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第11話 図面にはない道

「ナオトさん、おはようございます! 今日も目の調子、いいですか?」


 東門へ向かう坂道で、ネネが俺の腕にぶら下がるようにくっついてきた。


「……いいけど、なんで腕に?」

「近くにいたいので。ナオトさんの隣にいると、面白いことが起きるって分かったんです。あ。先輩も、くっつくんですか?」

「そんなことしません」


 後ろを歩いていたリシアが、何も言わずに足を速めた。半刻ほど歩くと東門が見えてきた。

 東門の詰め所の前で、オットーが腕を組んでいた。


「よう、手紙読んだぜ。ガルドの親方なら、南門の保守小屋だ。案内してやる。あいつは、知らねえ顔が来ると口もきかねえからな」


 城壁の内側に沿って、細い道が南へ延びていた。

 左手には、見上げるほど高い城壁。右手には、家々の裏口と、干された洗濯物。城壁の上には、今も南を向いた見張りの兵が、ところどころに立っていた。

 歩きながら城壁に目を凝らしても、浮かんでくるのは、石の奥に沈んだぼんやりした灰色の重さだけだ。

 隣を歩いていたリシアが、城壁を見上げて尋ねた。


「あの金色が来てた魔導線、見えますか?」

「ここからじゃ無理です。石が厚すぎて」


 ネネが、城壁に耳を当てた。


「……何も聞こえませんね」

「それは、そうでしょうね」


 リシアが、少しだけ笑った。

 やがて、南門が見えてきた。東門と同じ、城壁をくり抜いた大きなトンネル。その向こうに、東防衛塔とよく似た円い塔の、南防衛塔が建っている。

 トンネルの口の日陰で、クラウス隊長が、兵の報告を受けていた。


「東門への白旗は、半刻ごとに送っています。南の見張りの交代も、済みました」

「昼までに、今朝の組を下げろ。代わりは休ませた者から出せ」


 兵が駆けていく。クラウス隊長が、細い目をこちらへ向けた。


「オットー。東門を空けて、何の用だ?」

「リシアたちを、ガルドの親方のところへ案内しに来ました」

「魔術院の用か」


 細い目が、リシアで止まった。


「南門側の魔導線を調べに来ました」

「原因が分かったら、真っ先にここへ回せ。兵の余裕はないからな」


 それだけ言うと、クラウス隊長はもう、次の兵の報告に向き直っていた。


 南門の大きなトンネルのすぐ脇に、もう一つ、小さな通り道があった。荷車が一台、ぎりぎり通れるくらいの幅の、低いアーチ。門柱には東門と同じ模様が刻まれ、アーチの下は透きとおった魔防壁で塞がれている。


 道具袋を担いだ職人が一人、城外から歩いてきた。門柱の刻印に手を当てて、少し待つ。インスペクトで見ると、門柱から細い流れが石の奥へもぐり、しばらくして、返事のように淡い光が戻ってきた。塔へ知らせて、返事を待っているらしい。

 しばらくすると、魔防壁がすうっと消え、職人がアーチをくぐる。その後ろで、壁がまた下りた。

 入れ違いに、城内から来た二人組も、同じように手を当てて出ていく。名を告げる者も、止める兵もいない。


「保守門だ。南門にだけ付いてる、作業用の通り道でな。大門の荷改めとは別に、保守の連中と、急ぎの荷車だけを通す。親方も職人連中も、ああやって自分で開けて行き来してる」


 その手前、城壁にもたれかかるように、ずんぐりした石造りの小屋が建っていた。


「あれが、ガルドの親方の根城だ。王都保守班の、修繕の職人たちの詰め所だ」


 小屋の戸が開いて、背の低い男が出てきた。

 背丈は、俺の胸までしかない。そのかわり、肩幅は俺の倍はありそうだった。灰色の髭を太い三つ編みにして、革の前掛けをつけている。腰の革帯には、ハンマーが一本。黒い鉄の頭は握りこぶし二つぶんほどで、片側は平たく、もう片側は細い刃のように薄い。

 ドワーフ、というやつだろうか。村では、話にしか聞いたことがなかった。


「オットー。誰だ、そいつらは?」

「魔術院のリシアとネネ、あと何かが見えるって言ってる、変な男がナオトだ」

「変な男って、俺ですか?」

「お前だ」


 ガルドは、俺たちをじろりと眺めた。


「東門の件か。話は聞いている……で、何の用だ?」

「東門の、南門側の伝令の輪へ、閉じる術式を運んでくる魔導線があります。それをたどりたいんです。今使われている点検具は全部調べましたが、異常はありませんでした。魔導線の実物を見たいんです」

「原因は、まだ分からねえんだな?」


 ガルドが髭をしごいた、そのときだった。

 城壁の外から、荷車の車輪の音が近づいてきた。保守門の向こうで、誰かが叫んでいる。


「親方! 石切り場で、石崩れだ! 一人、脚をやられた! あとから、もう一台来る!」


 ガルドの顔つきが、一瞬で変わった。


「治療所まで、道を開けろ!」


 大声で保守小屋に向かって叫ぶと、若い職人が街の方へ駆け出した。

 大股で保守門へ歩み寄り、魔防壁の向こうをのぞきこむ。荷車を引いているのは、顔じゅう土まみれの男が二人。荷台の担架では、若い男が歯を食いしばっていた。脚に巻いた布が、赤く染まっている。


「石切り場の連中か……待ってろ、すぐ開ける」


 ガルドは門柱の刻印には触れず、門柱の裏へ回った。

 腰の高さに、錆びた鉄の板がはめこまれている。鎖をほどいて板を外すと、奥に魔導線の端が二本のぞいていた。ガルドは、その二本を太い指でねじり合わせた。

 流れは、塔へ向かわなかった。板の奥から門柱へ、まっすぐ走りこむ。アーチの下で、魔防壁がすうっと消えた。


「治療所まで、まっすぐ行け。道は開けてある」

「すまねえ、親方!」


 荷車が、アーチをくぐって駆けていく。ほどなく二台目が来た。荷台には、腕を吊った男が座りこんでいる。ガルドは顔を確かめて、顎で奥を示した。

 二台目が角を曲がるのを待って、ガルドはねじった魔導線をほどいた。魔防壁が戻る。板をはめ直し、鎖を巻きつけた。


「さっきの職人さんは、塔の返事を待っていました。今のは、待ちませんでしたね?」

「予備口だ。普段は閉じてある。救援の荷車が続けて来るときに、いちいち塔の返事を待ってたら間に合わねえ。そういうときは、昔からの決まりで、中の魔導線を直に繋ぐ」

「繋いでいるあいだは、誰が来ても、そのまま通れるんですか?」

「顔を見て開けた。知らねえ奴なら、開けねえよ。問題ねえ」

「でも、もし、けが人を装った誰かが――」


 ガルドの目が、じろりとこちらを向いた。


「……いえ。分かりました」


 納得したわけではなかったが、会ったばかりの親方と、救援の手順で言い合う場面でもない。


「東門へ行く魔導線と、この保守門の知らせを運ぶ魔導線は、どこで分かれているんですか?」


 話題を変えようと聞くと、ガルドは、保守小屋の戸を顎で示した。


「入れ。図面を見せてやる。……もっとも、図面にねえ道のほうが多いがな」

「じゃあ、俺は東門へ戻る。昼の交代に間に合わなくなるからな」


 オットーが手を上げ、来た道を戻っていった。

 保守小屋の中は、工具と巻いた図面で埋まっていた。

 ガルドが壁の図面を指そうとしたところで、俺は戸を閉め、リシアとネネを見た。二人が、黙って頷いた。


「図面を見る前に、話しておきたいことがあります。探す物は、点検具とは限らないんです」

「なんだと?」

「院の治癒の魔石に、閉じる術式を写して試しました。本物の門と同じ仕組みの模型が、閉じたんです」


 ガルドの手が、壁の手前で止まった。


「……傷を治す魔石でか?」

「はい。門は聖印を確かめますが、魔石の用途までは見ていません」


 リシアの説明に、ガルドはしばらく黙っていた。それから、太い指で髭をしごく。


「なら、点検具の形をしたもんだけ探しても駄目だな。何に使う魔石かで、関係ねえとは決められねえ」

「この話は、まだ広めないでください。同じことをする人が増えたら、守りが追いつきません」

「そんなこと、触れ回りゃしねえよ」


 ガルドは、壁の図面を指した。

 城壁と四つの門、その内側の家並みや城が描かれている。地上の道とは別に、細い道がそれらの下を網の目のようにつないでいた。


「小屋の裏から下りる、地下の点検通路だ。四つの門の下も、城下町も、城の真下も、こいつでつながってる。水道と下水を直すための道でな。地下の修繕は、職人どもと手分けして、俺がまとめてる。岩肌がむき出しの、洞窟みてえな道だ」


 道に寄り添うように、赤い墨の細い線が引いてあった。


「赤い線は、魔導線の通り道だ。門や塔、院や城みてえに、要るところにしか引いてねえ。金が掛かるんだよ、魔導線は」


 南門のあたりから延びる赤い線を、目で追った。門へ、塔へ、城へ。途中で、また枝分かれする。南門側の分だけでも、指では数えきれない。


「これを端から一本ずつ開けて調べたら、何日かかるか分かりませんね」

「この南側だけでもな」

「でも、魔導線を近くで見られれば、閉じる術式がどっちから来てるかは見分けられます。東門で見た金色です。十数えるごとに、決まった向きへ流れていました。見つけることができれば、どこから来てるか分かります」


 ガルドの太い眉が、ぐっと上がった。


「魔導線の中身が、見えるってのか?」

「近くだけです。壁の奥で、どこへつながってるかまでは分かりません」

「……なるほどな。どの枝から来てるか分かりゃ、その先は俺が知ってる。どこの箱に入って、何につながってるか」

「俺には、道とつながる先が分かりません。ガルドさんは、魔導線の中身が見えません」

「二人で、ちょうど一人前か」


 ガルドが、にやりと笑った。それから、赤い線をなぞっては、何度か首を振った。


「もっとも、こいつが今の姿どおりとは限らねえ。ここは二十年前に継ぎ足した。ここは、図面じゃ切ってあることになってるが、実は生きてる。ここは……誰が繋いだのか、俺も知らねえ」


 それでも、ガルドの指に迷いはなかった。どの通路を魔導線が通り、どこで分かれて、どの門へ入るのか。図面にないところまで、この人は現物で覚えている。


 ――まるで、インフラエンジニアだ。

 前の世界で、何度も世話になった人たちを思い出した。設計図をもとに、機器を一台ずつつなぎ、何百本もの配線を通していく人たち。図面と現物が違えば、黙って現物を確かめに行っていた。

 ガルドが、図面から顔を上げずに言った。


「地下へ案内してやる。ただし、明日は先に、城壁の外側を確かめる。これから通る道は、あの石積みの下だ。長雨のあとだからな。石が緩んでねえか、見てから入る」

「はい。お願いします」


 ガルドは返事のかわりに、ふん、と鼻を鳴らした。

 ネネが、図面の赤い線に顔を近づけたまま、小さく拳を握った。


「地下……洞窟……」

「ネネ。遊びに行くんじゃありません」

「分かってます。分かってますけど、地下洞窟ですよ?」


 ガルドが、髭の奥で小さく笑った。


「足もとの滑らねえ靴で来い。それと、ランタンは自分で持て」

「はい! 親方!」


 ネネが元気よく返事をした。

 リシアが頭を抱えている横で、ガルドが、ガハハと笑った。

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