第19話 院長オズワルド
東門から王立魔術院までは、噴水の広場を抜ければすぐだった。
リシアは報告に、俺たちは付き添いに行くつもりだった。ところが、青い屋根の玄関をくぐると、灰色のローブの男に呼び止められた。
「リシア殿。院長がお待ちです。東門の件で、関わった方を全員、と」
「全員、ですか?」
「朝に届けられた報告書を読まれて、そうおっしゃいました」
男の目が、俺とネネとガルドを順に見て、最後に俺の足もとのロガーで止まった。何か言いかけて、やめる。
ガルドが前掛けの土を払った。
「院の偉いさんに会うなら、先に言え。着替えてくるんだった」
「着替え、持ってるんですか?」
「持ってねえ」
ネネが吹き出しかけて、口を押さえた。
院長室は、三階の廊下の突き当たりにあった。
扉を開けると、古い紙と茶の匂いがした。思ったより狭い。正面の奥に窓があり、その手前に大きな執務机が一つ。左右の壁は本棚で埋まり、図面や紙束が詰めこまれている。入って右手、窓の脇の壁にだけ棚がなく、大きな地図が一枚掛かっていた。窓の外には噴水の広場が見える。
机の向こうで、小柄な老人が立ち上がった。前の世界でいう、後期高齢者に当たる年代に見える。
白髪に寝癖が残り、短い白い顎髭を生やしている。着古した、仕立てのいい青の法衣。手にした杖の先には、小さな青い魔石がはまっていた。
「おお、来たか来たか。院長のオズワルドじゃ。長い挨拶は、わしが途中で忘れるからいらぬ」
リシアが口を開きかけて閉じた。挨拶を用意してきたらしい。
「座ってくれ……と言いたいが、椅子が二つしかないのう」
ガルドが黙って壁際へ行き、予備の椅子を二脚、片手に一脚ずつ提げて戻ってくる。
「おお、助かる。ガルド殿じゃな? 保守班の頭の」
「そうだ」
「その強面でわかったぞい……いや、冗談じゃ。リシアの報告書に書いてあった」
四脚並べて、ようやく四人が座れた。院長は俺の足もとのロガーを見て、わずかに目を丸くする。
「さて、君は……そこの踏み台でよければ、どうじゃ? わしの椅子より見晴らしはいいぞ」
「はい。高いほうが、皆さんの顔が見えます」
ネネが本棚の下の木の踏み台を机の横へ引き寄せた。地図への通り道はふさがない位置だ。ロガーがそこへ跳び上がると、院長は満足そうに頷いた。
「リシアの報告書で読んだ。中継所で、記録係していたそうじゃな」
「ロガーです。今はナオトさんたちに同行しています」
「仲間ができたか。それはいい」
院長は椅子に腰を下ろし、扉の脇の小卓の菓子入れを顎で示した。
「菓子もある。焼き菓子じゃが、わしの歯でも食える上物だ……ネネ君、目が行っとるぞ」
「い、行ってません!」
ネネが背筋を伸ばし、ガルドが髭の奥で笑いをこらえた。
院長は笑ったまま、報告書に指を置いた。次に、俺へ目を向けた。
「ナオト・ミヤモト君。ミヤモトとは、ずいぶん変わった名じゃな。リシアの報告にあった、インスペクト? 魔力や力の流れが見えるとは、面白いのう」
「見えるだけです。魔法は使えません」
「見えることと、魔法を使うことは別じゃからな……そのうち、他のものも見えるようになるかもしれんのう」
「他のもの?」
「いや、なんでもない」
院長はひらりと手を振った。もう一度聞こうとしたが、その指はもう報告書の上に戻っていた。院長の声の調子が変わった。
「書いてあることは分かった。お前さんたちの感想を聞きたい。あの門を閉じていたのは、あの魔石一つかね?」
「今分かっている範囲では、そうです」
リシアが答えた。
「接続箱で、青い魔石から閉じる術式が出ているのを、ナオトさんが見ました。外すと、東門へ行く金色は止まりました。ロガーの記録でも、閉じる術式はそのころに途切れています」
「魔石から出ていたのは、見たことかね?」
院長が、俺のほうを向いた。
「インスペクトで見ました。魔石から金色が出て、東門へ行く魔導線へ入るのを。魔石を外したから、止まったと思います」
「ロガー君の記録は?」
「中継所に届いた時刻の記録と、ナオトさんの証言は一致しています」
「あい、分かった。試験室の模型で、実証した結果は?」
「同じです。閉じる術式が十の間隔で送られ、門が閉じます」
ネネが、膝の上で手を握りしめた。院長が、ネネを見る。
「君が、つないだのかね?」
「はい。魔導線は、私が組みました。部屋の外へは、一本も出していません」
「問題の魔石が繋がれていた、箱の場所を知っていたのは?」
「俺だ」
ガルドが、椅子の上で腕を組んだ。
「使わなくなった検査用の箱だ。俺が案内して、俺が開けた。外したことは控えと小屋の図に書き足してある」
「東門は?」
「今日の昼に、封じのくさびを外しました。インスペクトでも異常は発見されなかった。現在は、問題なく通行できています」
今度は俺が答えた。
院長は、ひとりずつ顔を見て、ふっと息を吐いた。
「東門がいつも通りに戻った。まずは、それが一番の知らせじゃ……ありがとう。五人とも」
小さく頭を下げられて、リシアが慌てて姿勢を正した。
「じゃが、呼んだのは礼を言うためだけではない」




