第18話 オールグリーン
昼の鐘から少し経ったころ、東門の前には、また縄が張られていた。
あの日とは違って、門の前は静かだった。荷車の御者たちは縄の外で煙管をふかし、「今日は何だ?」「直すんだとよ」と言い合いながら、門を眺めている。トンネルの向こうには、昼の明るい街道が見えていた。
詰め所の前で、オットーが日誌を小脇に抱えて待っていた。城壁沿いの道では、クラウス隊長が馬を降りたところだった。城壁の上には、今も南を向いた見張りの兵が立っている。
「塔は、いつでも動けるそうだ。中も空にした。門番も、二人とも外だ」
オットーが言った。最後の荷車を通したあと、門番がトンネルの両側を見て回り、魔防壁の下りる場所の外へ戻ったのを、俺も見届けていた。
「赤が上がったら、中止だ。見張りは、確認が済むまで下げん」
「お願いします」
クラウス隊長に答えて、リシアは城壁の根元の鉄の蓋の前にしゃがんだ。
鍵を回すと、あの日と同じ、ぎい、という音がした。石の洞の奥に、青銅の伝令の輪が三つ。「南」の輪には、銀の封じのくさびが差さったままだ。
ネネが道具袋から、布にくるんだ見分ける魔石を一つ取り出した。三つの輪をくぐった流れが蓋の隙間へ抜けていく、その手前に、留め金で据える。
これで、どの輪から届く点検具の術式も、許可の刻印がなければ通らない。塔からの操作と、天井の見張りの魔石は、これまでどおりだ。
俺は隣にしゃがみ、インスペクトで輪を見た。北の輪から来た淡い光が、見分ける魔石をくぐっていく。南の魔導線から来る光は、くさびの手前で止まっていた。金色は、来ない。
「北は通っています。南からも、淡い光だけです」
リシアが頷き、封じのくさびをゆっくりと引き抜いた。
南の淡い光が、今度は止まらずに輪をくぐり、見分ける魔石を抜けていく。門柱の青は、石の内側を細く巡るだけだ。しばらく待っても、入口にも出口にも、壁は下りなかった。
「金色の術式は、来てません」
リシアは抜いたくさびを握ったまま、ネネから点検具を受け取った。短い魔導線を、点検口の中のつなぎ口へ留める。
「閉めます!」
リシアはトンネルの向こうへ声を張り、点検具から『危険』を送った。
金色が、見分ける魔石を一度ふくらませてから、蓋の隙間を抜けて門柱へ入っていく。アーチの縁が光り、入口と出口へ、透明な壁が音もなく下りた。向こう側の空が、水の底を見たように、かすかに揺れる。
「正常に閉じました。次は開けます!」
点検具の縁が返事を光らせるのを待って、リシアが『安全』を送った。二枚の壁が薄れていく。
「出口側、開きました!」
トンネルの向こうで、門番が大声で叫んだ。
「……いつもの開け方で、開きましたね」
リシアは握っていたくさびを、ようやく布に包んで腰の袋へしまった。それから魔導針を取り出し、天井の見張りの魔石や門柱を確かめていく。
「見張りの魔石にも、異常はありません」
「通行を戻せ。しばらくは、いつもより間を空けて通す」
クラウス隊長が言い、ガルドが鉄の蓋を閉じて鍵を確かめた。
「こっちも、よしだ」
縄が外された。先頭の御者が、俺たちの顔を順に見た。
「もう、行っていいかい?」
「おう。ゆっくり頼む」
オットーに促され、御者が手綱を動かす。馬がトンネルの影へ入り、樽を積んだ荷車が続いた。車軸がきしみ、石の天井にひづめの音が響く。
俺は、最後の車輪まで見送った。荷車は出口の日差しの中へ抜け、何も下りてはこなかった。御者が片手を上げ、そのまま街道を進んでいく。
「荷車が、街道へ抜けました」
いつの間にか城壁の上へ登っていたロガーが、そこから言った。
リシアが、長い息を吐いた。
「……やっと、門が門に戻りました」
「人が通るのを見て、やっと戻った気がしますね」
俺は、前の世界でネットワーク障害から復旧したときのことを思い出した。現場から「オールグリーン」の連絡が来て、ようやく胸のつかえが取れた。あのときと同じ気分だった。
「ご苦労だった。魔石の調べは、まだ続くな?」
「はい。まずは、院へ報告します」
リシアが答えると、クラウス隊長は短く頷き、門番たちのほうへ歩いていった。
「ナオト。行くぞ」
ガルドに呼ばれ、俺は顔を上げた。ネネが道具袋を抱え直し、ロガーが城壁から下りてくる。
五人で院へ向かう通りへ出ると、背中のほうで、次の荷車が門をくぐる音がした。




