第22話 仕事部屋
「何が要る、ですか?」
すぐには答えられなかった。
窓の外で、噴水の水音がしている。院長は杖に両手を重ねたまま、黙って待っていた。
「……最新の図面が必要です」
俺は、地図の上の王都を見た。
「東門を閉じていた魔石は、職人の見回りの道にある点検箱で見つかりました。同じような点検箱が、ほかの門にもあるかもしれない。何がつながっているのか、一つずつ見て回りたい。それには、道とつながる先を知ってる人が要ります」
ガルドが、組んでいた腕をほどいて、ふんと鼻を鳴らす。
「それから、見たものが何なのかを判断できる人。試したいとき、試せる場所と手先の器用な人、あとは、それらを記録する人です」
言いながら、隣を見た。リシア、ネネ、ガルド、踏み台の上にロガーがいる。
院長は、しばらく俺たちの顔を見て、頷いた。
「よし。では、その仕事をする場所を、院の中に作ろう」
リシアが、小さく息をのんだ。
「東門のように、門や設備が誰かの手でおかしくされていないか調べる。見つけたら止めて元へ戻し、同じことが起きないようにして、結果を院へ伝える。君たち五人に、それを任せたい。今回限りの手伝いではなく、院の仕事としてじゃ。院の中の話は、わしがつける」
院長は机へ戻り、紙を一枚出してペンを取った。
「ナオト君。君は協力者ではなく、院に雇われる者になる。札は作り直させよう」
「はい。ありがとうございます」
声が少しかすれた。
「リシア。門の点検は代わりの者を探す。君には、この仕事を任せたい」
「はい。お任せください」
リシアは背筋を伸ばして答えた。膝の上の手が、ぎゅっと握られていた。
「ネネ君。試験室の模型は、今までどおり好きに使ってよい。治癒の魔石の話は、あとでじっくり聞かせてもらうぞ」
「本当ですか!? あの、回収した魔石を入れてある棚の鍵も、私が持っていいですか?」
「棚の鍵は、リシアが持つこと。魔石が入っておるうちは、特にじゃ」
「……はい」
しゅんとしたネネを見て、院長の口元が少し緩んだ。
「試したくなる気持ちは分かる。じゃが、鍵は渡さん」
「ガルド殿は、院の者ではないが」
「王都の設備は、俺の持ち場だ。持ち場を離れる気はねえ」
ガルドは、院長の言葉を待たずに言った。
「職人どもの頭は続ける。そのうえで、こいつらが地下や箱を見たいってんなら、俺が手を貸す。それでいいか?」
「それを頼みたかった。保守班の頭のまま、力を貸してくれ。職人の手を借りる分の礼は、院から出す」
「礼は、職人の飯代に回せ」
最後に、院長は踏み台の上を見た。
「ロガー君。わしは、君のことをまだよく知らん……君は、どうしたい?」
ロガーは、背筋をすっと伸ばした。
「今は、この人たちと一緒に居たいです」
院長は、ペンを置いた。
「では、五人で」
それから、机の脇の小箱から小さな革の袋を一つ取り出して、机に置いた。中で、金貨が小さく触れ合う音がした。
「これは東門の褒美じゃ。子供を救い、門を開けて通れるように戻した礼として、一度だけ出す。仕事の費用は別に、毎月院から出す。道具を買うのも人を雇うのも、そこからじゃ。使い道は、あとで書いて見せてもらうぞ」
ネネは、革袋から目を離せずにいた。ガルドは、ちらりと見ただけで鼻を鳴らした。
リシアが袋を両手で受け取り、膝に置いた。思ったより軽く、指先に小さな重みが残る。
「それと、仕事には部屋も要るじゃろう。ここは見てのとおり、わし一人でも狭い」
院長が差し出したのは、真鍮の鍵だった。
「二階の東の端の部屋が、空いておる」
リシアが鍵を受け取り、院長は扉まで俺たちを見送った。
「何か困ったことがあれば、ここへ来なさい。焼き菓子もあるぞ」
ネネが振り返って小卓の菓子入れを見たが、リシアに袖を引かれて、廊下へ引きずり出された。
階段を降り、二階の東の端の扉を開けると、ネネが「わあ」と声を上げた。声が天井に跳ね返り、もう一度聞こえた。
部屋は広かった。麦灯り亭の食堂が、そのまま入りそうだ。大きな窓が三つ並び、午後の日が床の板に四角く落ちている。真ん中に長い机が一つ。壁ぎわには空っぽの棚がずらりと並び、奥には火の入っていない暖炉があった。
ネネが棚から棚へ小走りに見て回る。
「棚、全部空っぽ! 何を置こう。模型の予備と、魔導線の束と、レンズの台と……」
「院の備品を勝手に持ちこむんじゃありません」
「持ちこむのは、私物です!」
「なおさら駄目です。許可をもらってからにしなさい」
ガルドは部屋の真ん中で、天井を見上げていた。
「……天井が高すぎる。落ち着かねえ」
「地下より、ずっと明るいのに?」
「明るいから落ち着かねえんだ」
ロガーは長い机の端に跳び上がり、端から端まで歩いてみせた。途中で、並んだ椅子を数えるように眺めた。
「椅子が十二もあります」
「多いな」
ロガーは机の端に座り、耳を窓の光のほうへ向けた。
俺は窓から広場を見下ろした。子供たちが噴水の水をかけ合っている。
ここが仕事場になる。自分の机がある。ひと月前には字もろくに書けなかったのに、ありがたいことだった。
「リシアさん。この部屋、ずっと使ってなかったんですよね?」
「ええ。私も、入ったのは初めてです」
リシアは革袋を抱えたまま、部屋を見回している。
「ここで仕事の話はできます。でも、今日は……」
「今日は、麦灯り亭だな」
ガルドが先に言った。
「祝い酒を、こんな天井の高え部屋で飲めるか!」
「急げー!」
ネネが両手を上げ叫びながら部屋を出て行き、ロガーが床へ飛び降りて後を追った。
皆が部屋を出た後、リシアが鍵を回して扉を閉めた。
*
東門が開いたという知らせが北の高原へ届いたのは、それから六日後のことだった。
石造りの工房には、朝から炉の熱がこもっていた。窓の外では、初雪の前の乾いた風が谷へ吹き下ろしている。旅の埃にまみれた連絡役が、戸口で帽子を握っている。
作業台の前で、銀白の髪の若い男が届いたばかりの紙を読んでいた。その横顔は、人形のように美しかった。銀白の髪は肩に落ち、透けるような白い肌に、灰紫の目が静かに光っている。紙をめくる指の動きまで、精巧に組まれた細工のように整っていた。
「封じのくさびを抜いて、門を元に戻したようです。それと、魔石も持っていかれたようです」
「そう……思ったより、早かったね」
男は紙を折りたたみ、炉に投げ入れた。灰紫の目は、少しも揺れていなかった。
「北へ出る荷が、何日か止まった。それで十分……ではないな。この攻撃は、もう使えない」
男は机の上の小皿を、連絡役のほうへ押しやった。蜂蜜で固めた木の実の菓子が、いくつか並んでいる。
「長い道を、ご苦労さま。一つどうぞ」
「は、はい」
「港へ回した荷は?」
「予定どおりに、動いています」
「なら、そちらは続けてください」
男は、もう次の紙に目を落としていた。




