たとえ愚かと言われようとも
そうしてわたくしは、エーデルシュバルツ辺境公領行きを掴み取った。
とは言え、急な話なので、辺境公閣下たちの旅程には間に合わず、一週間遅れてあとを追うことになる。
同じような考えの令嬢はほかにもいたらしく、数人の令嬢と共に、一路エーデルシュバルツ辺境公領へと向かった。
到着後、揃ってアリーニナ嬢に面会する。
「はるばる辺境までお越し頂きありがとうございます。みなさまのお世話は侍女長が采配して下さるとのことですから、なにかございましたら侍女長にご相談下さいまし。それでは、侍女長、あとはお願い致します」
アリーニナ嬢は穏やかな笑みでわたくしたちを迎えたが、伝えた言葉はそれだけだった。一言告げると一礼して、すぐさま立ち去る。
わたくしたちはアリーニナ嬢のために来たと言うのに、それだけなのだろうか。
「かしこまりました。では、みなさま滞在中のお部屋にご案内致します。こちらへ」
頷いた年配の侍女長は、確か辺境公閣下の乳母だった方だ。
「せっかく来て頂いて申し訳ございません。ルーフィお嬢様はお忙しい方ですので、あまりみなさまと過ごすお時間は取れないかと思います。だから太后陛下にも、気遣いはいらないと再三言ってあったのですが……」
言外に迷惑だと告げられたようなものだった。
ここにいる令嬢たちは、わたくしを含め、みな、国内屈指の名家の娘だ。なにせ、王太后陛下にツテを持ち、息子の妻の交流相手にと、選ばれるような娘なのだから。いくらエーデルシュバルツ辺境公が国王に溺愛される弟と言えど、無下には出来ない家ぞろい、の、はずなのに。
まして目の前の侍女長は、辺境公家の侍女の長とは言え、身分としては下級貴族の妻程度。もし、わたくしたちの家のどこかひとつにでも、目を付けられて罰を求められれば、物理的に首が飛ぶことだってあり得る。
だと言うのに彼女は明言こそしないまでも、わたくしたちの来訪を面と向かって迷惑だと告げ、あまつさえ。
「ルーフィお嬢様のお陰で多少改善したとは言え、まだまだ魔力汚染の高い土地です。身体に不調が出た場合は、無理をせずにお帰り下さい。エーデルシュバルツ辺境公領を出ることが、いちばんの治療ですから」
早く帰れと勧めた。
辺境公閣下の乳母は、その忠誠を買われて取り立てられ、一家そろって辺境へ帯同したと聞いた。だから、彼女が辺境公閣下のために、己が命まで危険に晒すのはおかしなことではない。
問題は。
「そんな過酷な場所で、人間のアリーニナ嬢は、大丈夫なのですか?見たところ、魔力が高いと言うわけでもいらっしゃらないのでしょう?」
問うたひとりは随分と、度胸のある方のようだ。
「そうですね。私も当初は心配致しました。杞憂でしたが」
気を悪くした様子もなく、むしろ、誇るような様子で、侍女長は答える。
「ルーフィお嬢さまは、素晴らしい方です。閣下にとっても、そして、私たちにとっても、ここ、エーデルシュバルツにとっても、まるで、天から遣わされた贈り物のようなお方。坊っちゃまの献身を見逃さず、これほどまでに素晴らしい褒美を与えて下さった神に、私たちは心より感謝しております」
アリーニナ嬢がこの城に来て、たった一週間のはずだ。
「ですから、もし、この城に滞在なさるならば、くれぐれも、言動にはお気を付けなさいまし。ルーフィお嬢さまは私たちにとって、坊っちゃま、辺境公閣下と並ぶ宝。その顔を曇らせたり、お嬢さまを傷付けようとされるならば、みな許さないでしょうから」
彼女は辺境公閣下の忠誠深い侍女長。その、彼女の忠誠を、なぜアリーニナ嬢はたった一週間で、こんなにも買えたと言うのだろうか。
「この一角を、ルーフィお嬢さまのご厚意で、みなさまのために調えてあります。好きなお部屋をお選び下さいまし。長旅でお疲れでしょうから、今日はお部屋でお休み下さい。晩餐には、辺境公閣下もお見えになります」
酷い部屋しか与えられないのでは。
瞬間よぎった予測に反し、案内されたのは立派な客間の並んだ一角だった。
賓客をもてなすための部屋部屋なのだろう。部屋自体の作りこそ質実剛健なものだったが、壁紙や調度は王族の城に相応しい質のものが、品良くしかし可愛らしくそろえられていた。壁際には、愛らしい花まで生けられている。
そう、ちょうど、年頃の女性が、喜びそうな部屋。
「この、部屋」
「客間はすべて、ルーフィお嬢さまの指示で改装しました。それまでは、客間にお金を掛けるなんてとても考えられませんでしたから」
好きな部屋を選んで良いと言われたから、いくつかの部屋を見回ったが、ひとつとして同じ部屋はなかった。落ち着いた雰囲気でまとめられた部屋から、華やかに飾られた部屋、少女の夢のように愛らしい部屋まで、さまざまに彩られている。
アリーニナ嬢は、ここに、男性の賓客も通すつもりなのだろうか。
「恥ずかしながら、使わない部屋まで調える人手もございませんでしたから、埃を被った部屋もありました。仕方がないと開き直っていたくらいですが、こうして隅々まで磨いてみると、やはり、すべての部屋が生き生きとしていた方が、暮らす上でも心が明るくなるものですね」
侍女長は良いことのように言って見せるが、それはつまり、アリーニナ嬢のわがままで、余計なお金が使われ、余計な人手が割かれている、と言うことではないだろうか。
「それは、ですが、大変だったのでは?」
「ただでさえ、お忙しいのに、そんな」
「そうですね。ルーフィお嬢さまも忙しいのに、ご自身は住まわれないこの城のことまで気に掛けて下さって。ありがたいことです」
そうじゃない。
「そうではなくて、その、広いお城の改装や清掃なんて、侍女のお仕事も増えたのではないですか?」
「私たちの仕事ですか?そうですね、ルーフィお嬢さまがいらしてから、忙しくなったことは確かです。ですが、みな、喜んで働いております。やりがいと希望を持って働けるのですから、むしろ忙しくて嬉しいくらいです」
「それは」
いままで、黙って聞いているだけだった会話に、思わず口を挟む。
「やっと迎えられた、辺境公夫人の、お世話だから、ですか?」
だから、散財させられても、わがままで振り回されても、城をめちゃくちゃにされても、嬉しいと?
「それもあるでしょうね。辺境公閣下の幸せは、私たちがなによりも望むものですから。ですが、誰でも良かったわけではありません」
侍女長は、きっぱりと言い放つ。
「いらっしゃったのがルーフィお嬢さまだったからこそ、私たちはこれほどまでに歓迎し、喜んでお仕えしているのです」
その、あまりにも迷いない言葉に、さらに問いを投げられる令嬢はおらず。
わたくしも含めた令嬢たちは、言葉少なく各々部屋を選ぶと解散した。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
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が
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