第24話 神託の力
二日後の朝、院の二階の広い部屋の長い机に、大きな図面が一枚広げてあった。
ガルドが保守小屋の壁から外して、巻いて持ってきたものだ。王都を囲む城壁と四つの門、四つの塔。その下を網の目のように通る点検通路と、道に寄り添う赤い墨の線。赤い線が、魔導線だ。
俺は、図面の四隅を本で押さえた。リシアとネネとガルドが机を囲み、ロガーは椅子から机の端へ跳び上がった。
「始める前に、院からの知らせです」
リシアが、書類入れから一枚の紙を出した。
「北と南と西の門にも、昨夜までに見分ける魔石を設置しました。四つの門の通常用と予備、八台の点検具には、許可の刻印を入れてあります。今のところ異常ありません」
「二日で、残りの三つか。魔導院も、うちの職人も、よく動いたな」
ガルドが、満足そうに髭をしごいた。
これで、四つの門はどれも、聖印だけでは閉じられない。けれど、城壁沿いの古い箱や部屋、街の内側や城の下の設備は、まだ誰も確かめていない。
「最初の仕事は、この図面を今の状態にします」
俺は、図面の南の城壁を指でなぞった。
「東門を閉じていた魔石は、ガルドさんの図面では、もう使っていないはずの点検箱につながっていました」
前の世界にも、似た図があった。機械と線のつながりを描いた、ネットワーク構成図だ。
「手分けしましょう。南は私たちで、北と東と西は、院の点検の係とガルドさんのところの職人たちに」
「職人どもには、俺から言っとく」
ガルドは頷いてから、図面の赤い線を太い指でなぞった。
「……だがな。この図面は、俺が引き継いでから描き足してきたもんだ。前の親方の時代の工事は、半分も載ってねえ。古い図や工事の控えは、院の書庫のどこかに埋もれてるはずだが、手で探したら何日かかるか分からねえぞ」
リシアが、少しだけ胸を張った。
「いい案があります。神託を使いましょう」
「神託?」
ガルドの眉が、ぐっと上がった。
「ありゃ、院のお偉いさんが使うもんだろう……よく許可が下りたな」
「それだけ、院も本気なんです」
首をかしげた俺に、リシアは「見てもらったほうが早いです」と言って、図面を片手に部屋を出た。
院の書庫は、試験室の上の階にあった。
扉を開けると、天井まで届く棚に、本と巻物と紙の束がぎっしり詰まっている。はしごが二本、棚に立てかけてあった。
奥の、窓のない一角だけ、棚がなかった。
そこに、鏡が据えてあった。人の背丈ほどの、楕円の鏡だ。石の台に立てられ、鈍い銀色の面には何も映っていない。
インスペクトで見ると、楕円の鏡から床へ、幾筋もの青い流れが走っていた。
「これが、神託です」
リシアが言った。
「床の下の大きな術式が、院の記録庫とつながっています。尋ねたことに関係する箇所を、本や記録から探してくれるんです」
「ここでしか使えねえのか」
「ええ。それに、ここの本に書いてあることしか知りません。実際にどうなっているかは分かりません」
ガルドが、鏡の前で腕を組んだ。
「鏡が記録庫の本を読んでくれるのか?」
「そうです。ガルドさんの頭の中までは、読めませんけど」
「読まれてたまるか」
ロガーは鏡の台座にある、石板をじっと見つめていた。
「中継所の石板に似ているますね」
「同じく魔導の力で、情報を得るものだからなのか?」
俺が言うと、ロガーは石板から目を上げた。
リシアは図面を鏡の前の読書机に広げ、横にガルドの工事の控えを並べた。それから、鏡の台に片手を置いた。
「外壁沿いの見回り口と魔導線について。この図面と控えに、書庫にある古い図面と工事の記録を突き合わせて、一枚の図にまとめてください。古い記録にしかない魔導線も、忘れずに追加してください」
鏡の面が、水のように揺れた。
しばらくして、銀色の奥に図が浮かび上がった。王都をぐるりと囲む城壁の線。その根元に見回り口の印がいくつも並び、ルドの図面にない四角い印も点々と散らばっている。
古い記録にある、点検箱や点検室の印だ。線の脇には、出どころが小さく添えてあった。
四十一年前の保守手順書と、三十年前の塔と塔を直に繋いだ工事の記録だった。




