第17話 脆弱性対策
翌朝、院の地下へ下りると、試験室の戸が開いていた。
石壁の灯りの下で、ネネが作業台に頬を寄せている。小さな門の向こうから、片目だけがこちらを見た。
「ガルドさん、おはようございます。」
「お前が、中にいるように見えるぞ」
ガルドに言われ、ネネが顔を引っ込めた。ロガーは戸口に立ったまま、窓のない部屋を見回していた。
壁ぎわには、石や金具を収めた棚。中央の作業台には、腕ほどの長さの石のトンネルが載っている。入口と出口に小さな門柱があり、脇の鉄の蓋は、爪で起こせそうな大きさだった。
「これは、東門を小さくしたものですか?」
「ああ。ここなら、誰も閉じ込めずに試せる」
俺が丸椅子を引くと、ロガーはそこへ跳び乗った。耳の光が、模型のアーチの下へ淡く映った。
「魔石が見つかった接続箱は、来る前に見てきた。鍵も掛け直してある」
ガルドの報告に、リシアが頷いた。腰の鍵を取り、棚の扉を開く。黒い袋から出した青い魔石を、畳んだ布の上へ置いた。
昨日、接続箱の中にあった魔石だ。先に試した緑の治癒の魔石は、札を付けたまま、別の引き出しにしまってある。
青い魔石の表面は滑らかで、この魔石から閉じる術式が送られていたと言われても、普通に眺めるだけでは分からない。
ネネがレンズを持ちかけて、ナオトを見た。
「今日はどうしますか?」
「今日は、見つけたままの魔石が何をするかを確かめよう」
「はい。どんな動きになるか楽しみですね……」
ネネが不気味な笑顔を見せて、模型から出た魔導線を持ち上げ、作業台の上で端までたどってみせた。
「空けてある口に、回収した魔石をつなぎます。部屋の外へはつながってないです」
「まず、いつもの点検具からですね」
リシアが点検具の目印を「東門」に合わせ、『危険』を送った。
金色が魔導線を走り、模型の入口と出口が薄い光で塞がる。返事の光を待って『安全』。二枚とも消え、向こう側のガルドの髭が、アーチの下から見えた。
「この壁は、触っても平気です。光だけですから」
リシアがロガーに説明した。ロガーは前足を椅子の縁に揃えたまま、開いた模型を眺めている。
「本物は、ここを人が通るんですね」
「荷車もな。お前なら、この模型でも通れそうだ」
ガルドが言うと、ロガーは自分の肩と、模型の入口を見比べた。
ネネが、細い魔導線の先を、発見した青い魔石の留め具へつなぎ、もう一方を、模型側の口へ留めた。
「青い魔石つなぎました」
俺はインスペクトで魔石を見た。誰も触れていない魔石から、魔導線へ金色の一筋が流れ出た。
「金色の流れが来ました!」
二枚の光の壁が、同時に下りた。
ロガーが耳を立てた。ガルドは、魔石へ視線を移す。
「こいつは、本当に術式を勝手に送るのか!」
リシアが銀の魔導針を模型の門柱へ当てた。
「閉鎖。理由は、門の中に危険あり」
俺は金色が通り過ぎた魔導線から、点検具へ目を戻した。
「点検具で開けてみてください。次が来るまでに」
リシアが、点検具で『安全』を送る。模型の入口が透け、出口の光も消えた。
青の魔石の奥では、徐々に明るさが増している。
七、八、九――。
「また来ます」
俺がそう言うと同時に、開いたばかりのアーチが光に塞がれた。
リシアの指が、点検具の上で止まった。
「……開けても、すぐに次を送られていたんですね」
門柱へ魔力を注いでいた、あの日の横顔を思い出した。開けようとするそばから、閉じる術式が届く。長く繰り返されれば、壁には魔力まで溜まっていく。
「ネネ、原因は分かった」
「はい」
ネネが留め具を緩め、魔石につながる魔導線を模型の口から抜いた。先端を布の上へ置き、模型から離す。
光の壁は、まだ残っていた。
ガルドが、顎をしゃくる。
「外しただけじゃ、開かねえんだな」
「閉じた壁は、開ける必要があります」
リシアが、もう一度、点検具から『安全』を送った。
入口と出口の光が薄れ、今度は、そのまま消えた。
十を過ぎ、二十を過ぎる。三十まで数えても、アーチの向こうは見えたままだった。
「閉じ直しませんね。やはり、この魔石から術式が送られていいます」
ネネが、開いた門をのぞきこむ。今度は顔を詰めず、指先で石畳を軽く撫でた。
ロガーが、口を開いた。
「中継所にも、絶え間なく、同じ間をおいて届いていました。それが昨日、皆さんが魔石を外したころに途切れていました」
ロガーの記録と、俺達の行動も一致している。
「一度つなげば、あとは放っておけるんだな?」
「蓄えた魔力が尽きるか、誰かが外すまでですね」
リシアが答え、ガルドが腕を組んだ。
職人の通る道で、点検具を使い続ける必要がない。箱を閉じてしまえば、中で何が起きているかも見えない。
「置いた人も、作った人も、まだ分かりません。でも原因は分かりました」
言いながら、俺は模型の門柱を見ていた。でも、同じような魔石を、誰かが別の口につないだら。原因が分かったが、脆弱性は残されたままだ。
「リシアさん。聖印だけじゃなくて、発信元の魔石も、門の側で確かめられませんか?」
リシアが、点検具を持ったまま、俺の方を見て動きを止めた。
「聖印のほかに、もう一つ、正しい発信元なのか、確かめる仕組みが欲しい」
「刻印を、一つ足せばいいんですよ!」
ネネが、作業台に両手をついて身を乗り出した。
「院で確かめた点検具の魔石に、決まった形の刻印を入れるんです。門の側には、その刻印を見分ける、小さな魔石を置くんです。『見分ける魔石』です。刻印のないものは、見分ける魔石のところで止まるす」
リシアは、模型と点検具をしばらく見比べていた。
「分かりました。その案を院に報告します。ネネは、模型で実験を始めてください」
ネネは棚から親指の先ほどの魔石を一つ取り出し、レンズの下で細い流れを当てて、許可の刻印を入れた。それから、リシアが差し出した点検具の真鍮の枠を開け、中の魔石に、同じ形の刻印を入れる。東門の点検に使う一台だ。
見分ける魔石は、模型の門柱へ入る口の手前に据えた。
「まず、刻印のある魔石から」
リシアが『危険』を送った。金色が見分ける魔石の中で一度だけふくらみ、そのまま門柱へ抜けていく。模型の入口と出口が、光で塞がった。『安全』を送ると、二枚とも消えた。
次に、ネネが引き出しから、「試験用・閉じる術式」の札を付けた緑の治癒の魔石を出した。魔導線でつなぎ、閉じる術式の刻印を足したところに指を当てる。
金色が走った。そして、見分ける魔石の手前で、ふっと消えた。
東門の封じのくさびで見たのと、よく似た止まり方だった。模型の門は、開いたままだ。
最後に、リシアが青い魔石を布ごと取り出した。ネネが魔導線を短くつなぐ。魔石の奥が明るくなり、金色が流れ出て――見分ける魔石の前で消えた。
十数えるのを待たずに、ネネが魔導線を抜いた。
「刻印がないものは通りません。治癒の魔石も、この魔石も」
ネネが、ほうっと息を吐いた。
リシアは頷いて、試験の結果と午後の段取りを短く書き、院の使いに託した。東門と東防衛塔、クラウス隊長。それに、見回りの知らせを送る南門側にも。
院の道具係には、北と南から東門へ知らせを送る当番の点検具を、昼までに試験室へ集めてもらう。ネネがそれぞれの点検具の魔石を確かめて同じ刻印を入れ、見分ける魔石を三つ作る。北の輪と南の輪、それに門柱へ直につなぐ銅の鋲の分だ。塔からの輪と、天井の見張りの魔石には、手を付けない。
東門で、輪を三つとも止めかけたあの日を思えば、塔と見張りの魔石を残すのは当然だった。
ガルドは作業台の下へ置いていた道具袋を担いだ。
「向こうじゃ、小せえ門を覗くだけってわけにゃいかねえ。通す奴らを待たせるなら、支度は揃えとくぞ」
ロガーが丸椅子から下り、俺の横へ来た。
「本物の東門を、見に行ってもいいですか?」
「もちろん。一緒に確かめよう」
ロガーの耳が、少し前へ傾いた。
ネネは、当番の点検具が届くまで、試験室に残ることになった。
「お昼は、ここで食べます! 刻印を調整しながら」
「……持ってきてやる。作業するのは、食ってからにしろ」
ガルドが、ため息まじりに言った。
地下の階段を上がると、外の明るさに目が細くなった。




