第8話:天空のダンスフロア(ドロップ・ザ・艦隊)
空を埋め尽くした鉄の塊が、一斉に鈍い光を放った。
帝国空中艦隊、計二十四隻。そのすべてが、艦首に備えられた巨大な「共鳴拡声砲」を学院へと向けている。
『――全艦、斉唱開始。周波数を固定せよ』
ガストンの号令が、空気を震わせた。
次の瞬間、空から降り注いだのは「音」ではなく、物理的な「重圧」だった。
――ドォォォォォォォォ……!!
地平線を震わせる、巨大なハミングのような低音。二十四隻の艦艇が、寸分の狂いもなく同じ音程を維持し、巨大な魔力の壁を押し下げてくる。
学院の校舎がミシミシと悲鳴を上げ、窓ガラスが次々と粉砕された。
「……っ、これが帝国の真価、多重連結斉唱魔法『アイアン・ドーム』……!」
アリアは膝をつき、必死に耳を塞いだ。
あまりにも正確で、あまりにも巨大な音の暴力。それは個人の詠唱を完全に無効化し、周囲の魔力を「帝国色」に染め上げる絶望の調べだった。
「レン、もう無理よ! この規模の斉唱に、一人の声が勝てるわけない……! 逃げて、お願いだから……!」
アリアは、目の前で静かに立ち尽くすレンの背中に叫んだ。
だが、レンは振り返らなかった。
彼は、ゆっくりとヘッドホンを首にかけ直し、空を見上げた。
その顔には、恐怖など微塵もなかった。あるのは、プロのDJが「最高の素材」を見つけた時のような、底意地の悪い笑みだ。
「……勝つとか負けるとかじゃねぇんだよ、お嬢様」
レンが、懐から一本の「黒い魔石」を取り出した。それは昨日、アリアとのセッションで彼女の魔力をサンプリングした際に、余剰エネルギーを凝縮して作った特製の「録音石」だった。
「あいつらの音は確かにデカい。……けどな、面白みがねぇんだよ。BPMが一定すぎて、まるで『俺に乗ってくれ』って言ってるようなもんだ」
「何を……何を言ってるの……!?」
「教えてやるよ。ライブ会場を支配するのは、デカい声じゃねぇ。――『一番ノれる奴』だ」
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レンが、録音石を高く掲げた。
そこから溢れ出したのは、アリアの高潔な銀の旋律。
レンはそれを、帝国の放つ重低音の波の上に、絶妙なタイミングで叩き込んだ。
「いくぜ、全艦隊を揺らすドロップだ!!」
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「Yo、重厚なコーラス 威圧の艦隊
だが残念 そのビートは 既に俺のリート(Read)
一、二、一、二 刻む正解
俺がズラして ぶっ壊す境界
【極点崩壊・重低音落】
お前のパワー 全部サンプリング
俺の言葉で 再構築
空飛ぶ鉄くず まとめてダンス!
リズムの迷子に 引導のバース(Verse)!!」
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その瞬間、世界から音が消えた。
正確には、レンが「帝国の波形」と「アリアの波形」を完全に逆位相でぶつけ、一瞬の真空状態を作り出したのだ。
――そして。
ズゥゥゥゥゥゥゥン!!
レンが踏み鳴らした足音と共に、かつてない衝撃波(重低音)が空へと跳ね上がった。
帝国の空中艦隊が、自らの放っていた魔力をレンに「誘導」され、一斉に姿勢を崩した。
「な……艦体が、勝手に……踊って……!?」
ガストンが叫ぶ。
二十四隻の艦隊が、レンの刻む変拍子に合わせて、左右に、上下に、不規則なリズムで揺れ始めたのだ。
艦同士が衝突し、火花が散る。帝国の「完璧な斉唱」は、レンが放った一筋の「裏打ちのリズム」によって、ただの不協和音へと成り下がった。
空が、踊っていた。
鉄の艦隊が、レンの指先一つで翻弄されるダンスフロアと化していた。
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「……嘘でしょ」
アリアは、呆然とその光景を見上げていた。
自分たちが一生をかけて守ろうとしてきた「魔法」が、この男の手にかかれば、最強の軍隊を弄ぶ「遊び」に変わる。
恐ろしい。
あまりにも理不尽で、あまりにも自分勝手で……そして、あまりにも――美しい。
レンが、ゆっくりとこちらを向いた。
肩で息をしながら、少しだけ疲れた顔で、ニッと笑う。
「どうだ。……少しは『熱く』なったか?」
アリアは、込み上げてくる何かを抑えるように、強く胸元を握りしめた。
嫌いだ。こんな、秩序も伝統も知らない男。
それなのに。
なぜ、私の心臓は、彼の刻むリズムと同じ速さで跳ねているのか。
「……最低よ。……最低の魔法だわ、レン」
アリアは顔を真っ赤にして、絞り出すように言った。
それは彼女なりの、精一杯の「降伏宣言」だった。
【あとがき】
第8話、ご視聴……じゃなくて、ご愛読ありがとうございました!
ついにやりました。空中艦隊を「踊らせて自滅させる」という、ラッパーならではの艦隊戦。
「最強の合唱」に対して「最強の裏打ち」をぶつける。音楽理論的には「逆位相による打ち消し」と「共振による破壊」ですが、レンにかかれば全部「ノリが悪いから教えてやるよ」で片付いてしまうのが、書いていて本当に気持ちよかったです。
そして、アリア。
「最低よ」と言いつつ、彼女の魂はもうレンのビートに完全にハックされています。
エリートが崩れる瞬間っていうのは、どうしてこうも美味しいんでしょうか(笑)
でも、ガストンもただでは転びません。
艦隊を物理的に揺らされた彼は、次、どんな「禁じ手」を繰り出すのか。
あるいは、帝国の「本物の歌姫」が姿を現すのか……?
物語はここからさらに、音楽的にも政治的にも加速していきます!
「レン、もっとディスれ!」「アリアのデレを早く!」と思った方は、ぜひ評価や応援コメントをいただけると嬉しいです!
それでは、第9話でお会いしましょう!
作者より
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