五……六」
六つ目の杯を、クロエの前に置く。クロエは、杯とフィンの顔を見比べた。
「……ありがと」
「どういたしまして!」
フィンは得意げに胸を張って、厨房へ駆けていった。
クロエが、笑っていた。
テッサが、胡椒の効いた煮込みを、クロエの前にも置いた。
「いらっしゃい。胡椒、たっぷり入れておきましたよ」
湯気の向こうで、クロエがスプーンを取った。
一口食べて、目を見開く。ぴんと立っていた耳が、横へふわりと緩んだ。
「……おいしい」
窓の外では、通りのランプが灯りはじめていた。




