↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
16/38

第16話 夕飯

 南門の保守小屋の前まで戻ると、リシアが足を止めた。


「私は、先に院へ寄ります。この魔石を試験室の、鍵のかかる棚へ入れて、ロガーの同行のことも確かめてきます」


 腰の黒い袋に、手を添えたまま言う。接続箱から青い魔石を外してから、袋は一度もリシアの腰を離れていなかった。


「それから、東防衛塔と守備隊と、オットーさんへ使いを出します。明日の朝、試験室で、この魔石を確かめ結果がはっきりしたら、午後、東門の封じのくさびを外したい、と」

「結果がはっきりしなかったら?」

「そのときは、くさびは外しません。使いにも、そう書きます」


 ガルドが、髭をしごいた。


「俺は、トビに小屋のことを言いつけてから行く……宿は、麦灯り亭だったな?」

「宿に来るんですか?」

「腹が減った」


 それだけ言って、ガルドは小屋へ入っていった。

 灯りのともりはじめた通りを抜けるあいだ、ロガーは俺とネネの足もとを、遅れずについてきた。

 荷車の車輪の音がすると、耳がそちらへくるりと向く。パン屋の窯の匂いがすると、鼻先が少しだけ上がる。すれ違った子供が、目を丸くして振り返った。


「ロガーちゃん、疲れてない? 抱っこする?」

「歩けます。あまり歩いたことがないので、自分の足で歩きたいんです」


 麦灯り亭に着いたのは、夜の鐘の少し前だった。

 戸を開けると、酒場の声がどっとあふれてきた。ロガーの耳が、ぴくりと動いて音のほうへ向く。


「ロガーちゃん、どうしたの?」


 ネネが、心配そうに覗き込む。


「……こんなに多くの人を見るのは初めてです」


 盆を抱えたフィンが、ぴたりと足を止めた。


「……ねこが、しゃべった」

「ロガーだ。一緒に調べてる仲間だよ」


 俺が言うと、ロガーがフィンを見上げた。


「ロガーです。こんばんは」

「こ、こんばんは……」


 厨房の窓から、テッサが目を丸くしてのぞいていた。その目が、ロガーの四本の足から、淡く光る耳へ移る。


「獣人のお客さんは来るけど……この子は、ずいぶん違うのね」

「ロガーです。お邪魔します」


 丁寧に頭を下げられて、テッサはもう一度目を丸くした。カウンターの向こうで、ブルーノが樽の栓をひねる手を止めている。


「こりゃ驚いた……よく来たな。ゆっくりしていけ」


 ブルーノが笑うと、テッサもつられて笑った。

 いつもの窓ぎわの卓に、四人が座った。

 俺とネネが座ったところで、戸口からガルドが入ってきた。卓を見るなり、隣の卓から椅子を一脚引いてきて、卓の角に据える。

 ロガーだけが、床の上から卓を見上げていた。


「……私の席は、どこですか?」

「ここだ」


 ガルドが、据えたばかりの椅子の背を、ぽんと叩いた。壁ぎわの長椅子から座布団を二枚取ってきて、座面に重ねる。

 ロガーが、床から椅子へ軽く跳び上がった。重ねた座布団の上に座ると、卓の縁から、ちょうど顔と前足が出た。


 フィンが、水差しと杯を運んできた。真剣な顔で、一つずつ卓に並べていく。


「一、二、三、四……」


 四つ目を置いたところで、フィンの手が止まった。ロガーと杯を見比べて、厨房へ駆けていく。

 戻ってきたときには、浅い皿を両手で持っていた。水を張って、ロガーの前にそっと置く。


「……五」


 ロガーは、フィンと皿を見比べて、小さく頭を下げた。


「ありがとうございます」


 フィンは照れくさそうに笑って、厨房へ駆けていった。

 豆の煮込みが運ばれてきたころ、戸口にリシアの姿が見えた。息が少し上がっている。腰の黒い袋は、もうなかった。


「魔石は、試験室の棚に入れて、鍵をかけてきました。鍵は、私が持っています」


 リシアは椅子に腰を下ろして、ようやく肩の力を抜いた。それから、ロガーのほうを向いた。


「ロガーのことも、院で確かめてきました。今回の調査に同行してかまわない、と了承をもらえました」

「では、明日から一緒に行けるんですね」


 ロガーの耳が、少し前へ傾いた。


「塔と守備隊とオットーさんにも、使いを出しました。東防衛塔は、明日の午後に対応可能とのことです」


 テッサが、リシアとロガーの前に皿を置いた。


「お連れさんが増えましたね。お泊まりは、どうなさいます? 上の部屋が、一つ空いてますけど」


 ロガーが、俺を見た。


「ロガーが決めていいよ」


 ロガーは少し考えてから、テッサを見上げた。


「……今夜は、ここにいたいです」

「今夜の分は、私が払います」


 リシアが言うと、テッサは「では、今夜の分だけ」と笑って、厨房へ戻っていった。

 リシアは湯気の立つ椀を両手で包んで、長い息を吐いた。それから、卓を見回した。ネネが煮込みに息を吹きかけ、ガルドは黙って杯を傾け、ロガーは座布団の上で、耳を厨房の音のほうへ向けている。


「……やっと、座れました」

「お疲れさまでした。あの魔石から来る術式は止まったと思います」

「ええ。今日は、それで十分です」


 リシアの口もとが、少しだけゆるんだ。

 ガルドは黙ってパンの塊を切り分け、いちばん柔らかいところを小さくちぎって、ロガーの鉢の脇に置いた。

 ロガーはそれを前足で引き寄せ、少し眺めてから、小さくかじった。


「……やわらかいです」

「当たり前だ。うちのパンだぞ」


 ブルーノが、カウンターの向こうで得意そうに鼻をこすった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。