第9話:残響のメルトダウン(アフター・ライブ)
空を埋め尽くしていた空中艦隊が、千鳥足の酔っ払いのようにふらつきながら、地平線の彼方へと撤退していく。
レンが放った「逆位相のドロップ」によって、艦隊の魔導炉が一時的にオーバーヒートを起こしたのだ。
静寂が戻った。
だが、それは以前の静けさとは違う。耳の奥に、まだレンの刻んだ重低音がこびりついているような、熱を帯びた沈黙だった。
「……はぁ、疲れた」
レンは地面にどさりと座り込んだ。
流石に二十四隻もの魔力を一人でサンプリングし、再構築するのは骨が折れたらしい。肩で息をし、額には薄っすらと汗が浮かんでいる。
「レン! 大丈夫なの!?」
ミアが駆け寄ってきた。心配そうに顔を覗き込み、ハンカチでレンの額を拭おうとする。
「あぁ、平気だ。ちょっと喉が渇いたな」
「すぐにお水持ってくるね! 待ってて!」
ミアが慌てて校舎へ走っていく。
中庭に残されたのは、座り込むレンと、少し離れた場所で立ち尽くすアリアの二人だけだった。
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アリアは、動けなかった。
レンの背中を見つめたまま、言葉が出てこない。
助けられた。二度も。
しかも、自分たちが「神聖不可侵」と信じてきた魔法の理を、彼は「遊び」の延長で塗り替えてしまった。
「……なによ、それ」
アリアの声は、自分でも驚くほど震えていた。
レンが、面倒そうに首を回しながら振り返る。
「あ? まだ何か文句あんのか、お嬢様」
「文句しかないわよ! あなた、自分が何をしたか分かってるの!? 帝国の艦隊を『躍らせて』追い返すなんて……そんなの、歴史上のどの魔導書にも載っていない! 魔法は、もっと厳かで、秩序あるもののはずなのに……!」
アリアが詰め寄る。
だが、その足元は覚束ない。怒っているはずなのに、なぜか視界が熱い。
「型通りの教科書が、あいつらを止めてくれたか?」
レンの問いに、アリアは言葉を詰まらせた。
「魔法ってのは、誰かを黙らせるための道具じゃねぇだろ。……お前の魔力は綺麗だったぜ。ただ、行儀が良すぎただけだ。もっと自分を解放してやればいいんだよ」
「……っ、勝手なことを言わないで! 私は、ヴェルセット家の人間として……!」
「家柄とか、伝統とか、そんなの知らねぇよ」
レンが立ち上がり、アリアの目の前に立った。
スッと手を伸ばし、彼女の銀髪を一房、指先で弄る。
「お前の『魂』は、ちゃんと俺の音に乗ってた。……嘘だと思うなら、自分の胸の音を聴いてみな」
アリアの心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
レンの指先が触れた場所から、熱が全身に回っていく。
「……っ、最低。……やっぱり、あなたは最低よ」
アリアはレンの手を振り払い、逃げるように背を向けた。
顔が熱い。耳まで真っ赤になっているのが自分でも分かる。
否定したかった。彼のデタラメな魔法も、その横暴な態度も、すべて。
それなのに、頭の中ではまだ、レンの刻んだあの「裏打ちのリズム」が心地よく鳴り続けている。
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その頃。
撤退する帝国の旗艦『アイアン・シンフォニー』の艦橋。
「……全艦、被害状況を報告せよ」
ガストンが、歪んだ共鳴板を握りしめながら呻くように言った。
かつてない屈辱。帝国の誇る「斉唱」が、たった一人のラッパーに「ダンスの伴奏」に変えられた。
「ガストン様。魔導炉の修復には三日を要します。……これ以上の単独行動は危険かと」
「分かっている。……だが、収穫はあった」
ガストンは、レンが放った魔力波形のデータをモニターに表示させた。
そこには、既存の魔法体系ではありえない「不規則な波」が刻まれている。
「あの男は、魔法を『記号』ではなく『波動』として捉えている。……ならば、こちらも『数』で押すのはやめだ」
ガストンが、冷酷な笑みを浮かべた。
「帝国の『歌姫』を呼べ。……本物の『歌』で、奴の喉を焼き切ってやる」
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つづく
【あとがき】
第9話、執筆いたしました!
アリアの「嫌いだけど身体が覚えてる」という、まさにヒロインとしての葛藤を詰め込んだ回です。レンの「お前の魂は俺の音に乗ってた」という、ラッパーならではの殺し文句。エリートお嬢様には刺激が強すぎたかもしれません(笑)
そして、帝国の反撃。
「数で勝てないなら、質の高い歌い手をぶつける」という展開です。
帝国の『歌姫』。どんな歌声で、どんな魔法を繰り出すのか?
「ラップ vs 歌姫」
異世界を舞台にした究極の「歌合戦」が始まろうとしています。
アリアの耳が赤くなっている描写に「ニヤニヤした」という方は、ぜひ応援コメントをいただけると嬉しいです!
第10話、いよいよ新ヒロイン(?)にして強敵、歌姫の登場です。
バイブス全開でいきます!
作者より
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