第25話 神託の答え合わせ
「これが、神託の力ですか?」
ネネが、息をのんだ。
「そうです。これで、そのまま使えたら楽なんですけどね」
リシアが、苦笑しながらはしごに手をかけた。
「同じことを尋ねても、毎回少しずつ答えが違うんです。ときどき、よく似た別の本と取り違えることもあります……神様は気まぐれなのです」
「気まぐれ、ですか」
「だから、答えはいつも、元の本で確かめます」
AIみたいなものだ、と俺は思った。便利だが、もっともらしい答えに間違いが紛れることもある。そのまま工事に使えば、壁の向こうで要る線を切りかねない。
リシアがはしごを半分ほど上り、分厚い一冊を抱えて戻ってきた。表紙の文字は擦れているが、第三巻と読める。色のあせた墨の図と鏡の図の口の並びを見比べ、リシアは頷いた。
「……今日の神様は、ご機嫌がいいみたいです。本のとおりですね」
ガルドが、鏡の図の一か所を、太い指で叩いた。保守小屋から一つ目の口へ、まっすぐ延びる道だ。
「この道は、もうねえ。二十年前に、倉を継ぎ足したときに塞いだ。今は、倉の裏を回る」
「神託はそこまでは知りません。あくまで記録庫にあることしか答えません。ここで追加しましょう」
リシアがガルドの言葉を鏡へ伝えると、まっすぐな道の上に塞いだ印がつき、その脇に、倉の裏を回る細い道が描き足された。
ガルドは、別の線にも指を置いた。中継所へ延びる枝だ。脇には、三十年前の工事の記録から写した『塔同士を直に繋いだため、この線は外す』と文字がある。
「記録じゃ、切ったことになってる。でも生きているじゃねえか?」
「消さずに、両方残しましょう」
俺は言った。
「記録ではこう書いてあって、実際は生きていたということも考えられます。実際に現地で確かめるしか無いですね」
ガルドは、城壁沿いの四角い印を指でたどって、低くうなった。
「……こんなにあったのか。今使ってる点検箱は、この半分もねえぞ」
ガルドが炭筆を取り、鏡の図の南の区画を写していく。リシアはその横で、注記を書き添えていった。塞いだ道には「閉鎖」。中継所への枝には「記録では撤去、実際は使用中だった」。輪の左右と、四角い印の古い箱や部屋には「現地で確認」。
描き上がった図を、ロガーが床から見上げていた。
ロガーは椅子を足場に机へ跳び上がり、紙の縁に沿って歩きはじめた。印の前で立ち止まっては、そこから延びる線の先を、首を伸ばして目で追う。
端から端まで歩き終えると、ロガーは机の上に座り直した。
「記録しました。必要なときは、私に聞いてください」
ネネが、目を丸くした。
「え……図も、覚えられるの?」
ガルドが、紙の一部を手のひらで覆った。
「なら、聞くぞ。南門の保守口から、北に三つ目の点検箱の、右の輪は、どこへ行く?」
ロガーは、紙から顔を上げた。窓のない壁のほうを向いたまま、答える。
「南防衛塔です。途中で、南門から来る太い魔導線と合わさります。ただ、右と左は古い手順書にそう書いてあるだけで、まだ現地では確かめていません」
ガルドが、手のひらをどけた。紙の上の線は、ロガーの言ったとおりに引いてあった。輪の脇には、リシアの字で「現地で確認」とあった。
「……うちの若いのに、見習わせてえな」
リシアが、口もとに手を当てていた。俺も、ロガーを見直していた。届いた知らせを読み上げるだけではない。複雑なネットワーク構成図を暗記できるなんて、とんでもない能力だ。
「覚えているのは、この紙の図です。現地が違っていたら、教えてください。覚え直します」
ロガーは、少しだけ首をかしげた。




