↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
29/38

第29話 路地の追跡

 戸が開ききる前に、荷車の鼻先が突き出てきた。


 小さな荷車を引くのは、一頭のラバ。荷台には布をかぶせた小樽が八つ。手綱を握るヨルグの両脇に、男が二人しがみついている。


「クソッ! 衛兵の夜回りが表をうろついてやがる。門の脇の馬屋で、朝まで待つぞ」


 ヨルグの低い声が、路地に響いた。

 小屋の戸の脇の暗がりから、ガルドが一歩踏み出した。


「その樽、どこへ運ぶつもりだ」


 男たちの顔が、凍りついた。

 ヨルグが手綱を叩く。ラバが甲高く鳴き、荷車は表の通りではなく、裏の抜け道へ跳ねるように走りだした。


「裏へ入りました! 左です!」


 外階段の上から、俺は叫んだ。

 ガルドとリシアが、荷車を追って走りだす。ネネがレンズを構えると、真鍮の枠がぽうっと光った。人やラバの目は避け、石畳と壁だけを照らす光だ。赤い土に、車輪の跡がくっきり浮かぶ。


「荷車は、一つ目の角を右へ曲がりました」


 角の塀の上から、ロガーの声が聞こえた。

 俺はネネと外階段を駆け下りた。

 角の手前には、空の樽が積み上げてある。その陰に、荷台から飛び降りた男がしゃがんでいた。手には太い棒を握っている。

 その前を、リシアが走り抜けようとしていた。


「リシアさん、右の樽の陰! 一人います!」


 俺は力の限り叫んだがリシアは、足を止めなかった。

 走りながら腰の杖を抜く。樽の陰から男が跳び出し、振り上げた棒が、リシアの肩に振り下ろされた。

 リシアは体を、捻ってそれをかわす。呪文の詠唱のためか、口がせわしなく動いている。杖の先の青い魔石が、男の胸を向く。


「――烈風《ゲイル》!」


 路地に、風が吹き抜けた。

 赤い土埃が渦を巻き、リシアのコートの裾が大きくはためく。棒は空を切り、男は見えない手に突き飛ばされたように後ろへ飛んだ。背中から樽の山に突っこみ、空の樽が崩れ落ちて男を下敷きにした。

 リシアは振り返りもせず、土埃の中を抜けて角を曲がった。


 その先では、もう一人の男が荷台から飛び降り、ガルドに向かっていった。荷を縛る綱の先に鉄のフックをつけたものを、振り回している。

 ガルドは腰からハンマーを抜いたが、振り下ろさなかった。柄を横に構えて、振り下ろされたフックを受け止める。がつん、と鈍い音。そのまま柄をひねると、綱が絡んで、男の手からフックがもぎ取られた。


「仕事道具を、そんなふうに振り回すんじゃねえ!」


 ガルドが男の襟首をつかみ、壁に押しつけたが、荷車は、止まらなかった。

 ラバが暴れるように走り、二つ目の角へ向かう。ネネの光が、その背中を追った。


 二つ目の角は、クロエの言ったとおりだった。壁と壁の間が狭まり、車輪が石壁をこすって火花を散らす。荷車の速さが、がくんと落ちた。

 その角の先の屋根から、影が一つ落ちてきた。

 クロエだった。

 ラバの鼻先に軽く着地し、膝を深く曲げて勢いを殺す。手綱の根元をつかむと、ラバが首を振り上げる。クロエは逆らわず体ごと寄り添い、ラバの首筋に手のひらを当てて、何か低く囁いた。

 ラバの足が、止まった。


「どけ!」


 荷台の向こうで、ヨルグが怒鳴った。

 俺は角の手前で荷車の後ろに追いついた。荷台が狭い路地をふさぎ、樽の山の向こうには、ラバの頭とクロエの耳がのぞいているだけだ。

 足音が、俺の脇を駆け抜けた。リシアだった。荷台の後ろの板に足をかけて跳び上がり、積んだ樽の上に膝をつく。

 俺も荷台の縁に足をかけ、樽を縛った縄を掴み、不格好ならがら、なんとか体を引き上げた。


 ヨルグは御者台から飛び降り、ラバと壁の狭い隙間に立っていた。右手には短い刃物。クロエは両手で手綱を押さえ、ラバの鼻先から動けずにいる。


 刃が、クロエの胸元へ突き出された。その瞬間、リシアの杖が、ヨルグの右腕に向けられる。


「――雷光《ライトニング》!」


 樽の上から、雷のような細く青白い光が、一直線にヨルグの刃物に当たる。布の端がばたばたと鳴った。

 ヨルグの手から、刃物が落ちた。刃が石壁を打って火花を散らし、ラバの足もとへ滑っていく。

 ヨルグの体も、光に押されて壁へ叩きつけられた。その瞬間クロエは、ヨルグに突進した。崩れたヨルグの手首を上から掴み捻り上げる。

 ヨルグは荷車の車輪に胸を押しつけられ、腕を背中へ回された。


「騒ぐな。ラバが驚くだろ」


 クロエの声は、倉で聞いたときと同じくらい落ち着いていた。

 どこであんな動きを覚えたのか、ただの荷運びとは思えない身のこなしだ。

 クロエは、荷台の上のリシアを見上げた。


「リシアはすごいな。あんなふうに魔法を操れるなんて」

「クロエさんも、お見事でした」


 リシアは、ようやく大きく息を吐いた。杖を腰に戻し、樽の間を進んで御者台からラバの脇へ下りる。俺もそのあとに続いた。

 角の先の西門へ続く道から、灯りが揺れながら近づいてくる。槍を持った衛兵が四人。その後ろから、使いを頼んだ男の子が息を切らしてついてくる。


「呼んできた!」

「ありがとう。助かりました」


 リシアが男の子の頭を撫で、衛兵に院の札を見せた。


「王立魔術院のリシアです。ロッシュ商会の倉から盗まれた荷と、盗んだ疑いのある者たちです」


 衛兵がヨルグと男たち縄をかけた。 

 ネネは、荷車によじ登り布をめくると、ロッシュ商会の焼き印がある樽が八つ現れた。


「八つ全部あります!」


 クロエが、縄をかけられたヨルグを見下ろした。


「偽の札はどこ?」


 ヨルグは顔をそむけた。衛兵がヨルグの腰の袋を探ると、薄い銅の板が出てきた。表に何も文字はない。縁の刻印は粗く、溝の底に白い粘土がこびりついている。

 ネネがレンズを近づけて、首を横に振った。


「これは、おそらくクロエさんの札を複製したものですね」


 リシアは、その札を別の布で包んだ。

 ヨルグが、顔をそむけたまま吐き捨てた。


「獣人のくせに、札をあんな場所に掛けておくからだ……」


 縄をかけられたヨルグと男たちが、衛兵に引かれていく。

 その様子を見ながら、クロエはため息のともに言った。


「……終わった」


 俺は、クロエのそばへ歩み寄った。


「クロエさんが追ってくれなければ、樽はもう見つからなかったかもしれません」

「ナオトが、追えって言ったくれたからだ」


 クロエは、俺の目を見ずに言った。

 荷台の向こうで、ガルドがハンマーの柄の綱くずを払いながら言った。


「おい、クロエと言ったか? あの角を曲がったら道が狭いってよく知ってたな」

「毎日、通っているからな」

「……ふん。お前も職人ってやつだな」


 クロエは答えず、尾の先だけが左右に揺れた。

 塀の上から、ロガーが下りて来て、俺の肩の上に登った。

 路地の上の細い空に、星がいくつも瞬いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。