陸の世界に憧れて
小花を散らした壁紙の、愛らしい部屋に惹かれはしたが、さすがにこの歳でそんな部屋が良いなどとは言えず、可愛らしいが落ち着いた部屋を選んで荷物を入れて貰う。
「まあ!」
荷物を解こうとクローゼットを開けたわたくしの側仕えが、らしくもなく、浮き足立った驚き声を上げる。
「どうしたの?」
「申し訳ありません、その、クローゼットが」
「服でも入ったままになっていたの?」
それなら随分失礼だけれどと、侍女の後ろからクローゼットを覗き込む。
「まあ……」
落ち着いた部屋の内装とは打って変わって、クローゼットは可愛らしい壁紙と装飾でまとめられていた。宝石のようにカットされたガラスとリボンで飾られた、愛らしい姿見まである。ご丁寧にポールに掛けられたハンガーや端に置かれたトルソーまで、リボンやフリルで飾られていた。
そう、それこそ、わたくしが惹かれつつも、そこが良いとは言えなかった、小花の壁紙の部屋のように。
「どこかの部屋の内装と、取り違えて調えたのかしら」
口では呆れたように言いながら、クローゼットから目が離せない。
妹は、こんな風に部屋を飾っていた。
けれどわたくしは、姉だから、跡取りだから、部屋を飾るのにかまけてはいられなかった。大きくて立派な机の置かれた部屋が、わたくしの私室だった。ドレスだって小物だって、殿方に馬鹿にされないようにと、少女趣味のものは避け、落ち着いた意匠のものを選ぶようにしていた。
でも、ほんとうは、わたくしだって。
こんな風に可愛らしい部屋で、恋を夢見てみたかった。
「たぶん、わざとでは、ないでしょうか」
「え?」
側仕えの補佐のために連れて来た侍女が言うのに、首を傾げる。
わざとこんな、ちぐはぐな内装を?
「その、私、少し前までよそのお家でお世話になっていたのですが」
「そうだったわね」
「そのとき、お仕えしていた方が」
彼女が以前仕えていたのは、夫に先立たれて、息子が育つまで、中継ぎで爵位を守っていた方のはずだ。息子に家督を譲って領地に下がる際に、連れて行けない侍女へ暇を出した。そのひとりが彼女だ。
「とても、厳しい方だったと聞いているわ」
男性優位の世界で、負けることなく、家を守りきった方だと聞いている。弟が生まれる前、あなたもあんな女性になりなさいと、母に言われたこともあった。
「いいえ。ほんとうは、とても優しい方なのです」
侍女は首を振って言う。
「可愛らしいものが大好きで。でも、それで甘く見られて、付け入られたり、足を掬われたりしてはいけないと、ずっと隠して、気を張っていらして」
語る侍女の眼差しは温かい。慕っていたのだろう。仕える相手のことを。
「あの方が泊まる部屋を選ぶなら、お嬢さまと同じように、大人しい部屋を選ぶでしょう。けれど、選んだ部屋の隠れた場所が、こんな風に愛らしい部屋であったなら、喜ばれると思うのです」
もちろん、可愛らしいものがお好きでない女性もいるでしょうと、侍女は苦笑する。
「この部屋に通される賓客であれば、側仕えを連れていることでしょう。クローゼットであれば、主人は見なくとも済む場所です。そして側仕えであれば、主人が密かに好きなものも、知っているでしょうから」
こっそり伝えるだろう。主人を慕っているならば。そうして、大人しい部屋を選んだはずが、クローゼットだけやたら可愛かったと言う言い訳付きで、小さな秘密を楽しむのだ。
「実は、気になっていたのです」
「なにがかしら?」
侍女の言葉に耳を傾ける。
「柄の壁紙のとても可愛らしい部屋がございましたでしょう。小物も可愛くてきらきらしたものがそろえられていて、ですがベッドのリネンは真っ白で、装飾もほとんどなかったのです」
「リネン?」
「天蓋の外側が可愛らしかったから、そこまで浮いてはいませんでしたが、あのベッド、天蓋を下ろしたら中はとても質素になると思います」
妹が、そうなのですが、と、侍女は続ける。
「外見が可愛らしいと、可愛らしいものが好きだと思われて、そのように振る舞うことを望まれるのです。本人が望むと望まざるとにかかわらず。それを突っぱねられない優しい子だと、周りの期待に合わせて動いてしまって、疲れてしまうのです」
きっと部屋を選ぶように言われたら、妹はあの愛らしい部屋を選びますと、侍女は語った。
「望まれる通りに振る舞って、夜眠るときに、天蓋を下ろして質素なベッドに気付いたら、たぶん、ほっとするだろうと思うのです。理想通りでない自分を、認められたようで」
意に沿わない大人らしさを求められる子も、愛らしさを求められる子も、どちらも気遣っている、と言うのだろうか。
だって、この部屋を調えさせたのは。
「まだ、十三の少女がそんな気遣いが出来ると言うのならば、私は空恐ろしく思います。ただ愛らしいだけの子供と、侮ってかからない方がよろしいかと」
侍女は言って、それから、出過ぎた真似を致しましたと、深く頭を下げた。
「いいえ。良い意見を聞かせてくれました。ありがとう」
そうだ。アリーニナ嬢は、たった一度話しただけで、母に認められた女なのだ。母はわたくしと、アリーニナ嬢を比較して、わたくしが劣ると言ったのだ。わたくしより四つも歳下の、他国の伯爵家の娘に、侯爵令嬢であるわたくしが、劣ると。
おざなりとも言える、先の対応も、わたくしたちなど眼中にないゆえのものだったのかもしれない。
「晩餐には、殿下、いえ、辺境公閣下もいらっしゃると言うことでしたわね。ほかの令嬢に見劣りしないよう、しっかり磨いてちょうだい」
側仕えと侍女は声をそろえて、お任せ下さいと言ってくれた。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
現在8月19日
今話は間に合いました……!
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